二百九十話 魔を焼く炎はどんな色?

 私たちを捕えようと襲って来た、尾州(びしゅう)縁者のチンケな郎党たち。

 巌力(がんりき)さんの助けもあり、連中を縄で縛り返し、いくばくかの情報を得ることができた。


「あいつら、前の尾州大乱のときはガキだったってのに、それでも罪に問われてたりするんだな」


 軽螢(けいけい)が同情とも憐憫ともつかない複雑な口調で言った。

 尾州青年たちの肩には「叛」の一字が彫られていたのだ。

 罪人に対しての軽微な罰、その一種として刺青がこの国には存在するのである。

 私もかつて仕えた主にまつわる、哀しい思い出を軽螢に教える。


「漣(れん)さまの幼馴染だった許嫁の男の子も、反乱の首謀者に縁が近かったからって理由で、十(とお)になるかならないかの子どもなのに斬首されちゃったんだよ。弟さんとかお母さんは死刑にならずに済んだみたいだけど」


 兄が死罪になったけれど、弟の罪は減じられた、ということだ。

 きっと反乱者の長男、跡取りは罪の主体である父親と同じ扱い、一蓮托生みたいな基準で扱われるのだろう。

 私たちを捕まえようとした四人も、おおよそそんな事情があって生き延びたと話していた。


「……だと言うのに、彼らの除葛(じょかつ)軍師に対する畏敬の念はどういったことにござろう。まさに親兄弟の仇のはずではござらぬか」


 重苦しい口調で、巌力さんが問う。

 同氏同族殺しの魔人、首狩り軍師の姜(きょう)さんは、それでも尾州の一般民衆に慕われている。

 その現実をハッキリと、当事者である若者たちの口から聞けたことは、些細に見えて大きな収穫だった。


「今まで集めた情報からの推論ですけど、姜さんは尾州の人々を一旦、罪人に貶めてから、その後で仕事や報酬を目の前に提示していたんだと思います。各地で流行っていた、姜さんに関係する歌があったじゃないですか」

「ああ、あれかぁ」


 私の説明に、軽螢が思い出したような顔をして、意外なほど上手に歌った。


「城を壊したその人が、せっせと城を建て直す。

 田畑を荒らしたその人が、手ずから土を鋤き直す。

 ああ恐るべきは尾州の魔人、除葛姜。

 まさしく葛(くず)の葉除けるがごとく、同祖の頭を伐り払う」

 

 軽螢の歌を聞き、巌力さんも私の言いたいことが分かったように「あぁ」と声を漏らした。

 私は説明を続けた。


「乱の鎮圧で滅茶苦茶になった尾州各所の街と、罪に問われて立場が悪くなった多くの人たち。この二つの問題を同時にいっぺんに解決するのは簡単なことです。罪人たちに仕事を与えて、街を復興させればいいんです。罪が許されると言われればみんな必死で働きますから。きっと姜さんは反乱討伐を請け負った瞬間から、その予定図を頭の中に描いてたんでしょう」


 どれだけ好き放題暴れて、壊すにいいだけ街や田畑を壊したとしても。

 それを必死に直してくれる人材は、あとからあとから湧いてくる。

 奥義マッチポンプ、天下一の使い手である姜さんの基本的なやり口は、尾州大乱が起きた十二年前から今まで、首尾一貫しているのだ。

 南部の腿州(たいしゅう)で船の漕ぎ手を動員したときも、まったく同じパターンだったからね。


「だからこそ、あの若者たちも除葛軍師を心から支持しているわけでござるか……」


 虐待されながらも飼い慣らされて、逃げる選択肢すら失った家畜。

 そんな可哀想な存在を見たときのような、とても痛ましい顔で巌力さんが漏らした。

 ホント、やってることがDV亭主と同じだわよ。

 姜さんを敢えて弁護するポイントがあるとすれば。

 反乱が起きた尾州を鎮圧し、その後で建て直す仕事は、彼でなくても誰かがやらなければいけないことだった、という部分だね。


「そんなやり方じゃねえと他人を働かせられねえなんて、やるせねえな。俺も本格的に邑の長老になったら、そんな風になっちまうんかね」

「軽螢は大丈夫だよ。そもそも姜さんほど働きものでもなければ頭も良くないし」

「それ褒めてんのか?」


 どんよりした気分をかき消すため、努めて明るい話をしながら、私たちは斜羅(しゃら)の街に入った。

 さあ、ここからが静かな戦いの本番だ。

 私たちの力が、どれだけ姜さんに届くものかしらね。


「よう、央(おう)ちゃん久しぶりだな!」

「勝手にあだ名で呼ぶのやめてください。そんなに仲良くなったつもりないんですけど」


 司午(しご)本家に到着した私たち。

 ちょうど用事で来ていた州公の得(とく)さんが、脂ぎった笑顔で出迎えた。


「なんだよ若い娘っ子は繊細だな。難しい年頃か? それとも心に決めたイイ男でもいるんかよ?」


 ウゼー、こいつ……。

 馴れ馴れしくしないでちょうだいませ、背筋がぞわわわってするから。

 私の不愉快オーラを察した玉楊(ぎょくよう)さんが、代わりに柔らかく釘を刺してくれた。


「余りこの子に失礼を働くと、翠蝶(すいちょう)に言いつけられますよ」

「そりゃいけねえ。準妃さまに睨まれちゃあ、俺の家が取り潰されちまあな、かかかか」


 調子の良すぎる公爵閣下をひとまず無視して、私は周囲を確認する。

 

「玄霧(げんむ)さんは、やっぱり留守ですか」


 厩(うまや)にも彼の愛馬がいないので、軍のお仕事で遠くに出ているのだろうとは予想がつく。

 少しばかり真面目な顔に移った得さんが、事情を教えてくれた。


「半島の南側沿岸、そっちの防備に当たってもらってるぜ。南部で暴れ出したアホどもが、そっから上陸したら面倒だからな。小さな漁村や港町と言えど、荒らされちゃあたまらねえ」

「そうですか……まあ仕方ないか」


 角州の左軍正使である玄霧さんは、左軍全体を指揮する将軍と一緒に行動するのが本業だ。

 要するに左軍全体が、角のように突き出した半島の南側沿岸を堅く守ってくれているという状況になる。

 なにがあろうと角州半島に賊を入れない、特に海沿いからは侵入させないという断固たる意志のもとに展開された作戦だな。

 敵と見做したものに玄霧さんの部隊が容赦しないのは、過去に一緒に仕事をしたことがある姜さんも、重々承知しているだろう。


「なんだよその言い方は、不満や心配事でもあるのかい?」


 私が苦い顔をして考え込むのを見て、得さんが怪訝な表情を浮かべる。

 なんと答えていいものか、少し悩む。

 これは私の個人的な考えでしかないからだ。

 けれど逡巡する私に、玉楊さんと巌力さんが揃って助け船を出した。


「言うだけでも言ってみたらいいのでなくて? 最終的な責任を取るのは犀得(せいとく)さまなのですから」

「左様。麗どのはかつて朱蜂宮(しゅほうきゅう)をその知と勇気で救ったのでござれば、自信を持って具申なさればよろしかろう」


 持ち上げられて、ちょっと照れ照れ。

 けれどそうだね、言うだけならタダだし、言わずに後悔するようなことになりたくない。

 私は主不在の司午本家、その母屋を見つめて語り始める。


「姜さんたち南部の反乱軍は、角州に興味を持っていないはずです。だから沿岸の防備は最低限で構わないと思いますよ」

「おいおい央ちゃん、とんでもねえことを言ってくれるなよ。俺は角州の親玉なんだぜ。暴徒から州民を守る義務ってもんがあらなあ」


 私の心象がどうあれ、表面的にはセクハラおやじであっても、彼は立派な州の統治者であった。

 むしろそこが頼もしく心地良いと感じるのは、決しておかしな感想ではないだろう。


「ですよね。そう言われるのはわかってました。だからこの先は私の独り言です。狂った女がなにか言ってるなー、くらいに思ってくれて構いません」


 得さんがポカンとする前で、私は言葉を続けた。


「姜さんが反乱を起こして暴徒を集めているのは、国内を荒らすためではありません。もちろん、朝廷や皇帝陛下に危害を加えるためでもありませんし、旧王族の除葛氏を国君として復権させるためでも、ありません」

「そのどれでもねえとしたら、なんだ? あいつの狙いが央ちゃんにはわかるってか?」

「はい。姜さんがやろうとしていることは、突骨無(とごん)さん率いる白髪部(はくはつぶ)、その中心勢力への攻撃です。姜さんは集めるだけ集めて膨れ上がった反乱の暴徒に、いずれこう命じるでしょう。北方に住むあいつらの財産なら、いくらでも奪っていい。あいつらの町や邑を、好きなだけ壊してもいい。気に入らないやつは、片っ端から殺してもいい。その取り分は、すべて自分たちの好きにしていい、と」


 私が平然と語る、余りにも残酷な内容。

 事前に聞かせていた軽螢以外の全員が、顔色を失って唖然としている。

 訓練された正規軍だけでは、無軌道な暴力性が足りないし。

 かと言って反乱に乗じて集まっただけの烏合の衆だと、統率がとれない。

 両者を混成させて完全に支配下に置けるタイミングが、姜さんにとって今この時期だったのだ。

 言葉が繋げない彼らを置き去りにして、私は話し続ける。


「姜さんはこの反乱で、なにひとつ自分の利益を求めていません。完全に、徹頭徹尾、純粋に突骨無さんを攻撃することだけに、全精力を向けているはずです。破壊と略奪に同調してくれる大衆を扇動して、その有り余る力を丸ごとすべて、北方に向けるはずなんです。だから角州にちょっかいをかけている余裕はないはずと、私は考えます」


 人間、怒りに任せて戦うときにも、どうしたって自分の利益が頭をよぎるものだ。

 戦いが終わって勝った後に、自分がなにを得られるかということを考えてしまうのである。

 それは個人的な喧嘩でも、大きな勢力がぶつかる戦争でも変わらない。

 持っている力が10あったとして、事後処理のことを考えるとそのうち6とか7しか使えないということだな。

 けれどその10の力を、ただ破壊のみ、そのためだけに使えるやつがいたとしたら?

 略奪と暴虐のみに、エネルギーのベクトルを全ツッパできる局面を、自分で作ることができるとすれば?

 そう言うたぐいの、捨てッ鉢になれる人間ばかりを集めるための、今回の反乱蜂起と考えれば、すべてが繋がるのだ!

 余り動じていない玉楊さんが、素朴な疑問を投げる。


「除葛さまは、どうしてそのようなことをなさるのかしら」

「この国を愛しているからでしょう。姜さんには、私たちがまだ見えない未来、北方の戌族(じゅつぞく)が力を得てこの国を侵略する光景が見えているんだと思います」


 今は各部各氏まとまらず、物資に乏しく人口も少ない草原の騎馬民族だとしても。

 運命の歯車が気まぐれにスイスイと回れば、きっと強大な勢力となってこの国に覆い被さって来る。

 千里眼ならぬ千日眼のような特殊能力で、姜さんがそれを見据えていても不思議ではないのだ。

 話を聞き終えた得さんが、頭を掌で抑え呻く。


「央ちゃんよ、お前さん……」

「なんでしょうか」


 得さんの顔に覗いたのは、恐怖か、それとも軽蔑か。

 少なくとも好意や称賛でないのは確かだった。


「まるっきり、除葛のやつの若い頃と、同じ目をしちまってるぜ……」

「あら嬉しい」


 フン、望むところだよ。

 敵がかつて見たことがないほどの厄災なら。

 私はそれ以上の、地獄の業炎になってやる。

 いや、もうなりかけているのか?

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