二百七十八話 真円の欠片

「たのもーう」


 すでに開け放たれている、再建済み中書堂の入り口。

 雑な声掛けとともに、私は勝手に中へと入って行く。

 設計段階から知っている建物なので、特に誰の案内も受け付けも必要としない。


「確か軽螢(けいけい)もここの建築に参加してたんだよね。なんだか不思議な感じだ」


 勉学と結びつくイメージがほとんどないからね。

 特に軽螢は書物よりも実学、実地での作業方面に適性がある、いわば職人タイプだ。

 彼が作ったこの建物で、全国から選りすぐりのガリ勉たちが日夜必死に読み書きしているという現実が、なんだかチグハグで面白かった。


「あ、麗さんじゃないか」

「今は南部に行ってるのでしたか。どちらの先生からご教授を?」


 目的地に歩く間、顔見知りたちから気軽に声をかけられる。


「どうもどうも。相浜(そうひん)はとても良いところですよ。暖かいし、食べ物は美味しいし、お世話になっている籍(せき)先生も優しいし」


 私も適当に挨拶とお愛想を返し、さあ到着した三階、東の間。


「あれ、百憩(ひゃっけい)さん、留守?」


 求めた人は、いつもいるはずの席に姿がなかった。

 まさかまた西方に里帰りしてたり、偉い人の治療行為に駆り出され、出払っているのではなかろうな。

 うろうろきょろきょろ、狂ったプランに困惑する私。

 想定外の状況に弱いどうも私です。

 それを見かねてか、同じく三階に勤めている無愛想な書官の兄さんが、天上を指で差してぽつりと言った。


「五層。総太監(そうたいかん)と会議中」

「あ、そうでしたか。ありがとうございます」


 私のお礼に返事はなかった。

 どうやら百憩さんは、大事な会議で総太監の馬蝋(ばろう)宦官と話し合い中らしい。

 ここの青びょうたん連中が、のんびりと好きに読書してるだけの集団じゃないことを、今になって思い出したよ。

 中書堂に在籍する学者、書官たちの役割は「皇帝陛下のブレーン、シンクタンク」が本義である。

 彼らが研究、分析した政治、経済、軍事、文化、道徳、それら諸々の知見を、馬蝋総太監が定期的にまとめて、皇帝陛下に進言するのだ。

 陛下はその意見をご自身でしっかり学び取り入れて、宰相以下の文武百官と共に国家の舵取りをなさっている。

 宦官の中でもトップの総太監の役目がインテリでなければ務まらないのも、上記の理由が大きい。

 学者たちの言っていることをさわりだけでも理解できないと、皇帝相手の相談役を果たすことができないからね。 


「待つしかないかな。せっかくだから五階のテラスで風でも浴びるか」


 私は読書セットを抱えてよっせよっせと階段を上る。

 本の整理も適切に継続されているようで、ジャンルごと目的の書物を探しやすかった。

 あれこれ意見を出した身としては、嬉しい限りである。


「ウーム、肥料の世界は奥が深い……」


 私は初春の緩やかな風を浴びながら、肥料の作り方、使い方の本を読んで待ち時間を過ごす。

 燐とか硫黄、発酵させたウンコなどの硝酸系窒素化合物が農作物に良いらしいということはわかるけれど、他にもいろいろな要素があるらしい。


「塩気を十分に洗った海藻を、焼いて灰にする。それを適量、土に混ぜ込むと作物の根と実が充実することがある……ほうほう」


 海藻なんて、ゴミ同然にいくらでも浜辺に打ち上がるからね。

 それが有用な肥料になるのなら、海辺の人は売って儲かるし、内陸の人も収穫量が増えて万々歳じゃないか。

 こういう情報ですよ、これからの私に必要なのは、と夢中になって本を読む。

 思い出せ、中学校の理科や家庭科の授業を。

 授業の副読本として使っていた、元素分子の参考書や、食品の栄養一覧表を。

 知らず知らず、独り言が勝手に口から出る。


「藁灰や石灰が土地作りには良いって小獅宮(しょうしきゅう)でも習ったよね。それとこの海藻。共通点はカリウムやカルシウム? 緑黄色野菜が苦いのはマグネシウムが影響してるんだっけ。要するにアルカリ苦土類だ。野菜作りにはカリウムやマグネシウムなんかのアルカリ分が欠かせないってことかも。なら神台邑(じんだいむら)の脇にちょろちょろ流れてる、ヌルヌルした塩化物系アルカリ温泉水を畑に引っ張れば……いや、海水から塩を採ったときの『にがり』もいいのかな?」


 完全に空想上の土いじりに没頭し、書物を食い入るように眺めてブツブツ言い続けていると。


「央那さん、いらしていたんですか? 危うく気付かずに素通りするところでしたよ。声でわかって良かった」


 呆れたような声を、百憩さんにかけられた。

 どうやら会議は終わったらしい。

 読書に夢中になってて、この坊さんのことを忘れてしまいましたわ、てへっ。


「ご無沙汰してます。南部留学の中間報告で都に寄ったので、お会いできればと思って」

「立派にお勤めされているようでなによりです。隣、失礼しますね」


 百憩さんも風を受けながら話したいのか、私の横に腰を落ち着けた。

 正午が近付いて、気温もゆっくり高くなってくる。

 軽螢たちは実に良い建物を造った。

 後で褒めてあげよう。

 本当に、心から、こんな素敵なところで毎日勉強できる人たちが羨ましいよ。


「ところで私、百憩さんに会えたら聞きたいことがあったんですけど」

「幼麒(ようき)……いえ、今は腿州(たいしゅう)の宰相代理、除葛(じょかつ)姜(きょう)どののことでしょうか?」


 少し苦い微笑を浮かべ、百憩さんは私の来訪目的を言い当てた。

 私が来るならその要件だろうと、あらかじめわかっていたんだな。

 彼はきっと、東の海で起こった詳しいことを知らないはずだ。

 けれど私と姜さんの間に「翠(すい)さま昏睡事件」以来の確執がまだ残っていると考え、そのことに心を痛めてくれているのかもしれない。


「はい、そのことで。私には話しにくいこともあるかもしれませんけど、教えてくださると嬉しいです」


 気を遣わせてしまったことに対し、素直に頭を下げる私。

 百憩さんは「仕方ない」という顔で頷き、こう言った。


「拙僧が詳しく知っているのは、彼の故郷である尾州(びしゅう)の丹谷(たんこく)と言う街での、一年に満たない間のことだけですよ。それ以降のことは他の方も知っているような、有名な逸話だけです。むしろ今の彼に就いては、央那さんの方がよくご存知でしょうからね」

「二十年くらい昔、と言っていましたよね。姜さんは十代前半の、まだまだ少年と言う年頃でしょうか」

「そう、彼が十二、三の頃だったでしょうか。今でも覚えています。拙僧が丹谷の道端で托鉢を頂いているとき、幼麒が話しかけて来たのです。一日中、外に立っている拙僧を見て『兄ちゃん、ずっとそないしとるけど、泊まるとこないんか?』と」


 懐かしい思い出に目を細める百憩さん。

 私もその光景を不思議とハッキリ想像できる気がした。

 姜さんは他人から敬遠されているだけで、本人は人懐っこい方なのだ。

 だから南部の蛉斬(れいざん)みたいに、ウマが合うときはホモかと思うほどにバッチリとハマるんだよね。

 

「で、百憩さんはどう答えたんですか?」

「拙僧はそのとき『こうすることが修行なのです。屋根がないのも、雨風を浴びるのも、あるがままを受け入れることが』と返しました。すると幼麒は『なら僕がお父やんに言って寝床を用意したるわ。それを受け入れるんも修行やろ?』と言ったのです。頭の良く、なによりも優しい子だ、と思いました……」

「素敵な、思い出ですね」

 

 うっかりイイ話を聞いてしまい、私という鬼女の目にも微かな涙が滲む。

 決して独善的な行いを押し付けるのではなく、あなたの修行を助けます、と言う体裁を姜さんは守ったのだ。

 異なる宗教の人が相手である場合、一方的な決めつけで相手のやっていることを否定すると、トラブルになるからね。

 そこまで言われてしまえば、修行僧の身であっても断れまい。

 しんみりとベソつく私を見て百憩さんも朗らかに笑い、続きを話す。


「部屋を用意してもらい、説法の活動もずいぶんと助かりました。と言っても拙僧にはお返しできるものなどありませんので、たまに幼麒が遊びに来たときに、沸(ふつ)の教えや、西方の土地の話をするくらいでした。それでも彼は面白そうに、目を輝かせて聞いてくれたものです」


 自分の知らない異国の話は楽しいからね。

 沸教を貫く知恵の哲学や、それを中心とした文化的要素。

 ここ、昂国(こうこく)で基準となっている恒教(こうきょう)と比較しても、広がる世界観は大きく違う。

 身近なものでは、こっちの国ではものの基本形を「四角形」と認識しているのに対し、西方では「円形・球体」がすべての存在の基本である。

 小獅宮の入り口にも、どデカい大理石の玉が大事そうに飾られていたよな。

 ん、なにか今、ピンと頭に引っかかったぞ?

 姜さんと円、その二つの要素を繋ぐ話と言えば。


「ひょっとして姜さんが円形や球体の計算に没頭したきっかけは、百憩さんが沸教の『円環』について話したからですか?」

「ああ、確かに幼麒は円や球の不思議な性質に、強い興味があったようでした。大人になってから実に複雑精妙な計算の書を作ったそうですね。拙僧の話したことが、些細なきっかけにでもなってくれたのなら、喜びこれに勝るものはありません」


 沸教の大根源、世界はひとつながりの円環であるという考え方。

 そこには終わりも始まりもなく、割り切れることもなく。

 天上の神々も、地上の人畜も区別はない。

 万物はただ、世界と言う名の同じ円環の中にあり、姿かたちを変えながらぐるぐると廻り続けているだけ。

 生きものが死んだら灰や土に還るように。

 その土からまた生きものが出てくるように。

 ひょっとすると私も前世において神だったかもしれないし、死んだあとには怪異の魔物に変わり果てているかもしれない。

 ただ万物はそのように「ある」だけなのだ。

 十三歳の除葛姜少年が、その教えにどう感じ入って、なにを想い、考えたのか。

 丸い太陽を眺めながらぼんやり思索していると、百憩さんが思い出したように付け足した。


「そうそう、拙僧が丹谷を離れる直前に、幼麒がこんなことを言っていました。この世が円であるという考えについて」

「どんなです?」


 百憩さんも私と同じように、ぶるぶる震える歪んだ西陽を見つめた。


「幼麒は『天下が円なら、八畜八氏でキッチリ分けても、ちょっと余るんやな。余ったほんのちょっとは、誰が持って行くんやろ』と、しきりに気にしていたものです」

「円周の計算ですか」


 昂国において日常的に使われる、円周率の仮計算式、八分の二十五。

 二十五割る八は、三、そして余り一。

 余った一は、誰のもの?

 私も小学生のとき、割り算で余り一が出たときの行き先を考えたことがあったっけ。


「拙僧はそのときの幼麒の眼を見て、言い表せない怖さを感じたものでした。この子は、いったいなにを視て、どこまで考えているのだろう。拙僧はこの子に、なにを教えてしまったのだろう、と……」


 その後に成長した姜さんの活躍は、みなさま知るとおりである。

 彼はただの優しく賢い男では収まらず、魔人と呼ばれるほどの存在になってしまった。

 百憩さんを安心させ、慰める意図ではないけれど。

 それでも私は、こう言った。


「姜さんは、今でも優しい人ですよ。私情や私欲を殺して『みんな』のことを考えられるような」

「であると、拙僧も信じています」


 陽が沈みかけるのを見て、私は中書堂を後にした。

 最後の会話は、そうであって欲しいと思う、私と百憩さんの勝手な都合だった。

 みんなで仲良く分けても、最後に少しだけ出ちゃう天下の欠片、余り一。

 姜さんは今でも、必死に計算し続けているんだ。


「それを欲張って分捕ろうとするやつが、きっと姜さんにとっての『敵』なのかな……」


 果たしてそれを正義と呼ぶのか、良心なのか、はたまた国家への忠誠か。

 あの人にはそもそも、私情や私欲が存在しないのではないか。

 まだまだ私には、幼い麒麟の正体がわからない。

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