怪談『破れる首』

りりぱ

***

 大手総合病院で看護師をしているS本さんから聞いた話。


 ある日、S本さんの勤務先にKさんという中年男性が訪れた。彼は首元に怪我をしており、その治療に来たのだ。

 医師が診察すると確かに、Kさんの首に奇妙な傷がある。首の皮膚の一部が、まるで両側から引っ張って破れたように小さく裂けていたのだ。Kさんには怪我の心当たりがないようで、診察の間も始終そわそわしている。


「ちゃんと診てください、って何度も繰り返すんですよ。正直、おおげさだなって」


 医師は首をひねったが、傷は小さく大した怪我ではない。ガーゼを当て、その日の治療は終わった。


 それから三日と経たず、再度Kさんが診察に訪れた。医師が首を診ると、前回より更に大きく首の皮膚が裂けている。しかし依然として傷は小さく、大した怪我ではない。


「すごくイライラしていて、診察中に何度も大きな声を出すんです。ちゃんと診ろちゃんと診ろって」


 たとえば寝ている間に搔きむしるなどして、自覚がなくとも自分で傷を悪化させている患者は多い。医師は押し問答の末、治療を終えるとKさんを帰した。


 また数日後、Kさんが半ば怒鳴りこむような勢いで病院を訪れた。興奮した様子で診察室に入ると、首の怪我を見せる。首の怪我は前回よりやや広がっており、傷も深くなっていた。


「このヤブ医者、絶対におかしいぞって怒鳴るんですよね。とはいえ、わたしたちも対応のしようがなくて」


 おおかた無意識に首を掻いてしまっているのだろう。医師はギブスを処方し、寝る時も装着するよう根気強く説得してKさんを帰した。Kさんはなかなか納得せず、理解してもらうのにずいぶん苦労した。


「ああいう患者さん、困るんですよねぇ。でも病院を変わってもらおうにも、この辺には大きな病院はうちしかないんで」


 それから数日後、Kさんは夜中に救急車で病院に搬送されてきた。Kさんが自分で救急車を呼んだようだ。首の傷は確かに引っ張ったように大きくなっており、数針縫う結果になった。


「そんなに大きな傷ではなかったのですが、入院してもらうことになりました。おそらく心因性でしょうってことになったので、様子を見るために」


 Kさんは自ら進んで入院病棟に入った。彼は首に厚くギブスを巻いて眠りについた。


 Kさんが入院した次の日の晩、ナースコールが鳴らされ、S本さんはKさんの病室に駆け付けた。痛い痛いとKさんが叫び、ベッドの上で悶えている。ギブスはしっかりと首に巻かれていたが、それに滲むくらい首から出血していた。

 Kさんは慌てて医師を呼んだ。処置室で確認すると、首の傷が更に大きく裂けており、縫った場所も外れている。


「私たちもそこでようやくおかしいなって気づいたんです。ギブスは外されていなかったし、Kさんの手もきれいだったので、自分でやっていた訳ではないんだなと」


 医師とS本さんは驚いたが、どうしようもない。再度首の傷を縫うと上から厚く包帯を巻いて固定する。Kさんは怒るというより怯えきっており、一人で病室に戻るのを嫌がった。


「もう大丈夫ですからって何度もなだめすかして、なんとか戻ってもらったんですよね。でも次の日、あんなことに……」


 次の日の朝、見回りに来たS本さんは血まみれで亡くなっているKさんを発見した。厚く巻かれていた包帯には滴るほど血が滲み、ベッドの上にも血だまりを作っていた。首は骨に達するまで肉が破れていたという。


 あまりの凄惨な亡くなり方に、わたしは言葉を失った。

「それは悲惨ですね……ご家族もショックだったでしょう」

「ああ、Kさんにはご家族はおられなかったんですよ」

 S本さんは少し視線を伏せた。

「高校生のお嬢さんが一人おられたのですが、少し前に亡くなってしまわれて」


 Kさんを襲った悲劇の数々に返す言葉が見つからない。わたしが絶句していると、S本さんは吐き捨てるように呟いた。

「だからね、仕方ないんですよ」

「え?」

 わたしが聞き返すと、S本さんはぼそぼそと説明した。

「お嬢さんはね、自殺されたんですよ。首をくくって。うちに搬送されてきました。ひどかったですよ、可愛いお嬢さんだったのに。首がだらんと伸びて」

 だから仕方ないんですあれは。S本さんはそう繰り返す。


「……その、お嬢さんの自殺の理由と言うのは」

「さあねぇ、もういいでしょうそれは」

 S本さんは最後までわたしと目を合わせなかった。

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怪談『破れる首』 りりぱ @liliput

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