第3話 大切なもの>命

 彼女が街娼がいしょうで有名な筋に立っていた、という情報が学内で流れ始めたのはそれからしばらくしてからだった。

 興味本位だった。

 俺はその筋に、ただの通行人のふりをしに行った。そのうわさを否定しようと、確認したかったのかもしれない。


「……」


 付き合い始めたっていうのに、一度も化粧した顔を見せてくれることはなかった。見慣れた変な色の髪をセットしてくることもなかった。お洒落な服を着てくることなんてもちろんなくて、いつもジーパンにTシャツ。

 そんな彼女が見たこともないくらい身綺麗にして立っていた。うれいの含んだ視線をスマホに向けて、その飾られた顔面がブルーライトに照らされている。


 そんな顔は、見たことがなかった。


「先輩」


 スマホを持つ手を掴んで呼びかけると、いつもの無邪気な顔を見せて笑う。


「あれ、なんでここに?」

「それはこっちのセリフです。こんなところでなにやってるんですか」

「う~ん……きみを待ってた。あ、大丈夫、処女しょじょは取ってあるよ」


「何馬鹿なこと言ってるんですか!」


 往来で俺は柄になく叫んでしまった。筋に立つ人々は叫ぶ俺に注目する。きっと疑似恋愛におぼれた人にでも見えたに違いない。みんなが顔を上げたのは一瞬だけで、視線はすぐにスマホへと吸い込まれていた。


 そして彼女は目を丸くしただけ。なにも伝わっていなかった。


「俺がどれだけ心配したと思って……いますぐこんなことやめてください」

「よかった」


 彼女は俺の気も知らないで笑う。

 家まで送ると言えば、


「今日は君の家に行ってみたい」


 なんてそんなこと、始めて言われた。

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