第2話 先輩=変人

 彼女はすごく破天荒はてんこうな人間だった。出会った時にはすでに分かっていたはずだが、会えば会うほどに変わった人間だと思う。


 他人のボールペンを分解しては、中のばねだけを抜き取ってコレクションをする。電車に乗るのに切符を買えばうばい取って千切ったり、その行動に何の意味があるのかはわからない。みんな得体えたいのしれない彼女に寄りつかなかった。


「あっ」


 彼女は俺に伸ばそうとした手が空ぶったのに声を上げた。


「ダメです」


 そんな俺は付きまとわれるのを避けるのですら面倒でだまっていた。そしたら、いつの間にか常に隣にいるようになったのだ。次第にその状況にも慣れて、俺は無意識に対応策を身に着けていた。


 彼女が狙いをつけていたボールペンを取り上げ、さっとペンケースにしまう。ペンケースもかばんの中に放り込んでチャックを締めて背負えば安全だ。もちろん背負う、というより前に抱える。


 俺は一連の彼女の謎な行動について、たずねたりはしなかった。


 彼女は諦めて、目の前にある自身のノートのページを一枚破り捨てた。

 そもそもここは二年の講義の教室だ。授業が終わるなり入室してきて、どういうつもりだろう。彼女の行動の意味が全てわからない。


「今日の昼はどうするの?」

「てきとうに学食にでも行きます」

「あ、じゃあわたしも」

「先輩、次はマジックとか言ってフォーク曲げないでくださいね」

「おっ、お望みだね。じゃあ、スプーンでやって見せよっか」

「マジックはもういいです」

「なんだつまんないなぁ。そこまで言うなら普通に曲げてやる」


 予定変更だ。今日はコンビニで何か買って敷地内のベンチででも昼食にしよう。

 そう決心するのも気づかないようで、彼女は立ち上がった俺の後ろをついてきた。まるでカルガモの親子だ。


 学食じゃないことに最初は不満を言っていたけれど、結局は納得して新作のコンビニスイーツを堪能たんのうしていた。もちろん俺の昼食はおにぎりだった。弁当を買ったら最後、割り箸を不均等ふきんとうに折られてしまうからだ。

 俺は無残むざんに殺される割りばしの命を一つ救った。


「先輩は……」

「ん~?」


 俺は少し考えて、尋ねようとしていたことを取り消した。


「なんでもないです」

「そうなんだ。じゃあ、付き合っちゃう?」

「……」


 付き合っちゃう?


 誰と誰が。


 俺と、先輩が?


「は?」


 どう言った会話の流れだろうか。一瞬脳の回路が途切れてしまう。俺は単純にこの奇妙な行動達の意味を、やっと聞こうと思っただけなのに。

 しかし彼女は勘違いしているのか、わざと勘違いされているのか知らないが、そんな言葉を返してきた。


「て、もう、付き合ってるみたいなものか」

「いや、まったく嫌ですよ」


 彼女は思い込みの激しい人間だった。


 結局、必然と付き合っていることにされて、しかしだからと言って大きく関係が変化したわけでもなかった。

 休日に会う回数が増えただけで、他は何も変わったりしなかった。恋人同士らしいことは何もなかった。

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