俺のカメラを投げたのは。

千田伊織

第1話 出逢い≠良いモノ

 先輩が空を飛んだ。













「きみ、ちょっとそれ貸して」


 すごく美人なのに見るからにノーメイクで、髪もどくみたいなマーブルに染めて。もったいない人だった。彼女は同じ大学の先輩らしい。俺がもう二年通う大学の方角を指さしながら胸を張っていた。

 俺はただそのカメラがちょっとらしく見えたからだろう、そう思って、ネックホルダーを首から外して手渡した。


「何ってたの?」


 彼女はふてぶてしい態度で、カメラを無造作にいじくり回す。


「橋から見える景色を……川を正面から撮りたくって」


 真面目に返答したのに彼女は生返事だけをしてカメラの窓をのぞいた。


「あはは、面白い。思ったよりちゃんと『カメラ』だ」

「そりゃカメラなので……」


 彼女は川を正面から覗き込む。欄干らんかんから身を乗り出してそれなりのフォームでシャッターに手を掛けた。

 そして危なっかしくも小さな手でカメラを空に掲げる。


「ねえ、これって大切?」

「これ、ってカメラの事ですか? 大切ですよ。初めてバイト代貯めて買ったやつなんで」


 彼女の猫のような口元がニヤリと歪んだ。


「そっかぁ」


 彼女は覗き込むのをやめて、それから大きくカメラを振りかぶる。


「えっ」


──ぼちゃん


 気づけばお気に入りのカメラは川に飛び込んでいた。


「……」


 突然のことに驚きすぎて声が出ない。

 欄干らんかんに手をかけて川を見下ろす。この川はこの辺りでも特に流れが速い。波に飲まれて沈んだカメラは、橋の上からでは見えなかった。


「なんでこんなことするんですか」


 困惑の表情のまま尋ねると、彼女はまるで正義の上の行動だという風に自信満々と答えてくれた。


「きみをカメラから救うためだよ」


 これが彼女との出会いだった。

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