第10話「不穏な密告」

 俺たちがオケラ横丁に買い物をしに来たのは色々理由がある。一つは寮の部屋に必要なことを買いそろえること。騎士学校には食堂や個室など衣食住のうち食と住は揃ってはいるが服などの着替えは自分で買う必要がある。後は机やクローゼットなどの家具、ランタンポーチなどの日用品だ。そしてもう一つの重要な理由。それは教材をそろえることだ。騎士学校は十六歳から入れる高校のような場所だが、教材は指定された者をそれぞれ自分で揃えなければいけない。学校側からリストを渡され、それらを買いそろえる。ある意味春休みの課題なのかもしれない。というわけで俺とルカ、メアリーは指定された教科書や羽ペンのインク、ノートなどを買いに来たわけのだ。

「ちょっと待ってくださいまし!」

だが、メアリーがそれに待ったをかける。

「実はちょっと寄り道したいところがありますの!」

そう言ってメアリーはメイドを侍らせながら俺たちの前に立った。メイドは無言でメアリーの三歩後ろをついてきている。

「いいけど、どこにいくの?」

「あんまり長い時間はかけないでくれよ」

女子の身支度は長いというのはよく聞く話だ。いや、メアリーのことだからちゃっちゃと終わるかもしれん。

「心配しなくとも、ただ着替えを買ってついでにいらないお洋服を売るだけですわ」

「じゃあ、僕も一緒にいこうかな。ちょうど欲しかったんだ」

なら、大丈夫かと俺とルカは二人で納得しながら進んでいった。だが、俺たちは知らなかった本当のセレブの価値観と言うものを……


「あの、失礼なのですがお客様…‥」

「なんですの?このお洋服が売れませんの一級品ですわよ?」

服屋の店員はあたふたしながら、恐る恐るまるで割れ物を扱うように服を触る。

「この服は価値がありすぎてこちらでは買い取りません……」

「え?たったの金貨二十枚ですわよ」

その言葉を聞いた瞬間、店員は立ち眩みを起こしたように足元をフラフラさせて踏みとどまった。金貨二十枚。この世界の金貨は一枚十万円くらいの価値がある。つまり、二百万円の服を買ってくれと言われているようなものである。

「いいですかお客様。この店は一般客相手の商売なんです。こんな服を買ってくれる人なんていませんよ」

そう言いながら店員は店に並んでいる他の商品を見せる。どれもこれも五百円から数千円ほどの中古か大量生産の安い服ばかりであった。

「あら、本当ですの?でしたらこの服は無理なのですね」

貴族令嬢だがお転婆なメアリーは一般常識がかけているだけで理屈さえ説明すれば聞き分けが良い方なのだ。これが他の貴族令嬢だったらこうはいかなかったかもしれない……いや、そもそもこんな一般店でドレスを売るわけないか。ただの魚屋にマグロ一頭まるまる売りに行くようなものである。

「着古された服などでしたらいくらか価値を下げて買うことができますよ?」

「うーん、動きやすい服以外のドレスなんて二度も着ないですわ」

何度でもいうようにメアリーはお転婆だ。故にパーティに着てくるようなドレスの類は大っ嫌いなのだ。それはもう、父親から『嫁の貰い手が付かないから騎士学校に行っちまえ』なんて言われるくらいには男勝りな奴である。

「でしたら、これはどうでしょう」

メアリーは控えさせていたメイドから服を受け取り店員に差し出す。

「これは……メイド服ですか?」

「えぇ、わたくしのメイドのお古ですわ。これならば買い手がつきますわよね?」

先ほどとは打って変わって、店員はメイド服の品定めをする。状態はいい。これならば貴族に奉公にでる娘になら売れるかもしれない。

「はい、これでしたら……銅貨二枚白銅貨二枚でどうですか?」

相場にして二千五百円それなりの価格である。

「いいですわよ、売ってくれるならなんでも」



―――☆―――☆―――



そのころ一方、ノットは一人ベンチで座って何をするでもなく時間を浪費していた。ルカはメアリーと同じように着替えを買ってくるといって一緒に店の中に消えて行ってしまった。たいして服にそれまで関心もなく、着替えも必要ないノットはこうして待たされているのである。

「ひさしぶりやな、蛇はん」

声をかけられ眼だけ動かして横を向くとそこにはフードを被った長身の男が自分の隣に座っていた。

「何の用だトウイチ」

その人物がノットにはすぐに分かった。デスモデスファミリーの幹部イトハラトウイチである。

「実はあんたに話があるんや」

そういってイトハラは話を続ける。

「これからあんたはレオ含めた幹部に襲撃される。ボスの命令でな」

「それが本当だとして、何が狙いだ?」

「なんもあらへんよ?ワイはただ君の味方でいたいだけやで?」

そう言ってイトハラ去っていった。

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