道に迷った外国美少女を助けた翌日、その子が転校してきたのだが、どうやら彼女は殺し屋界隈で有名らしい。

田中又雄

第1話 過去と恋

 向こうでの16年間、印象に残っているのは怯えた人の顔と銃から匂う酸化臭。


 私は生まれた瞬間に親に捨てられた。

親ガチャはどうやら失敗だったようだ。


 そんな私をとある施設の人に拾い、連れて行ってくれたらしい。

そうして、多くの子供達と楽しく過ごしていた。


 ここは捨てられた子供達を育ててくれる施設なんだと、そう思っていた。


 しかし、6歳ごろになってから、授業という名の人の殺し方を教わるようになった。


 どうやったら人は死ぬのか。

科学的に、効率的に、論理的に説明された。


 そうして、座学で教わったことを友達同士で練習しあい、次第に私たちはただの孤児から立派な殺し屋に育てられるのだった。


 しかし、違和感はなかった。

それでご飯を食べられたわけで、私たちにとって先生は神に等しい存在だったから。

それに殺す人間は全員悪人だった。

だからこそ、これは正義なのだと信じていた。


 そして、私は多くの子供の中でも飛び抜けて優秀な殺し屋となり、単独でも殺しを行うようになり、施設内でも特別待遇を受けるようになっていた。


 その時には私の心は死んでいた気がした。


 そう、私は私の行いに疑問を抱くようになっていたからだ。

それは当たり前の良心であり、当たり前の正義感であり、当たり前の反抗期だったのだ。


 それでも私はここから抜け出す術を知らなかったため、ただ殺し続けた。


 心は痛まなかった。

この時には、正義という盾も、悪人という免罪符も、生きるために仕方なくという言い訳も必要なくなっていた。


 私はただ、殺すだけの機械人形となっていた。


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093087404524302


 その頃には界隈で【白女の悪魔】という名前は知れ渡っていた。

名前の由来はその真っ白な髪色と、白い肌。

そして、悪魔のように冷徹な性格を表していたようだ。


 殺し、食い、眠り、殺し、食い、眠る。

無限にも近いほどのルーティンをこなしていたある日のことだった。


 施設に軍隊が突入してきた。

そうして、大人たちが捉えられる中、私の奥底のパンドラの箱がこじ開けられ、自制心を取り戻した私は、銃弾が飛び交う間をくぐり抜け、施設のお金を盗みそこを抜け出すことができた。


 翌日、大人たちは全員捕まり、子供達は安全な施設に送られたことを知った。

家族同然の存在だったはずも、そのニュースを見て私は何とも思わなかった。


 そうして、私はとある国に飛んだ。

それは身を隠すためだけに移住する国。

その国の名前は日本。


 ◇1ヶ月後


 ほとぼりが覚めた後、偽造ビザであっさりと入国を済ませると、私はすぐに偽名で契約した我が家に向かっていた。


 ちなみに残金は8,700万円。

きっと、いつかは私の存在はバレてしまう。

だから、その最後の瞬間まで、身を隠しながらしたかったことをして、楽しもうとそう思っていた。


 そう、私のしたかったこととは学校に通うことだ。


 心を失った私に恋愛なんてできないとは思うけど、友達を作って、遊んで、思い出を作るくらいは許されるだろうと思った。


 そうして、さっそく我が家に到着した。


 場所は駅前の結構新しめの2LDKのマンションで、私は201号室だった。


 初めての一人暮らしに心を踊らせつつ、すぐに荷解きを始める。

と言っても、持ち込んだ荷物など高が知れている。


 洋服が何点かと、昔から大事にしているボロボロのクマのぬいぐるみ。

それ以外の必要なものはこれから届く予定である。


 さて、始めるか。

元殺し屋ということもあり、体力と腕力には自信があった。


 この日に合わせて家具家電を届けてもらう予定だったこともあり、次々に運び込まれる。


 日本語はほとんどできなかったため、リアクションと携帯の翻訳機能で何とか意思疎通を図り、どうにか1日かけて我が家が完成した。


 ...ふむ。満足だ。


 その日は移動で疲れたこともあり、買ったばかりのベッドでぬいぐるみを抱きながら眠った。


 ...事件が起きたのは翌日のことだった。


 頭の中で早朝のベルがなった気がして目を覚ます。

すぐに体を起こすが、見覚えのない部屋に思わず頭が混乱する。


 ...そうだ。私はもう日本にいるんだ。

誰も...殺さなくていいんだ。


 そうして、ぼさぼさの頭をかきながら、歯を磨く。

支度を終えると、洗剤だの、服だの、そういう必要なものを買いに行くために街に繰り出した。


 日本の駅というのはなかなか複雑である。

人混みの多さにも驚きながら、何とか目的地に到着したはずの私は、また迷子になっていた。


 携帯と睨めっこしながら、目的の服屋を探していると、自分の最後に気配を感じて、思わず臨戦モードに入りながら振り返る。


 すると、そこに居たのは日本人の、私と同じくらいの青年だった。


 私の気配にびびりながらも、彼の携帯から音声が流れる。


『何か困っていますか?』


 どうやら、私のことを助けてくれるらしい。

しかし、そんなことより私はその瞬間に体に異変を感じる。


 鼓動が早い。それに心臓も痛い。

何これ?病気?それとも私の胸にはチップが埋め込まれていて...今それが作動したの?


 いや、違う。

これはそういう類のものではない。

胸の痛みも物理的ではなく、どちらかというと精神的というか、そういうものだ。


 あぁ、分かった。

私は恋に落ちたんだ。


 そう、私はこの日本という土地で、初めて恋に落ちたのだ。



 ◇渡会 陸の目線


『わり!今起きた!』というメッセージを見て、俺は堪らず溜め息を吐く。


 これは5月18日の土曜日のことだった。


 GWの翌週の土曜日、友達である同じクラスの松前氷河を駅前で待っていたのだが、いつものように遅刻の報告を受けたのだった。


「...はぁ、しゃーねーなー」と、『分かった。適当に時間潰しておくわ』と返信して、適当にベンチに腰掛ける。


 時刻は13時...、恐らく1時間程度の空くことになったのだが、特にすることがない。


 ぼーっとしながら、交差する人たちを眺めていると、1人の女の子に目が行く。


 綺麗で長い銀髪に、大きくて可愛らしい赤い目、やや高めの身長と、透き通るほど美しい肌、少し鼻が高く、造形はまるで外国のお人形のようだった。


 海外では有名なモデルさんなのか?と思っていると、何やら携帯を見たり、周りをキョロキョロとしたり、明らかに困っている様子だった。


 いつもであれば見ないふりをするのだが、現在俺はすることもないわけで、少しの興味本位たいうか、もしかしたら何か有名人かも?という下心を抱きつつ、話しかけてみることにした。


 もちろん、俺は英語なんてできない。

なので、翻訳ツールを起動させつつ、「...あの、何かお困りですか?」と、携帯に話しかけ、準備万端で肩を叩こうとした。


 次の瞬間、彼女は俺の手をするっと避けて、そのまま振り返ると何とも冷たくて、殺気だった怖い目で一瞬俺を見つめ、慣れたようにプロのようなファイティングポーズを取る。


 思わず体が硬直しながらも、何とか指だけは動かし、携帯の画面をタッチして、誤解を解くために翻訳した言葉を流す。


『Do you have any problems?』


 その言葉を聞いた彼女は少し目を大きくして驚き、次の瞬間、顔を真っ赤にしながら可愛いファイティングポーズをとった。


「リュド!リュド!リュドレシーニ!」と、何かを叫びながら彼女のパンチが俺の画面を横切る。


 先ほどとは違い、完全に女の子な構えになっているものの、飛んできたパンチは空を切る音がしていた。


 え?当たったらマジでやばい。


 その瞬間、携帯の翻訳機能が作動する。


『馬鹿。間抜け。変態』と書かれていた。


 まずい!やばいナンパ男だと思われた!?


 そうして、誤解を解こうとしたものの、彼女はものすごい脚力でその場を後にするのだった。


「...なんだったんだ?あれ」


 これが彼女と俺の出会いだった。

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道に迷った外国美少女を助けた翌日、その子が転校してきたのだが、どうやら彼女は殺し屋界隈で有名らしい。 田中又雄 @tanakamatao01

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