その14 オカルト最前線


 強い日差しを受けて嵯峨山が眩しそうに目を覚ますと、陽は既に高く真上に上っていて、昼の時刻を知らせていた。

 足下に転がっている大量の空き缶を見て、昨晩事務所の屋上で欣也と酒盛りをして不覚にも眠り込んでしまった事を思い出す。クーラーボックスにストックしてあった缶チューハイは見事に全て涸れていた。

 嵯峨山がゆっくりと身体を起こすと、ひどい頭痛と胸焼けを伴う二日酔いの症状があり、野外で眠り込んだ代償として、蚊に食われた痒みも同時に身体のあちこちを襲った。

 いつの間に事務所に戻ったのか、一緒に飲んでいたはずの欣也の姿がない。

 正直まだもう少し眠っていたい気持ちもあるが、ネットで炎上した件や、前代未聞の特ダネを目の前にして惰眠を貪るほどのんびりとはしていられない。

 酒盛りの片付けは後にして、嵯峨山はとりあえず二日酔いと汗だくの身体をシャワーで洗い流そうと事務所へ降りた。

「おはようございますっ」

「おう、おはよう。お前早いなっ」

 嵯峨山が事務所へ戻ると、欣也が既にパソコンを開いて作業をしていた。昨晩同じペースで飲んでいたわりには二日酔いの感じがなく、先にもうシャワーを浴びたのか、服を着替え、髪もキレイに整っていた。

「嵯峨さん、昨日コメント来てた“バルドー教団”って覚えてます?」

「ん? “バルドー”? なんやったっけ、それ? なんか言うてたなぁ」

「ヤバい宗教らしいから調べてくれって依頼があった教団の名前っすよ。オレそれもう一回ホームページ見て確認したんすけど、その教団の大阪本部の住所が、オレらの地元の生野やったんすよ」

「マジでぇ? 地元にそんなヤバい宗教あるなんて聞かんけどなぁ」

「そうなんすよ。でね、そのコメント送って来た人からまた新たなコメント来てて、ここ最近頻繁にその教団の本部の建物から変な祈りの声みたいなのが聞こえてたらしくて、その後に通天閣の騒動があったから、何か関係があるかもしれんって言って来てるんです」

「ホンマか? ええ情報やないかっ」

「そうなすよっ、なんで今からそこ行ってみません?」

「せやな。他に手掛かりないし、オレらは動いてなんぼのYouTuberやから、今日はそこ行ってみよ。その前にシャワー浴びて何か腹入れるわ」

「了解っす」

 思い立ったら即行動。嵯峨山は事務所の風呂場でシャワーを浴びると、冷水で一気に二日酔いで濁った身体と頭をすっきりさせ、洗面所で手早く乾かすと、短い金髪をヘアワックスで逆立てた。 

 身支度を調えたら、腹拵えに事務所の冷蔵庫にあった物を手当たり次第に取り出して食べた。

「そうだ、モカにも一応連絡入れてみるわ。炎上の件も気になるし」

 身支度と腹拵えを終えてやる気が漲って来た嵯峨山がスマホを取り出し、モカにライブ配信した動画がネットで炎上している現状と、これからバルドー教団を探りに行く事をLINEで伝えた。

 昨日からの体調不良がまだ続いているのか、モカからすぐには返信がなかった。

「とりあえず返信はないわ。ほな、ぼちぼち行こか?」

「昨日からの渋滞がまだ続いているようなんで、今日はバイクで移動した方が無難かもしれんすね」

 欣也が半キャップのヘルメットを二つ用意して、一つを嵯峨山に渡す。

「お、久々の二ケツやな。行き先地元やし、昔みたいなノリでひとっ走りしようや」

 嵯峨山の運転で欣也が後ろに乗り、二人を乗せたプジョーのジャンゴ125が事務所を出た。

 新今宮駅に隣接する国道43号線は、通天閣エリアの通行止めの影響を受けて大渋滞。

 どの車両も鮨詰めになって一向に動く気配がない事に苛ついたドライバーたちがけたたましいクラクションを鳴らし合い、上空には通天閣の異変を警戒するヘリが数台飛び交ってとにかく騒音がひどかった。

 スクーターのバイクでも入り込めるスペースがなさそうなので、遠回りにはなるが、二人は大通りを避けて進路を萩ノ茶屋はぎのぢゃや方面に取り、阿倍野区の空いている道から生野区へ向かうルートを走った。

 午後の二時前くらいに生野区にある新今里公園しんいまざとこうえんに着き、そこにバイクを停めて、教団の施設があると思われる住所まで二人で歩いていった。

「この住所を見る限り、教団の建物があるのは今里新地があるあたりやんな?」

 地元の土地勘を頼りにハングル文字の派手な看板がやたらと目を引く人通りの少ないこじんまりとした繁華街に入り、ロケを楽しむように二人並んでそこにある懐かしい風景と、変わってしまった建物などを見ながら歩いた。

「たぶん、ここやな」

 二人が目指した目的地は信号の無い交差点の角にある二階建ての広いレンガ風の建物だった。

 以前は韓国料理の店をやっていた建物なのか、店の看板だけをそのまま残し、教団名を示す表札や看板などは特に見当たらない。

 植え込みのある玄関前に自転車が数台止まり、玄関ドアに何か張り紙してあったので、嵯峨山が近づいてそれを読むと、「関係者以外立入禁止。アポ無しの訪問もご遠慮ください」という注意書きがしてあった。

「いざ来てみたものの、どないしよ、これ? 突然入って行って、おたく、怪しい宗教でしょ? なんて聞くわけにもいかんしな」

「防犯カメラもあるんで、あまりこの辺ウロチョロするのもマズそうすね」

 欣也が店の看板の横から玄関の方を向いて設置されている防犯カメラを指差す。

 欣也に促され、嵯峨山がなるべく防犯カメラに映り込まないようにレンガ風の建物の外観をよく観察してみると、一階にある窓も二階にある窓も格子で覆われていて、どこも外部を過剰に警戒するような感じで磨りガラスの窓を閉め切り、人気があるのかないのか、中の様子が全く分からなかった。

「とりあえずしばらく待って人の出入りがあるかどうか確かめてみようぜ」

 嵯峨山が通りを挟んだ向かい側にあるベトナム料理屋に目をつけ、営業中なのを確認すると、さっさと店の中に入っていった。欣也も嵯峨山の後に続いて店に入り、二人で教団の建物が見える席につく。

 ランチタイムを過ぎた店内には他に客はなく、店の奥から暇そうな顔をした浅黒いベトナムの中年男性が出て来て、二人にメニューを渡す。

「アナタ、サガちゃんじゃない? アナタの動画、いつも見てるよ」

「ホンマ? ありがとう」

 ベトナムの店員がYouTuberとして活躍している嵯峨山の顔に気付き、気さくに話しかけてきた。

「今日は何のサツエイ? ウチの店にサツエイしに来てくれたの?」

「いや、撮影じゃないねんけど、ここオレらの地元なんすよ。それで今度地元の街ぶらロケでもやろう思って、ちょっと歩いてたんす」

 嵯峨山も気さくに対応し、適当な嘘をついて本来の目的については誤魔化した。

「ああ、そうね。それならウチの店オイシイのイッパイあるからいつでもサツエイしていいよ」

 店の宣伝をして欲しいのか、ベトナム人の店員がメニューを開いて、あれやこれやと二人に料理を勧めてくる。

 嵯峨山は教団の建物について聞き込みしやすいように、ファンサービスを兼ねてベトナムの店員の勧めて来た料理をおまかせで注文する事にした。

 注文を受けたベトナム人の店員が嬉しそうに店の奥に戻っていく。

「あそこ元々韓国料理屋の建物やろ? だから今日は地元のグルメ企画のロケ班に来た事にして、ここで張り込みしながら、あのベトナムのオッチャンにいろいろ聞いてみようぜ」

 しばらく待つとベトナム料理の定番である生春巻きと牛肉をのせたフォーがテーブルに運ばれ、アヒルの肉のグリルなどがその後に並んだ。

「ツイカあったらエンリョなく言ってね。あとでデザートも持ってくるよ」

 一通り料理を運び終えると、ベトナム人の店員も嵯峨山たちの隣のテーブル席に腰かけた。

 起きがけに腹拵えはしたものの、テーブルに並んだベトナム料理の独特の香りが嵯峨山の食欲をそそり、遅めの昼食としてちょうど良かった。

「めっちゃウマっ。オレら撮影でベトナム何回か行ったすけど、本場のより美味いかも」

「ウチのはニホンジン向けに味付けにしてるからね」

「そうなんや、この店はもう長い事やってはるんですか?」

「オープンして5、6年かな?」

 料理を味わいながら、気さくなベトナム人の店員と他愛の無い会話のやり取りをしていく。

「最初、向かい側にある韓国料理屋に入ろうと思ったんすけど、やってる気配なくて、それでここ来たんすよ」

「ああ、カンバンはまだあるけどね、あそこはもう店じゃないよ。今はシュウキョウ? そういう人たちが使ってるみたい」

 他愛ない会話の流れの中に、嵯峨山がさりげなく本題へ近づく話題を差し込み、何でも知りたがる子供のような無邪気な好奇心を発揮した。これまでもこの方法で訪れた場所や人に関する後ろめたい話などを数々の人たちから引き出してきた。

「宗教って、どんな宗教すか?」

「キンジョづきあいがないからワタシも詳しくは知らないけど、白い服を着た人たちがイッショに住んでていつもお祈りしてる声が聞こえて来るよ。昔、テロジケンを起こしたかなんかでケイサツに目をつけられてる。たまにケイサツの人がいっぱい集まって来て、タチイリケンサなんかもしてるよ」

 欣也がネットで調べた情報とベトナム人の店員の話が重なり、動画のコメントで教団の調査を依頼して来たユーザーの情報に信憑性が増して来る。

「なんかヤバそうな感じですね」

「そう。ワタシらキンジョの人たちはみんな怖くてメイワクしてるよ。たまに聞こえてくるお祈りの声もね、暗くてキモチワルイ」

 そんな話をしているうちに向かい側の建物の玄関から白い道着のような服を着ている女性が一人出て来た。

「ホンマですね。ホンマに白い服着た人出て来た」 

 ベトナム人の店員の話と目の前の女性の服装から、間違いなくこの建物がバルドー教団という怪しい宗教の施設である事を確認した嵯峨山は、欣也と目を合わせて頷き、オカルト前線で取り扱う価値のある貴重なネタとして、コメントをくれたユーザーの調査依頼に本格的に乗ってみる事にした。

「オッチャン、めっちゃ旨かった。また来ますわ」

「はい、アリガトね~」

 下見の行動から有力な情報を得た嵯峨山は今後の動き方を決めるため、とりあえず事務所に戻って作戦会議を開く事にした。

 何食わぬ顔でバルドー教団の施設を通り過ぎ、バイクを止めた新今里公園に戻る。

 誰よりも早く新世界に起こった異変の謎を解く。

 帰り道でその想いが先走り、気付くと嵯峨山の運転するプジョーのジャンゴ125は法定速度を軽く超え、風のように生野の地元を疾走していた。

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