第四章 畜生道、開幕  その10 七・二六大阪事変

  


 2025年、7月26日の昼下がりに起きた新世界一帯の怪奇現象から一夜明け、各報道機関はそれぞれが取材した内容に基づき、翌日のテレビ、ネットメディアで事実と憶測を交えた情報を詳細に伝えた。

 まず事実として伝えられたのは、前代未聞の異常な事態が起きたのは新今宮駅の北東に位置する、大阪市浪速区恵比須東1丁目~3丁目に当たるエリアで、国道25号線、堺筋、恵美須町城東線、公園通りの車道を境に、その一画だけが靄のようなものに覆われ、そのエリアの内と外で空間が完全に遮断された状態であるという事だ。

 遮断された空間の中に現れた新世界はその様相が以前とはまるで違い、報道機関が現場で撮影した映像と現場に居合わせた証言者たちの話をまとめた結果、新世界に“ルナパーク”という名前の遊園地が存在していた明治時代の光景である事が判明した。

 特に目立ったのはパリのエッフェル塔を模した凱旋門を持つ初代通天閣の姿と、その南側に位置する教会のような白塗りの高層建築物で、この二つの建物を結ぶロープウェイの鉄索と、そこで稼動しているゴンドラの姿も確認された。

 それによって、通天閣の南側に位置する教会のような白塗りの高層建築物がかつてルナパークの象徴としてあった“ホワイトタワー”である事が判明し、上空からのヘリの映像が捉えた全景が、明治時代に書かれた新世界の平面図と符号した。

 明治時代の新世界は初代通天閣を中心にした北側の区画に未舗装の恵比須通えびすどおり春日通かすがどおり合邦通がっぽうどおりが放射状に伸びていて、現在の中央通りがある南側の区画にルナパークの正門、真澄ノますみのいけ、ホワイトタワーが直線的に並び、居酒屋などが集中していた飲食街を丸ごと飲み込むような形で、遊園地の敷地がそこに広がっていた。

 通天閣とルナパークの正門を挟んだ通りには、東側から演舞場、恵比須館、浪花倶楽部なにわくらぶ高千代館たかちよかんと思われる建物の並びも確認され、中央の通天閣と続き、西側に一号館、大正館の姿もあった。 

 またルナパークの敷地の東側でも明治、大正期にあった朝日劇場、第一大山館だいいちだいせんかん玉手座たまてざなどの建物が確認されている。

 ジャンジャン横町やスパワールドがあるはずの南側エリアには特に目立った建物がなく、大正時代の後期に建設された大阪国技館らしき建物が見当たらない点が決め手となり、変貌した新世界の光景が明治時代ものである説が立てられた。

 変貌した新世界でも生きている人の姿は確認されているが、その誰もが当時の時代の姿をしており、新世界エリアの様相が変わる以前まで現場にいた住民、観光客の安否は分かっておらず、その行方不明者の数は5000人に上ると推測された。

 またこの日異常な事態を見物しようと現場付近に大勢の人たちが集中して混雑したため、体調不良を訴える人が相次ぎ、重軽傷者合わせて1000人以上もの人が大阪市内の病院に緊急搬送された。

 搬送された患者から「通天閣から聞こえてきた不可解な音で気分が悪くなった」などと訴える報告が複数あり、現場付近で発生した何らかの低周波騒音などを原因とするストレス性の健康被害に遭遇した可能性なども指摘されている。

 肝心な事態発生の原因については、あまりにも突発的過ぎたがゆえに、どの報道機関も有力な情報が得られず、一部の有識者たちから根拠に乏しい局地的な異常気象やテロなどの説が困惑気味に提唱される程度で、有力な最新情報が出るまでしばらく監視と調査を続けるしかないような状況だった。

 ただ通天閣の展望台に現れた奇怪なビリケンの頭部と遮断されたエリア内の変貌した光景も含め、現実的な判断として、プロジェクションマッピングによるゲリラ的なイベントが無許可で行われているのではないか? と見る向きが多く、この事態を重く受け止める声と楽観的に見守る声に分かれた。

 実態が何であるにせよ、人が殺到して交通状況が混乱し、多数の健康被害者を出すような事態となった大阪府市としてはその原因解明と復旧を急ぐ必要があり、治安の悪化も懸念して新世界エリアに隣接する道路を一時的に封鎖する事を決めた。

 それに合わせて最寄りである恵美須町駅、動物園前駅、新今宮駅も全て封鎖し、接続する電車やバスの路線を一部区間だけ運行を停止するよう各関係機関に通達した。

 封鎖が決まったエリア内には既に26日の夜から交通規制がかかり、一般車両と一般人の立入りは禁止された。

 深夜には警察車両とマスコミの中継車が新世界の東西南北の車道を埋めて監視体制を整え、物々しい雰囲気が醸し出された。

 そして27日の昼に開かれた緊急記者会見の場で、大阪府知事の吉村氏がこの謎の事態を『七・二六大阪事変』という呼称で正式発表し、対策本部を設置した。


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