【七】そして鉄路は続いていく(2)

 都を東に出るとなだらかな丘が続いていく。穏やかな晴れの日だ。時々旅人や商人と擦れ違う。都の近辺は治安も良い。リオが「手品」を使う様な事態は、早々起きないだろう。


「やっぱり見えないな」


 リオは目を細めて東の空を見つめる。快晴で特に目が良い人間は、遙か彼方にある世界樹が見えるという。子供の頃に微かな黒い線を見た様な記憶もあるが、今は全く見えない。隣を歩くエクレールも、その碧い瞳を凝らすがやはり見えない。


「そういや、ボリーバルはたまに見えるって言っていたな」

「誰それ?」

「ほら、あのしゃくれた顎したおっさん。前にガイアナの遺跡で会った」

「あー、あのいやらしいおっさんね」


 エクレールが心底嫌そうな表情を浮かべた。リオは苦笑する。女癖は確かに悪いが、そんなに悪い奴ではないんだがなあ。そもそも女癖が悪いといえるぐらいには女性にモテるんだよな、あれで。まあ特定層に対して受けが悪いのは認める。


「視線がダメ、視線が。あたしのことは見ないで欲しい」

「年下には興味ないって言っていたけどなあ」

「やだ、怖いこと言わないでよ」


 酷い言われ様だった。握ったエクレールの手から身震いが伝わってくる。そんなにか? リオは心の中でちょっとボリーバルに同情した。


 二人は並んで丘を登り、下る。石畳の道がずっと続いている。近郊の遺跡まではゆっくり歩いても昼には着く。一応向こうで一泊野営する予定だ。リオは野営道具の詰まった背嚢を背負っている。


「——リオは、何を願う?」

「願うって?」

「世界樹の話よ。もし願いを叶えてくれるとしたら、何願う?」


 エクレールはじっと東の空を見つめている。世界樹は見えないといっていたが、リオには何かが視えているに感じられた。ぎゅっと握った手に力が籠もる。エクレールが握り締めてきたのだ。


 だからリオは真剣に考えた。


「そうだな……」


 改めて考えると難しい。お金が欲しいとか名誉が欲しいとか、そういう雑多な欲望はざっと思いつくが、何でも叶えてくれる存在に願うことかと言われると首を振る。たった一つの願いなのだ。もっと欲深いものが良い。


「世界が平和でありますように、かな」


 しばらく考えてリオはそう答えた。エクレールが目を丸くして、そしてちょっと不満げに口をとがらす。


「なによそれ。ちょっとキザ」

「そうかな? 大体のことはやって出来ないことはないと思うが、世界平和辺りになると個人の力ではどうしようもならないからな。そういう時こそ、神様の出番さ」

「そりゃ、そうかも知れないけどさ」

「安心しろ。爵位ぐらい、自分の力で獲ってやるさ」


 リオはエクレールの瞳を覗き込んで、伝えた。紅茶色と碧色の瞳がお互いを写し合う。先に視線を逸らしたのは、顔を真っ赤にしたエクレールだった。


「さ、三年は待ってあげるわ。それまでに何とかしてよね」


 そして再び視線を戻したエクレールは目を閉じる。リオはゆっくりと顔を近づけ、そしてそっと触れあう様に唇を重ねた。少しだけお互いの体温を感じると、二人は黙って再び歩き始めた。




 ——リオはふと振り返った。




 どこかで、汽笛の鳴る音が聞こえた様な気がしたのだ。がたごとと列車が走る音。幻聴だろうか? しばらく待ってみたが、それが聞こえたと錯覚したのは一度きりだけだった。今は小鳥のさえずりだけが、リオの耳に届いている。もしかしたら、この先でまた交差するかもしれないな。リオは何となくそう思った。


 弓なりに続く丘を越えて道は続いていく。リオには、その先は二人が目指す目的地がゆっくりと姿を見せ始めている様に思えていた。



【完】

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復讐の少年は魔法の鉄路を往く 沙崎あやし @s2kayasi

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