【五】その罪を見届ける(1)
エクレールにとって、旅の終わりは呆気ないものだった。
連続殺人事件から一週間。エクレールの容態は快方に向かっていた。傷口はまだ痛むが起き上がって歩くぐらいのことは出来る。魔法人形の処置は適切だった様だ。
事の顛末は大体リオから聞いた。そしてリオがカーシアスの弟であることも、知った。呆然といるエクレールに、彼は鷲を刻んだ象牙のペンダントをすっと差し出した。それは、カーシアスと縺れ合った時になくしたと思っていた自分のペンダントだった。
——ああ、そっか。リオはあたしを殺しに来たんだ。
そう理解すると、とても悲しくなった。幼い頃——執事の目を盗んで街に冒険に出掛けた時、貧民街の不良たちに絡まれた時にエクレールを、顔に傷を負ってまで助けてくれたあの少年。
あの時、少年はエクレールの方を一瞥しただけで無言で立ち去ってしまった。せめてお礼ぐらい言いたかった。ずっとそう思っていた。いつか再会したい——その願いは唐突に叶った。探索隊のメンバーの中にリオを見つけた時、エクレールは思わず声を上げそうになった。その顔面の傷跡。間違い無い。リオが、あの時の少年だったのだ。
そしてエクレールは「この再会は運命だ」なんて内心浮かれていた。それがまさか、実はこんな因縁が刻まれていたなんて。まるで悪夢のようだ。
リオはあれ以来何も言ってこない。じっと窓の外を眺めている。エクレールも真正面から顔を見る勇気が無くって、客室の扉を見つめている。
——そして。
エクレールの旅の目的は呆気なく達成されてしまう。純白の列車が停車したのは、雪深い小さな村だった。しんしんと雪が降り積もる中、エクレールは兄と再会する。
墓標だった。兄は、終着駅に到達する前に病で死んだということだった。本当に兄の墓なのだろうか。そんな微かな希望も打ち砕かれる。村人が遺品を預かっていた。鷲の刻まれた象牙のペンダント。それはエクレールのものと一緒であり、それはこの墓標が兄のものであると強く証明していた。エクレールはその晩、暖かな羽毛の布団の上で泣いて、そして寝た。
一晩経つと雪は止んでいた。汽笛が、列車の出発時間が近いことを知らせる。エクレールはもう一度墓標の前に立ち、そして取り出したナイフでその金髪を切った。肩に掛からない程に短く切り揃えると、白いうなじが綺麗に露出する。エクレールは切った髪を束ねて墓標に供えると、列車へと戻っていった。
純白の列車が雪原の駅を離れていく。リオは相変わらず窓の外を見つめていたが、エクレールはその横顔をじっと見つめている。強く注がれる視線に、無視を決め込んでいたリオもやがて根負けして、一つ咳払いをしてからエクレールに向き合った。
「……なんだよ」
「一つ問題があるの」
ゆっくりとリオが振り向き、ちょっと驚いた表情を浮かべる。たぶん髪形が変わっていることに気がついたのだろう。リオはまじまじとエクレールの顔を見つめてから、微妙な表情を浮かべた。
エクレールは察した。ああ、やっぱりこの人は良い人なんだな。たぶんあたしに対して行為……と言ったら自惚れか。でも多分同情している。兄を失って意気消沈していると思っている。
旅の間、時々リオから感じられた強い感情。あたしに興味があるのかな? とか思って嬉しかったけど、あれって殺意だったんだ。笑える。でも今は、リオからそれを感じない。
——優しいんだね。経緯はどうであれ、カーシアスを殺したのはあたしなのに。
「その前に一つ教えて欲しいんだけど」
「なんだ?」
「リオって、両親とか兄弟とかはご存命?」
「……? いや母親がいたが、随分前に死んだよ」
「そ、ならいいわ」
リオは首を傾げたが、エクレールは納得した。彼女はナイフを取り出すと鞘から抜き、そして派柄の部分をリオに差し出した。
「状況はどうであれ、あたしはカーシアスを殺した。だから貴方には復讐する権利があるわ」
「……そうか。そうだな」
リオは、たぶん躊躇っている。手が伸びてこない。紅茶色の瞳が、じっとエクレールに注がれている。その視線は宙で交わったが、エクレールの方が強く見えた。殺したい側が、殺される側に気圧されている。
やがて、ゆっくりとリオの手が伸びる。柄の先端にその指先が触れる、その瞬間にぴんと柄が跳ね上がった。リオの手からナイフの柄が遠のく。目を細めてエクレールを睨む。せっかく決心して手を伸ばしたのに、そんな風だった。
リオの視線に、エクレールは意に介した様子は無かった。
「でもあたしは、マセイオとも約束をしているのよ。兄の捜索を手伝う代わりに、彼の願いを叶えるって」
「願いを、叶える?」
「そう。世界樹に着いたら、あたしが世界樹にマセイオの願いを告げる約束」
「……それの何が問題なんだ?」
リオが首を傾げる。そもそも、なんでそんなことをするのかがリオには分からない。別にマセイオ本人が願いを言えばいいじゃないか。
「だって、あたしが死んだらリオは復讐出来ないでしょ。かといって、あたしとしてはマセイオとの約束を反故にすることも心苦しいし」
ね、問題でしょ? とでも言いたそうな表情をエクレールは浮かべた。だが分からない、リオにはさっぱり分からない。奇妙な沈黙が二人の間に流れる。
認識の齟齬に気がついたのはエクレールの方だった。何が可笑しいのか。エクレールは笑い出し、いたたと腹を押さえた。まだ完全に傷口は塞がってないらしい。リオは根気強く、エクレールが説明するのを待った。
エクレールは淡々と言った。
「世界樹で願いを叶えた者は死ぬのよ——それが、終着駅から誰も帰ってこない理由」
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