【三】楽園の村(2)

 純白の列車はゆっくりと減速し、小さな駅舎の傍に停車した。屋根は無くホームも無い。だが「ここまでが駅の範囲である」と主張するかの様に、地面には白い石が敷き詰められている。客車の扉が自動的に開くと、まず最初にリオが降りてきた。


「駅か」


 まああるだろうな、途中駅ぐらい。都にある馬車鉄道にも停車場や駅はある。だが心のどこかで、純白の列車はこのまま終着駅まで直行すると思い込んでいたのは事実だ。そして何よりもリオが面食らったのは、駅の前に村が広がっていたことだった。


 ——村。


 駅舎から半円状に広場があり、水路が一本通っていてその先に湖が見える。その湖と広場の間はやや起伏のある土地になっていて、木造の家がぽつりぽつりと建っている。二十軒ぐらいだろうか。小さな村だ。


 そして、人。人がいた。手前の家から一人の女性が出てきて、水路で水を汲んでいる。気配を感じたのだろう、女性の視線が上がるとリオと目が合った。お互い見つめ合ったまましばし静止した。先に動いたのは女性の方で、桶をそのままにして家へと急いで戻っていってしまった。


 そしてよく村を眺めれば、あちこちに人影が確認出来た。ここは遺跡では無い。今でも人が住んでいる生きた村なのだ。


「魔法大陸に、人が住んでいるのか」

「リオ、それはよくある勘違いだよ。魔法大陸にも人間はいると予想されていたし、少なくとも列車を途中下車した人間の子孫が生きている可能性は大いに考えられた」


 思わず呟いたリオの肩をマセイオがぽんと叩く。その後ろからも続々と探検隊の面子が降りてくる。


「途中下車?」

「そう。『手記』(マギア・フェロガリア)によれば、純白の列車は終着駅の前に幾つかの駅に停車する。だから乗客はそこで降りることも出来る。但し——」


 マセイオが言葉を止めた。リオも周囲を見回す。気がつけば、村人たちが周囲を取り囲んでいた。何か武器を持っている訳ではない。誰に話掛けようか迷っている雰囲気だった。マセイオが一歩前に出る。


「私がこの一行のリーダーだ。何かご用ですかな?」

「あ、あんたたちは……海の向こうから、王国から来たのか?」


 一人の壮年の男が話掛けてくる。言葉が理解出来る。古代語では無い、王国語だ。


「その通り。王国から派遣されてきた探検隊ですよ」


 おおっ、と村人たちがどよめく。壮年の男がマセイオに食い付く様に顔を突きつける。


「切符を。あれば切符を分けて欲しい」

「切符?」

「あの白い列車に乗れる金属片のことだ」


 壮年の男は純白の列車を指差して言った。リオは無意識に懐にしまった切符を服の上から撫でる。


「め、珍しい魔法具なら幾らでもある。それと交換でどうだ?」


 マセイオは眉をひそめて、落胆した表情で答える。


「申し訳無いが、切符は人数分しか持っていないんだ。貴方たちに分けられる分は持っていない」

「そ、そうか……」


 壮年の男は落胆した表情を浮かべた。しかし予想はしていたのだろう。一息溜息をつくと表情を切替え、村人たちに「さあ、散った散った」と声を掛けた。集まった村人たちは残念そうに村へと散っていく。


「失礼。貴方がこの村の責任者ですか?」

「ああ、そうだ。一応村長をしている。タアパカだ」

「マセイオと申します。この村の皆さんは、その……」

「ああ、そうだよ。ここの村のもんは全員、昔この魔法大陸に渡ってきた王国民の子孫たちだよ」


 リオは納得した。なるほど、過去に魔法大陸に渡った連中でここに住み着いたヤツらがいたってことか。


「どうやら切符を必要とされている様ですが、貴方たちの祖先が残した切符があるのでは?」

「ああ、それか」


 アタパカは一枚の乗車券を取り出した。持ってるんじゃん。リオは一瞬思ったが、ちょっと様子が違った。リオの持っている乗車券は薄ら煌めいているが、アタパカの物はまるで石の様に変質している。


「列車に乗り遅れると切符はもう使えない。だから新しいのが欲しいんだ」





 マセイオが村への逗留を希望すると、アタパカは「特に何も無い村だが」と言って了承してくれた。そこそこ大きいとはいえ、列車の中だけで三日は過ごしたのだ。開放感を求めて、探索隊の面子は村のあちこちへと散っていく。


 リオは「出払っている間に列車が出発することはないのか?」と思ったが、どうやらその心配は無いらしい。機関車が短い汽笛を七回鳴らす。エクレールが言うには汽笛一つで三時間、つまり二十一時間後に出発するという合図とのことだった。


 エクレールも列車を降りて、村の方へと歩いていく。リオはその後ろをついていく。


「……何?」


 エクレールは立ち止まると、怪訝そうな顔でリオに聞く。さてどう答えたものか。リオは平静を保ちながら考える。リオがエクレールの傍につくのは、表面上はマセイオからの依頼で彼女を守る為だ。


 さて、エクレールは自分が狙われているということを聞かされているのだろうか? ヘタに教えて、警戒する様になられてもリオ的には面倒だ。なにせ最終的にはエクレールを殺すのがリオの目的なのだから。


「ついてきてもいいけど、邪魔はしないでよね」


 しかしエレクールは特に問い詰めてこなかった。リオがそれとなくエクレールの傍から離れないことに、少なくとも嫌悪感は感じていない様子だ。リオは大きく背伸びをして、ゆっくりとエクレールの後をついていく。


 穏やかな昼下がり。リオは歩きながら村を見回す。ごくごく普通の村だ。高い空を鷹のような鳥が舞っている。駅舎と水路は先史魔法文明中期の様式だが、木造の家は王国でよく見られる形状をしている。


 なるほど、確かに彼らは王国民の子孫らしい。日向ぼっこをする老人、追いかけっこをする子供たち、井戸端会議をする女たち。丸太をテーブルに食事をする男たち。


 エクレールはふと立ち止まった。彼女の視線を追い掛けると、子供の一人が転んで泣いている。お仲間は気がついていないのか、そのまま走り去った様で周囲には見えない。エクレールは泣いている子供の傍に駆け寄ると、立たせて埃を払ってやり、何やら小包を手渡した。そしてぱんと子供のお尻を叩いてやり、まるで叱咤激励するかの様に叫んだ。


「男なら泣くんじゃない!」


 子供は泣き笑いしながら、そのまま去っていった。リオはエクレールに問う。


「一体何を渡したんだ?」

「あれ? 飴だけど」


 ごそごそとポケットから小包を取り出してリオにも渡す。開くと、確かに飴の様だった。舐めるとほんのり甘さが広がる。


「面倒見が良いんだな」

「そんなんじゃないよ。昔、そうして貰ったから、それのお返しをしているだけ」


 エクレールはにっこりと笑った。


 再びエクレールは歩き出し、それにリオはついていく。——リオは、何かどこかに違和感を感じた。何だろうか。身に危険を感じるものではないが、何かが違うと直感が教えてくれる。


 その答えが出ぬまま、リオとエクレールは湖の畔までやってきた。湖面で魚が跳ねるのが見える。一匹、また一匹。随分と豊かな湖の様だ。


 先客がいた。測量士のフィッツだ。彼は湖の方向に、例の双眼鏡の様な魔法具を向けている。キリ、キリリ。双眼鏡に組み合わさった金属板が動いている。フィッツの手は触れていない。エクレールはフィッツに話掛ける。


「どう?」

「予想通りだ。湖面がこの辺りだと一番高い」

「やっぱりね」


 エクレールは視線を横へ走らせる。湖から、そこに注ぎ込む幾つかの河口が見える。そして駅前から伸びている水路も湖まで伸びてきていて、綺麗な水を注いでいる。エクレールの視線はぐるりと回って、リオで止まった。ニヤニヤと笑っている。リオはふんと鼻息を鳴らした。さすがにここまでくれば分かる。


「水が逆流している。魔法だっていうんだろ」

「お、意外。正解」


 エクレールは少し意外そうな顔をしたが、ちょっと嬉しそうでもあった。それを見て本当に学者なんだなと、リオは思う。普通の人間は相手より自分の方が博識だと喜ぶが、学者という人種は相手が自分と同等かそれ以上だと喜ぶ。兄カーシアスもそうだった。


 リオは改めて水路を見る。よく見ると水が低い方から高い方へと流れている。普通ならあり得ない。つまり魔法だ。


 湖の中心を見ると何か塔の様なものが見える。装飾がシンプルだから先史魔法文明最後期の様式だ。きっとあれがこの魔法現象を引き起こしている魔法具だろう。


 何かを見つけて、リオは近くの草むらに分け入った。周囲とは違う葉をした草を見つけてその根元をちょっと掘り、引っ張る。するとぼこりと地下茎が抜けてきた。丸々と太った芋が幾つもついている。


 土の状態も、まるで整地した畑のようにふかふかしている。ケタケタ。どこからか鳥の鳴き声が響く。動物の気配もする。リオはようやく違和感の正体に気づいた。そうなのだ。この土地は、異様に豊かなのだ。


「魔法の術式が見てみたいわね」


 エクレールは周囲を見回した。どうやら塔まで行きたい様子だが、残念ながら小舟の類は見当たらなかった。たぶん村人は必要としていないのだろう。リオが近くの湖面を覗くだけで魚影が見えるのだ。小舟で沖に出る必要が無い。


 仕方が無いので、エクレールは調査の方法を聞き取りに変更した。出来るだけ老年の村人に湖の塔のことを聞く。

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