【二】魔法列車での旅(3)
エクレールは内心ドキドキしていた。やばい、リオはじっとこっちを見ている。会話は途切れてしまった。何を話したらいいんだろ? 分からない。そんな心の焦りを隠して、エクレールは車窓を見つめている。リオにはあたしはどう見えているんだろう。せめて髪を綺麗に梳かしたい。
——あの顔、間違い無い。まさかこんな所で再会するなんて! これはひょっとして運命なのかも知れない。神様も時には粋なことをする。エクレールは隠れ無神論者だったが、今日ばかりは神像の前に花の一本ぐらいは供えてもいいという気分になっていた。つまり浮かれていたのだ。
エクレールは心の中で祈る。ああ神様。せめてリオだけは、生きて帰れます様に。——どうせあたしは、生きては帰れないのだから。
—— ※ —— ※ ——
食堂車には探索隊の面子が集まっていた。嵐のせいで昼なのか夜なのか判然としない。だが人間等しく腹は減る。リオとエクレールが車内に入ると、既に空きっ腹には効くいい匂いが漂っていた。テーブルは全て四角い四人席で統一されている。探索隊の面子は同室同士の二人一組でぽつりぽつりと座っている。
一番奥の席にはマセイオ王子の姿が見える。老執事は席には座らず、マセイオの横に控えている。隣のテーブルには小太りの男と頭一つ背の高い男——商人のグスマンと衛士のトゥスグレが座る。一つテーブルを開けて魔法具工のセンデロと測量士のフィッツの姿も見える。
「よお坊主、遅かったじゃないか。お楽しみだったのかい?」
一番手前の席に座っていた男がリオに声を掛ける。しゃくれた顎を撫でながら、ニタニタと笑う。何を言われたのかぐらいはリオにも分かる。男の名はボリーバル。遺跡探検の冒険家というカテゴリで言えばリオの同業者だ。腕は立つ。でも女性の依頼者が声を掛けることはない。そんな男だ。
ボリーバルの対面に座るのは、近衛騎士のアルマーだ。彼は食事の途中だったが、ナイフとフォークを置いてリオと、主にエクレールに対して一礼をした。エクレールが返礼すると、再び食事に戻る。ボリーバルとは視線も合わせない。まあお堅い騎士様だ。馬が合わないのだろう。
「今日のオススメはなんだい、ポリー」
「羊肉の照り焼きだな。悪くない。先史魔法文明人が羊肉を食べていたとは驚きだが」
ボリーバルの前に並べられた更には、確かに美味しそうな肉料理が盛られていた。既に半分食されている。よせば良いのにエクレールが口を挟む。
「魔法文明人があたしたちと同じ食事をしているんじゃないわ。あたしたちが、魔法文明人と同じ食事をしているのよ」
「へえ、そういうもんなのかね。さすが学者様は博識でいらっしゃる。是非その勢いで、現代人の男だけでなく魔法文明人の味見もしてもらいたいものだね」
言葉の意味を理解したエクレールがさっと頬を赤らめた。リオはエクレールが何かする前に間に割って入り、その場を離れた。ボリーバルが更に口を開きかけたが、リオが一瞥すると大人しく引き下がった。ちょっと揶揄っただけらしい。
ボリーバルたちからは一つテーブルを開けて、リオとエクレールは着席した。しばらくするとすっとテーブルの上に四角い人影が落ちる。リオが見上げると、のっぺりとした四角い金属の頭があった。——魔法人形(ゴーレム)だ。正方形の金属が連なってた出来た人形。車内にはこういった魔法人形が幾つも稼働している。
魔法人形は無言だ。給仕のつもりなのだろう。リオは懐から薄く輝く金属片——切符——を出して、魔法人形に示す。
「何か、肉料理を」
「あたしはフルーツの盛り合わせ。出来ればオレンジ」
エクレールも切符を示して要求を伝えた。魔法人形は無言で、そして歩く音も立てずに食堂車の奧へと消えていく。奧に何があるかは確認してある。大小様々な機械があり、そこから料理が出てくるのだ。魔法具だ。——それも恐ろしく高度な。
しばらくしてリオの前には牛肉と思われる料理とスープとパン。エクレールの前にはフルーツの盛り合わせが並べられた。リオは肉を一口噛む。柔らかく、美味い。都でも中々口に出来ない代物だ。エクレールはナイフとフォークを使って、器用にオレンジを切り分けていく。
現代においても、例えば小麦を生成する魔法具というのは存在する。だが基本単機能——小麦用だったら小麦しか出せない——だし、調理したものを出すというのは見たことが無い。しかも多種多様な料理に対応し、曖昧な要求にも対応する。
恐ろしきかな先史魔法文明。探索隊の面子は、ボリーバルの様な粗野な人間もいるが基本有能な人間が集められている。きっと皆、思い始めている。
『まさか、本当に世界樹が願いを叶えるって信じているのか?』
公開討論会は確かに、世界樹が願いを叶える、と決した。だがエクレールを支持した聴衆でさえ、本当にそんな話を信じているかのか、正直疑問だとリオは思っている。連中はより面白そうな方を支持しているだけだ。みんな心の奥底では、それは単なるお伽噺だと思っている。
だが。
こんな高度な魔法具——正に「本物の魔法」を見せられれば、世界樹の童話めいた伝承もにわかに色味を増してくる。本当に世界樹は願いを叶えるのではないか、と。
そんな緊張感が、食堂車には静かに張り詰めていた。
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