結局、笹と松の結婚生活は六年間しか持たなかった。

 別れたときはお互いに二十六歳になっていて、子供はいなかった。

 それから松と別れて、一人になった笹はアトリエの中で、じっと松 まつの絵を見ていた。それは高校生のときに描いた松の絵だった。(笹の一番、大切にしている絵だった)

 絵の中で高校生の松はとても幸せそうに笑っている。本当に美しい笑顔だった。笹は最後のときに、松にこの松 まつの絵をもらってほしいといったのだけど、松は「ううん。いらない」とにっこりと笑って、笹に言った。だからこの絵は今も笹のところにあった。

 絵だけを残して、松は笹のところからいなくなってしまった。

 笹は大好きな松を失ってしまったのだ。

 どうしてだろう?

 どこで間違ったのだろう?

 どこで失敗をしてしまったのだろう?

 ……、といくら考えても、わからなかった。

 わかっていることは、もう笹と松の間には、愛はなくなっていたということだった。

 松と別れたあとも、笹は大好きな絵をアトリエで描き続けて、賞をとったりして、それなりの評価を得ることができた。

 数年後に、友達からの噂話で松が誰かと再婚をするらしいと聞いた。

 その話を聞いて、笹の胸はとても痛くなった。

 笹はずっとアトリエに飾っていた松 まつの絵を大切に包装して倉庫の中にしまってしまった。

 それから笹はじっとアトリエの椅子に座って、高校生のころに初めて松と出会ったときのことを、ゆっくりと記憶をたどるようにして思い出し始めた。

 季節は春で、窓の外ではあのころと同じようにたくさんの桜が咲いていて、きらきらと輝く日の光りの中で、数えきれなくらいの桜の花びらが舞っていたから、あのころのことを思い出すにはちょうどいいな、とそんな風景を見て笹は思った。

 そうして笹はゆっくりと十六歳の自分に少しづつその意識をうつしていった。


 ねえ、覚えてる? それとも、もう忘れちゃったかな?


 松 まつ 終わり

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松 まつ 雨世界 @amesekai

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