何で人間側のが癖強いんですかね

「ゴチソウサマでした!」

「御馳走様でした」

「はい、お粗末様でした」


 全部食べるとは思わないじゃん。もしもの時のために20個ほど用意していたんだけどなぁ……いや、原因の一端が俺にある事は分かっている。途中で味変として焼きおにぎりにしたんだもんな。あの匂いによってあの場にいた全員のお腹に更なるスペースを作ってしまった。本当は味噌もあれば最強だったのだが、流石にキャンプ予定もないのに味噌は持ち歩けない。精々醤油までだ。


「冒険者って醤油持ち歩くんですか……?」


 ――そうだよ?


 そういう訳でお腹いっぱいになった俺達は早速粒源先生の在籍する病院に向うことに。俺の車に載せて連れて行ってもいいのだが、須藤さんも車で来ているし、住居は隣町にあるらしい。……ん?隣町?


「隣町ならここ戸中山ダンジョンより韮間ダンジョンの方が近いんじゃないの?」

「あそこってオークとかからお肉は獲れるんですけど、私1人ではちょっと……こっちならお肉獲れなくても、キノコとか野草とかいっぱいですし」


 確かにモンスター討伐に馴れていない人からするとオークと闘うのって結構怖いんだよな。そもそも結構な体躯にスピードは無いとはいえ真面に当たれば鍛えていない人間だと大怪我必至の膂力。それよりかは肉獲れなくてもそれ以外が割と安全に採れる戸中山ダンジョンの方がそりゃいいか。 



「おぉ!やぁやぁ久しぶりだね、木原くん。体に問題は無いかい?」


 病院に付いた俺達が早速通されたのは粒源先生が待つ診察室だ。なにやらパソコンを操作していた粒源先生が俺達の入室に気付くと両手を広げて迎えてくれた。その狂気的な目が無ければ俺も素直に受け止められるんだけどなぁ。


「お久しぶりです、粒源先生。すこぶる健康です。怪我はぼちぼちしましたけど」

「個人的には病気抜きでも月一――いや週一で検査に来て欲しいくらいなんだけどねぇ、協力費は出すつもりだよ?」

「冒険者のが稼げるんでいいです」

「ハッハッハ!それは残念だ!門戸は開いているから心変わりしたらきたまえ!で、今日は彼女だねぇ?」

「ひぇ」


 粒源先生、急にゾンビの様に狙いを須藤さんに切り替えるのを止めてください。あなたに耐性無いんですから、初めての人はそりゃ短い悲鳴を上げるのも仕方のない事ですよ。

 当の本人は怯えられたことを一切に気にもかけず、すぐに須藤さんの前に躍り出て強引に片手を掴んで握手をした。


「す、須藤です」

「そっちの木原くんに聞いているかもしれないが、粒源紅子だ。ふむふむ、聞いていた通り爬虫類を連想とさせる目玉だ。視界に異常は?」

「異常は無い……というか、この姿になる前から視力は悪いんですけど、そのままです。このサングラスは度付きのものです」

「ほう!体が変化したら元の体が持っていた欠損もリセットされるのかと思っていたが、そうではないパターンも有るのか」


 初めて俺と会った時のように問診しては凄いスピードでバインダーに挟まれた紙にメモを書いていく。チラッとのぞき見したが、何を書いているのかさっぱりわからん。この場合の「分からない」は専門用語がびっしり書かれている訳ではなく、純粋に字が汚くて読みにくい。


「体温は?」

「測ってないです」

「ふむ、失礼――36.3度か。平熱もこれくらいかね?」

「そうです」

「この姿になってから汗はかいたかな?」

「お風呂に入った時にかきました」

「その時の風呂の温度は?」

「40度です」

「ふぅむ、鱗もあるし見た目は爬虫類に近づいてはいるが、やはりベースは人間なのか?興味深いな。いやぁ、私に倫理観とか道徳観とかあってよかったねぇ!無かったら――いや、年頃の娘さんに言うことではないか」


 言おうとしていたことはそれとなく察することは出来たが、言わないだけの分別はあったんだな、この人。確かに生物としての珍しさと言えば、エルフよりかはよっぽど上だろう。下手すりゃ俺耳長いだけだもん。


 さて、粒源先生の問診が始まってから10分が経った頃、診察室の扉が開かれ、そこから俺達を案内してくれた看護婦さんが遠慮がちに顔を出してきた。


「粒源先生~患者さんの関係者の方が来られているんですが」

「ふむ、名前は」

「梶原小春さんって女性なんですけど」


 一瞬、どこからか聞きつけた武道さんがやって来たかと思ったが聞き覚えのない名前だ。それでいてこの場所を知っている関係者となると、須藤さん関係かな?


「あっ、私のマネージャーです」

「だそうだ。通してくれたまえ」

「分かりました。――どうぞ」

「案内ありがとうございます。……須藤さん!」

「梶原さん、来てくれてありがとうございます」


 扉の向こうで看護婦さんにお礼を言ってから入ってきたのは金髪スーツ姿の女性だった。扉が閉まるのを確認すると少し声を張り上げて須藤さんに近づいた。

 そして、変わってしまった須藤さんを数秒間直視すると、顔を手で覆って天を仰いだ。


「スゥッ……ほとんどりゅーたんだ……白髪ウィッグつけたらほぼりゅーたんだ……!」

「梶原さん?」

「あの、須藤さん……チャイナドレスに興味は?」

「着ませんよ?」

「須藤さんが顔出しNGだってことは分かってます。なので個人的に!個人的に写真を撮らせてください!どこにも出しませんから!」


 なんかヤベーのが来たな。


「面白い人間が来たねぇ」


 面白い人間がなんか言っとる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る