曙りゅーたん

「曙りゅーたん……?」

「あ、ハイご存じですか?」

「どういう姿のV?」

「これです」


 須藤さんに差し出されたスマホの画面に映し出されていたのは、須藤さんが演じていると思われる女性キャラクターのイラスト。どこか活発そうな印象を受ける褐色の肌に蛇の様な瞳孔をしたつり目、白髪のショートカット。青のチャイナ服っぽいドレスを身に纏ったキャラクターだ。だが、普通の人間のキャラクターではないようだ。その証拠にその頭には天を突き刺すような立派な角と自分の腕よりも太い尻尾があった。


 画面の中の曙りゅーたんと人間を卒業してしまった須藤さんを見比べる。何の因果か知らないけれど、まさか自分が演じているキャラクターと近しい存在になってしまうとは。

 しかし、このVtuber……どこかで……あぁ!


「あぁ!short動画で見たことあるんだわ。泥酔して大爆笑しながらマルオカートで池に突っ込んでいた動画」

「アアー!アレ!」

「よりにもよってあの動画ですか……ご視聴ありがとうございます」


 俺の発言でオーロラも思い出したのか、得心がいった様に画面の曙りゅーたんを指差す。いやぁ、あれは中々にインパクトが強くカオスな動画だった。思い出したはいいけれど、あの面白おかしい声を出していた人が須藤さんとは結び付かないな……演技力凄いんだな。


「あれ、でも確かVtuberって企業勢とか個人勢とかあるんでしょ?曙りゅーたんはどっちなの?」

「ExStremerってところで企業勢として活動しています」

「企業勢のVtuberってマネージャー就くものじゃないの?」

「就きますね」

「この事言っときな?今後もVtuberとして活動するのならだけど」

「ですよね、ちょっと不安ですけれど」


 ここで辞めないと一切悩まないあたり、Vtuberの活動は彼女にとっていい物なのだろう。

 念のために確認したところ、彼女が今の姿になった時は配信は行っておらず、完全プライベートでマジカルマッシュルームのアヒージョを食べたら眠くなって起きたら「こんなになっちゃった…」という訳らしい。なお、変わった後も暫く晩酌はしていたらしい。


「とりあえず、今日の所はダンジョンは上がって病院に行って検査をしよう」

「病院……ですか」

「俺も検査してもらったところだから安心してほしい。先生は大分個性的ではあるけど」

「分かりました、よろしくお願いいたします」

「それと、検査の結果によってはVtuberの活動も考えなければいけないから、マネージャーさんにも言っておいた方がいいと思うよ」



 時刻は8時か。それなら粒源先生は起きているだろうし、出勤しているかも。流石に電話は迷惑だろうからLineで連絡を入れておいて、少し待ってみるか。あれ、既読になった。うわ、返信早っ!これ絶対スマホ触ってたよな、もしかしてオフの日だったか?あ、でも「準備するから10時くらいに来てくれ」か。あ、何か連続でオーロラも検査したいとか送ってきた。「それは駄目」っと。


「10時くらいに検査してくれるってさ」

「分かりました。私もちょっとマネージャーさんに電話してみますね。出てくれるといいんですけど……」

「もしあれだったら俺の名前も出していいから」

「そうですね、ありがとうございます」


 そう言うと須藤さんはペコペコしながらスマホを持って湖の傍の巨木の陰に移動して通話を始めた。数秒間スマホに耳を当てると声こそ聞こえないが「アッ」と声を上げたような顔をして何かを話し始めたから例のマネージャーさんは通話に出てくれたのだろう。

 ふむ、事が事だし電話も時間がかかるだろう。その間ボーッとしているのもなんだし、軽食でも食べるか。


「オーロラ、おにぎり食べるか?」

「食べる!タラコのが欲しい!」

「じゃあ俺は梅干しのやつを食べるかな」



 電話を始めてから10分くらい経った頃、須藤さんがようやく戻ってきた。その顔は疲れているというよりかは混乱しているような顔だった。断じて、俺達が呑気におにぎりを食べているからではないと思う。あ、もしかして欲しい?


「須藤さんもよろしければ」

「あ、いただきます」

「ソチャですが」

「あ、ありがとうございます」


 おおっと、須藤さん遠慮するかと思ったが、乗って来てくれた。

 着席した須藤さんに欲しい具材のおにぎりを聞いてタッパーからおにぎりを取り出し渡す。オーロラは水筒から紙コップにお茶を注いで、須藤さんの前に置く。オーロラの言う粗茶とはマンドラゴラ茶のことだ。勿論粗茶では断じてないが、オーロラからして言いたかっただけなのだろう。


「美味しい……!あの、これどこのお米なんですか?」

「魚沼産コシヒカリ」

「あぁ、それってこの前の配信のやつですよね。まだ私、アーカイブ見れていないんですよ」

「それはそれはどうも。お時間のある時に……で、マネージャーさんどうだった?」

「それがですね……今すぐこっちに来て検査に立ち会う――と」

「え?検査10時って伝えた?」

「勿論です。もうかっ飛ばして行くんで出来るだけ早く病院の場所教えて欲しいそうで」

「まったりおにぎり食べてる場合じゃなくない?ほら、ここここ」

「ありがとうございます、ついおにぎりが美味しそうで……」


 しかし、結果を知るだけならば電話なりメッセージアプリでも十分だと思うが、直接来ようとするあたり、アクティブなマネージャーのようだ。


「活動自体は続けさせてもらえそう?」

「それはもう有難いことに"検査結果次第にはなるけれど、問題なければ曙りゅーたんの一ファンとして悲しいから辞めないでほしい"って言っていただけました」

「そりゃよかった」

「それで……その、木原さんにお願いがあるんですけれど……」

「うん?何?」

「おにぎり、もう少しいただいてもよろしいでしょうか」


 なん、だと……3個くらい渡していたはずだが、見ればいつの間にかなくなっていた。聞けばこの姿になってからお腹が空くのが早くなったらしい。まぁ在庫まだまだいっぱいあるからいいんだけど。あまり検査に支障がないくらいにしてね?

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