魚にあるまじき強さ

 迫りくる追跡ガツオ。焦りを覚えた俺は咄嗟に抜き身の吽形で頭部を護るように構えるが、追跡ガツオは勢いそのままで刀身に突進してきた。


「マジかお前……ッ!」

「ジョージ!?」


 強烈な突進攻撃と不慣れな水中での足場に崩した俺は悪態と共に突き飛ばされてしまった。だが、飛ばされる速度も中々にゆっくりだったので、岩にぶつかる前に体勢を取り直し難なく着地することが出来た。吽形は……うん、折れてないな。

 このまま追撃が来るのではと思ったが、そうはならなかった。見ればオーロラが魔法で追跡ガツオの頭部を凍らせることで動きを鈍らせていた。しかしそれも長くは続かず、奴は自ら頭を近くの岩にぶつけることで、氷を取り除いていた。


「いや、舐めてたわ……」


 正直海ダンジョンで苦戦するならば、鯨とか鮫とか蟹とかイカとかタコとか、そういう生物がモンスター化したものと思い込んでいた節があった。まさかカツオとは思わないじゃん。

 って不味い。さっきの魔法でオーロラが追跡ガツオに狙われ始めた。ヤドリギの矢を食い止めることに分体ミサイルを使い切ったからなのか突進攻撃のみだが、それでもあの巨体。今でこそオーロラは避けきれているが、疲労が溜まればそれも難しくなるだろう。


 上を見上げれば今だに分体ミサイルのものであろう爆発が続いているからヤドリギの矢が戻るのを待っている暇はないか。オウシャコガイの中にあった宝箱から入手した硨磲の盾を片手で持ち地面を蹴って駆ける。


「オーロラ、こっちへ!」

「ウン!」


 俺の声に反応したオーロラが一切疑わず俺の背後に回る。ヘイトを買っていたオーロラが俺の背後に来たということで、追跡ガツオの視線もこちらに向くわけで。通じるかは不明だが、こちらを向いた奴に対して俺は吽形を持った手を大きく振るって挑発するように指をクイクイとしてみせた。


「カモン、お魚くん」

「!!」


 通じたよ。ヤドリギの矢の危険性を察せられたことから結構な知性はあると思っていたが、挑発が通じるほどって感情もあるのかよ。モンスターとなることで生物としての格がうんたらかんたらとは聞いたことがあるが、そこまでとは。

 まぁ今はそれはどうでもいい。挑発に乗ってくれたのなら万々歳だ。追跡ガツオがその巨体で地面を抉りながらこちらに突進をかましてくる。


「オーロラ、逃げとく?」

「ンーン、一緒にいる」


 そう言うと、オーロラは俺の肩に乗る。もし力勝負で負けたらオーロラ諸共ぶっ飛ぶんだが、信じられているということでいいのだろう。自然と口角が上がっていることを感じながら硨磲の盾を構え衝撃に備える。さぁ、実質オウシャコガイVS追跡ガツオだ。俺達の身を考えるとオウシャコガイには勝って欲しいところだが。遂にやってくる激突の時。


「ン゛ブッフゥ!」


 硨磲の盾から伝わる衝撃に変な声が出る。俺が元おっさんで良かった。俺が最初から美人なお姉さんだったらそれはもうメンタルが悲しいことになっていただろう。その点、俺ならいくら汚い声が出ても俺自身にダメージは皆無だ。

 うん、衝撃辛い。硨磲の盾には衝撃を和らげる機能なんて無いからね。だが、吽形で防いだ時よりずっとマシだ。間近で聞こえるオーロラの応援を心の支えにして踏ん張る。


「ウオオオッ!」

「ガンバレ!」


 少しも後退せず、受け止めきれるとかなら格好良かったんだが、現実はそう甘くない。甘くはないが――数メートル後退したところで追跡ガツオの勢いが止まった。数分とも思える時間だったが、競り勝つことが出来た。俺は素早く硨磲の盾を手放し、両手で吽形を構えて剣道の面をするように強く振った。――獲った!が、確信は早かった。振り抜くつもりで降ろした吽形の刀身が追跡ガツオの上顎に食い込んだところで、動かなくなった。


「うぇっ!?オーロラ、もう一度頭……いや、目の辺りを凍らせてくれ!」

「ワカッタ!」


 吽形まで凍ることを危惧して目の辺りにするように指示したが、それでも追跡ガツオの動きが弱くなった。流石の巨艦でも全弾発射や突進攻撃を繰り出していれば疲労も溜まろうと言うものだ。そして、示し合わせたかのように両手に持った吽形に違和感があり見てみると、右手と吽形の柄の間にヤドリギの矢がすっぽり挟まっていた。お前、両手塞がってても無理矢理捩り込んでくるのか。

 何でもアリだなと思いつつも、ヤドリギの矢が一仕事終えて戻ってきたことで一気に形勢逆転だ。一端の主人公ならこのまま吽形で戦うかもしれないが、こちとらおじさんなので。


「"締めろ"」


 その言葉と共に投げたヤドリギの矢は、吽形をも食い止めた追跡ガツオの肉を難なく突き進み、脳みそまで到達したのだろう。凍らされても終ぞ生気を滾らせていた追跡ガツオの眼が死んだ魚のそれへ変わっていた。

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