行きたいから行きます!

 兼業していない人に限るが、冒険者ってかなりフットワークの軽い職業だと思うんだ。勿論、安定して食えるようになるまで努力と根気と運など必要になってくるが、それを乗り越えれば休みとか色々と融通の利くようになる。――まぁその代わり常に危険と隣り合わせというデメリットがあるが。


 なんでいきなりこんな話をしだしたかと言うと、俺は昨日海の幸を食べたいと思ったんだ。スーパー球岸に行ってもいいのだが、やはりとびきり新鮮なものを食べたいと思うのが人の常。と言う訳でやって来ました。


「ウミだー!」

「いやぁ、太陽サンサンで暑いな」


 車を運転すること2時間で通称海ダンジョンと呼ばれる相模浜ダンジョンにやって来ちゃいました。

 この相模浜ダンジョン、ここら辺ではそれなりに有名なダンジョンなのだが、それはダンジョンそのものの知名度ではなく、有名な海水浴場である相模浜に隣接するダンジョンってだけ。海に遊びに来ている人がほとんどで、ダンジョンに潜りに来た人は少ないそうだ。


 ダンジョンから少し離れたところにある駐車場に車を止め、ダンジョンへと向かう。照りつける日差しのせいでだいぶ暑い。いつもは帽子の中に待機しているオーロラだが、今回は念のため保冷剤を入れておいたバッグの中に隠れてもらっている。オーロラ自身は大丈夫と言っているが、帽子にしろバッグにしろ密閉してるからね。万が一があってはいけない。


「っはぁ……涼しい」


 足早にダンジョンの受付ロビーに入ると、何とも心地のいい涼しい風が俺達を出迎える。思わず声が漏れてしまった。ふむ、戸中山ダンジョンよりも人はいるが……駐車場に止まっていた車に比べたら明らかに少ない。やっぱり海水浴場にみんな行ってるんだろうな。


 さて、初めてくるダンジョンだが、今回は韮間ダンジョンの時とは違い事前に電話連絡を入れていた。そのため、俺がさりげなく無人の受付に向かうと、丁度いいタイミングで男性職員が受付に入ってくれた。


「ようこそ相模浜ダンジョンへ。木原さんでお間違いないですね?」

「はい」

「確認のため、Aカードを預からせていただきます。――はい、確認できました」


 おいおい、ここはホテルかよとツッコみたくなるほど、テキパキしていらっしゃる。俺がエルフだということを分かっているはずなのに、それをおくびにも出さず対応してくれている。友風さんと変わらないくらい若いのに大したものだ。こう言っちゃなんだが、ここまで反応されないのは初めてで少し新鮮。


「木原さんは、海ダンジョンは初めてですか?」

「はい、そうですね。確か相模浜ダンジョンって、歩けるタイプの海ダンジョンでしたよね?」

「えぇ、間違いございません」


 海ダンジョンには2つのタイプが存在する。泳いで探索するタイプと海底を歩いて探索するタイプが存在する。面白いのが、泳ぐタイプは当たり前のことだが息継ぎをしなければいけないのだが、歩くタイプは海中にいるのにも関わらず、呼吸をすることが可能なのだ。ただ、地上のダンジョンと異なる所は浮力が高いので動きが多少鈍くなったりジャンプすると通常より高く跳ぶようになる。さらに大きな特徴として、歩くタイプは服が濡れることは無いのだ。なのでいつもの装備で潜ることが出来るのだ。ちなみに、泳ぐタイプは専用の水着があるらしい。

 ある程度は予習しているのだが、それでも抜けているところがあるかもしれないので、男性職員に注意点を聞いてみた。


「水中では一部魔法に制限がかかるのでご注意くださいませ」

「ま、そうですよね。火とかですかね?」

「左様でございますね。火はすぐ消えてしまうので、そもそも発動しない方がよろしいかと。力が無駄に終わりますので。後は雷系ですかね、お一人であれば問題はありませんが、近くにお仲間がいると感電してしまうのでご注意を」


 あー、うん。水中あるあるだわ。まぁ火も雷もオーロラ滅多に使わないもんな。よく使うのは氷の魔法だが、そっちは問題ないらしい。

 その後もいくつか注意点を聞いたが、特に問題のないレベルだ。となれば次の質問なのだが――これがとても重要で重大で俺のモチベーションを高めるための大切な質問だ。


「美味いもん――獲れますか?」

「……私、ここに勤めて3年程になりますが――自信を持ってお勧めできます。」

「マジすか、何かおすすめ有ります?」

「そうですね、私が好きなのはクイーンランスサーモンですね。刺身も美味しいですが、塩焼きが美味しくてですね。ご飯にも合いますが、酒にも合いまして……皮もまた絶品なんですよ。週に1回の楽しみです」


 クイッとおちょこを煽るジェスチャーをする職員。こやつ、飲めるな?その意図を込めて薄く笑うと、彼もまた笑みで返してくる。ククク、彼とは仲良くなれそうだ。

 

「もちろん、他の海産物も絶品ですよ。貝も海藻も是非ともとっていただければ。」

「それはいいですねぇ……」


 どちらも大好物だ。海藻だって味噌汁に入れてもいいし、確かわかめのしゃぶしゃぶってのもあるんだっけか。それを試してみてもいいかも知れない。


「見れば木原さんはクーラーボックスをご持参の様子ですが……もし、お持ち帰りの量が多くなりそうな際は仰ってください。こちらの受付で多様なサイズのクーラーボックスをお売りしておりますので」

「あー、そうですね。多分利用することになるかと」


 今の話を聞いて俄然持ち帰りたくなった。彼の言った通り帰る事にはもう1つクーラーボックスが増えているかもしれない。

 貴重な情報に感謝し、ダンジョンに入場する。さぁ、海産物たちよ待っていてくれ。エルフが今から行くぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る