2人の正体?

「あぁもう、いつもの2倍以上は疲れたわ……」

「オツカレ、ジョージ」


 車に乗って間髪入れずエンジン回して駐車場から出ることが出来たが、大丈夫だっただろうか。念のためにバックミラーで後方を確認してみるが、可能性の1つであった俺達をつけているような車は見受けられなかった。映画でよく見るカーチェイスにならなくてよかった……そこまでドライビングテクニックあるわけじゃないからね。


「ジョージ、お嬢様みたいなのヨカッタ!またやって!」

「出来ることならやりたくないねぇ!」


 ハーッ、もう完全に黒歴史だわ。あんなのは絶対に巣守さん夫婦や翠ちゃんには見せられない。他に見せたくない武道さんや友風さんには見られたが。ム、着信音だ。とは言え俺は運転中だ。

 幸いポケットではなく助手席に載せているからオーロラに操作してもらおう。


「オーロラ、電話誰か確認してもらえるー?」

「ハーイ!ン、とタケミチだよ!」

「あー、出て」


 あんにゃろう、一言文句を言わなければ気が済まないと思ってたんだ。それが相手から電話してくるってんだからそれに乗らない手はない。オーロラは言われた通り、武道さんからの電話に出ると、即スピーカーモードに切り替えてもらう。


『もしもーし』

「あの時の俺の言動は忘れろ。OK?」

『あー、あのおじょ』

「残念だ、冬子さんに色々と報告しなきゃいけないようだな――」

『分かった!すまんかった!だから冬子だけには変な事言わんといて!』


 こうですよ。武道という男、奥さんである冬子さんにめっぽう弱い。決して夫婦仲が悪いわけでも尻に敷かれているという訳ではない。単純に嫌われたくないのだ。何回も冬子さんに会っている俺からすれば、あの人そう簡単に武道さんを嫌うような人ではなさそうなんだけどな。武道さんの情けない話聞いてもすごい愛おしそうにしてるし。

 閑話休題。武道さんが自分からこのタイミングで電話を掛けてきたのだから、黒歴史のことについての話ではないのだろう。


「あの外国人2人、今どうなってんの?俺を追いかけようとしてる?」

『せやな。まずは対応が遅れてまこと申し訳ない。俺が現場を目撃したんは、譲二さんが友風さんのところ向かった時や。安心しぃ、あの2人が譲二さん追いかけようとしたけどこちらで取り押さえといたわ。あの2人、特に迷彩の奴は共用スペースで落ち度のない人間に対してスキルを使っての接触をした。っちゅう訳で相方と共に身柄を萩原さんの所に引き渡したからの』


 やっぱりあの全身迷彩、スキルを使っていたのか。そうだよな、じゃないと一々俺の背後から現れた説明がつかないもんな。我ながらよく反応できたと思うよ、本当に。ただ、そんな奴らも萩原さんが引き取ってくれたのなら安心だ。

 そもそも、俺が受付に戻る前にも男女問わず冒険者に話しかけたりとかしていたそうだ。ただ、本当に話しかけるだけで女性自体が気分を害していた様子でもなさそうだったので、注意してみていることしかできなかったそうだ。


「……で、あの2人の正体とか分かってんの?明らかにこの辺の人じゃないと思うんだけど」

『あー、せやな。普通だったら個人情報云々言うんやが、あの2人に関してはそれなりに有名やからなぁ……あいつらはアメリカ合衆国の軍人上がりの冒険者や。筋肉の方がコードネーム"ラバー"迷彩の方が"ソニック"。言うとくけどあいつらも配信者やで?ジャンルはダンジョンアタック系やけど』

「え、そうなの?全然知らなかった。……ってもしかしてあの時配信されてた?」

『いや、確か配信の時はちゃんとしたカメラマン雇っとるから今日は違う言うとったな』


 その言葉を聞いて安心したよ。万が一、配信されていたとなるとまた戸中山ダンジョンに人が殺到していけない日々が続くところだったよ。それを差し引いても今日の一件で行き難くはなったけど。許すまじ、ラバーにソニック!もう会いたくは無いけど!


「――ってかそもそも何でアメリカの配信者が戸中山ダンジョンにピンポイントで来るんだよ」

『それがなぁ、"友人に頼まれてエルフのサインをもらいに来た"やと』

「怪しくない?」

『めっちゃ怪しいわ。出来ることなら強制送還させたいわ』


 その言い方だと、そちらは期待できそうにないね。あぁ、嫌だなぁこういうことが起こるかもと予想はしていたが、本当に来られると辟易とするものだ。こういう時は酒を飲んで忘れるのが一番だ。

 

『奴等の処分は厳重注意で済む可能性が高いわ。そんでもしかしたら――』

「俺にまた接触してくるかも?」

『不可抗力とはいえ、異常なところ見せてもうたからなぁ。戸中山ダンジョンに来るなとまでは言わへんけど、一層注意しいや?』

「分かってるよ。そんじゃ、ありがとうね」

『おう』


 武道さんとの電話が切れ、俺は大きくため息をついた。そんな俺を心配してか、オーロラが肩に乗ってそっと頬を赤ちゃんをあやす母親の様に優しく撫でてくれた。


「ジョージ、大丈夫?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃなくなるかもなぁ……」

「アレぐらいだったら、ワタシなんとかできるよ?」


 俺は背中に怖気が走った気がして何も言えなかった。オーロラ、もしかして割と怒ってる?しかもアレぐらいって――


「ジョージ?どうしたの?」

「あ、あぁ!いや、オーロラが何とかする必要はないよ。そうだ、今日は山菜がいっぱい手に入ったんだ、天ぷらにするか!それに茶碗蒸しも!」

「天ぷら!?茶碗蒸し!?タノシミ!お酒は?ニホンシュ!?」

「そうだなぁ、ヤな事忘れるためにちょっといい奴開けるか!」

「ワァイ!」


 よかった。いつものオーロラに戻った。今度はオーロラに気付かれないように安堵のため息をつき、ハンドルを切る。さぁ、家に帰って準備しないとな。

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