筋肉ゴリゴリマッチョマンの禿だ
――アイドントスピークイングリッシュ。俺がそう言った瞬間、時が止まった。スタンド能力とかではなく、単純に静寂がこの空間を包んだのだ。同時に俺は察した。あ、ここドントじゃなくてキャントだったな?と。
ちらりと話しかけていた禿マッチョを見ると、呆気にとられたように口をあんぐり開いていた。そして、バツが悪そうにそのつるっぱげな頭を掻くと
「umm……悪いな嬢ちゃん。まさかそこまで英語が出来ねぇとは思わなかった」
日本語話せるんじゃあねぇか!そんなツッコミを口に出したかったが、英語が話せない馬鹿な俺でもこの状況は理解できる。下手な返答をするわけにはいかないんだろうな。この禿マッチョ、ダンジョンの中で俺を探していた奴だ。こんな分かりやすい外見、忘れる方が難しいわ。よく見ると、禿マッチョの後ろに奴と一緒にいた全身迷彩の姿もあった。
なーんか、こいつ等にバレると面倒そうだ。ここは配信している俺とは違うキャラを演じるしかないか。
「――いいえ?私の方こそ英語が疎くて申し訳ありません。どうにも苦手でして……ウフフ」
おっっっっっっヹ!!何言ってんの俺!?何言ってんの俺!?普段の俺の真逆=お嬢様風ってことでそのキャラで口に手を当てながら言っちゃったけどこれ自傷ダメージもデカい!オーロラ!俺の頭の上で笑い転げるな!分かってるからな!ずり落ちるなよ!?
「ふぅん?そうか。まぁいいさ、じゃあ改めて質問だ。嬢ちゃん、かの有名なエルフ見てねぇか?」
「エルフ……?あぁ、あのお酒を飲んでる配信している人ですよね?そうですねぇ、私このダンジョンにはそんなに潜っていないのですが……見ておりませんわ?」
そりゃこのダンジョンでは見てないですよ。だって俺が鏡もなしに俺自身を見れる訳ねぇからなぁ!そんな悪態はさておいてだ。これで諦めて引き下がってくれないかなぁ。今日は配信しない日だけれど早く帰りたいんだが。
「そうかいそうかい、そりゃ悪かったな。それじゃあ最後に……そのけったいな帽子、とっちゃあくれねぇか?」
「あら、あなた『けったいな』なんて言葉知ってるんですのね?日本語が上手ですこと」
「答えになっちゃいねぇぜ、嬢ちゃん?少し帽子を取ってもらうだけだ――」
禿マッチョの手が俺の帽子へと伸びる。オイオイ、付き合ってない野郎が女の頭に触れようだなんて思い上がりが過ぎるんじゃあないか?それにその帽子の中にはオーロラがいる。簡単に触れさせるわけにはいかないね。
俺は出来る限り静かに、穏やかに、優雅に一歩足を引いて禿マッチョの手をするりと躱す。俺の回避行動に禿マッチョは目を見張るとすぐにその顔を意地の悪そうな笑顔に変える。
「なんだぁ、嬢ちゃん?その帽子、大事なのか?」
「えぇ、亡き父に貰った大切な品ですのよ?」
「そこはブレスレットにしておけよ親父」
「ウフフ、同感ですわ」
うん、遺品のネタはやり過ぎだったかもしれん、ごめん親父。にしても禿マッチョしつこいな!避けても避けても俺の帽子を取ろうとしてくる。厄介だなぁ……受付目前だけあって他の冒険者の視線が次々と集まってきている。もしかしなくてもこいつら有名人か?
ム、頭を叩く感触――やめるんだオーロラ。ここでお前が何かしようものならもっとややこしいことになる。俺だってなぁ、出来ることなら穏便に解決したい。ちょくちょく暴力で解決したいという俺の中の悪魔が囁くがなんとか俺の中の天使が抑えているところだ。あぁー、ヤドリギの矢ぶん投げてぇ!『記憶消して』って願ったら記憶消せるかなぁ!?やれそうだなぁ。
ん。ふと、背後にあるはずのない気配を感じた。見えなくても分かる。背後に現れたそいつも俺の帽子を狙っている。ふん、狙っている物が分かるというのなら避けるのも楽と言うもの。
「ハァ!?」
「……oops」
背後から聞こえる2つの驚いたような声。正面から手を伸ばした禿マッチョとどこから現れたのか後方から俺の隙を伺い、手を伸ばした全身迷彩。その2つの手から流れるように逃れ――気を利かせて空けてくれていた友風さんの受付へと向かった。
「友風さん」
「ッハイ、買取分の提出をお願いいたします」
「これとこれとこれね。お金は――そうね振り込んでおいて?」
Aカードから今日採取した山菜やら薬草やら木々鹿の角とかバラ肉をさっさと置く。
そしていつもの俺なら絶対やらないであろう、少しキザにウィンクを決めると、友風さんめっちゃ手震えて口も震えている。笑い堪えてるだろアンタ。オーロラもやめなさい。君見えていないはずだよね?
こんなの武道さんに見られたら赤面もの――ハッ!あの柱の陰に見える見覚えのある胡散臭い細目は――!!ナズェミテルンディス!
「オイ!嬢ちゃんアンタぁ……」
「ウフフ、ごめんあそばせ?私、これから父とディナーの予定ですのよ?」
「生きてんのか死んでんのかどっちなんだよ!」
「――Freeze」
まただ。さっきからこの全身迷彩、俺の死角から現れやがる。何かしらのスキル持ちなのだろうが、いい加減鬱陶しいんだよ。俺の帽子を狙わんと飛び掛かってきた全身迷彩の服を躱し気味にふん掴みそのままの勢いで床に叩きつけた。そして奴の耳元にささやきかける。
「フリーズ」
そこでようやく、全身迷彩は動きを止めたので、俺は即、踵を返して出口へと向かった。もし俺が男で身内ノリが許される状況であればこう言っていたことだろう。あばよ~とっつぁーん!
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