あなたの見えているものが全て真実とは限りません

「すみません、萩原さん。まさかそこまでバッチリな男装されると思いませんで……」

「私も気付かなかったのでお相子ですよ。まさか私の車の助手席に乗っているのが話題のエルフと妖精とは思いますまい」


 そう、俺達は今萩原さんの車に乗って居酒屋へ向かっている。しかしいい車だなぁ。俺の車も悪くは無いはずなのだが、どうしても見劣りしてしまう。萩原さん曰く、モンスターや不良冒険者と事を構えるだけあって給与はかなり良いようでこの車はしっかり稼いで一括払いで購入したらしい。


「……で、その男装のクオリティはなんですか?」

「実はコスプレを嗜んでおりまして」

「へぇ、それで」

「コスプレ!スゴイ!」

「ありがとうございます」


 この人、初対面の時は真面目でサブカル的な趣味は持たない印象を持っていたが、思った以上に属性モリモリな人みたいだ。それにしても確かに中性的な見た目ではあった萩原さんがここまでイケメンに変貌するとは……


「木原さん、あなたが思っているであろうことをそのままお返ししますよ」

「え?」

「配信では酒をドワーフの様にかっくらうエルフと妖精さんが物語に出てくる可憐な姿そのままですよ?」

「ハハ、中身はおっさんですよ?」

「フフ、外見はエルフですね」

「ジョージ耳真っ赤!」

「オーロラ口チャックな?」


 何言ってんだこのイケメン。そんな事言われたって俺の心は動かないんだからな!……いや待て?この人さらっとドワーフのようだと言ったな?言ったよな?いや、別にコメントで散々言われているんだけどリアルで言われたのは初めてだな。ちょっと新鮮。



 日もすっかり沈み、天の光より地上の光の方が眩くなってきた頃、俺達を乗せた車が予約した居酒屋近くの駐車場に止まった。忘れずにオーロラを帽子の中に隠れさせて車外に出る。外に出ると同時に、俺の頬を撫でるのはどこか生温かい風。男の時でも街に出て飲むことは少なかった俺だが、それでも懐かしい感じがした。


「さて、今日の居酒屋は――」

「こっちです」


 スマホを取り出して地図を調べようとしたその時、萩原さんが躊躇なく一歩踏み出した。……実は今回居酒屋の予約をしたのは萩原さんだ。生憎予約しようとしていた当初は俺がしようと思ったのだがネットでの予約は2日後までとなっていたから電話でしなきゃならなかった。


 そこで待ったをかけたのが萩原さん。もし従業員が俺の声を知っていたら大騒ぎになって飲みどころではなくなってしまいさらに本名がバレてしまい、リテラシーが低い従業員が電話番号をネットに公開などしたら事だと。だから電話予約は萩原さんにお任せすることに。まぁ店自体は俺が決めたからいいんだけどね?

 でもそれにしても……!


「迷いなさすぎません……!?」

「ストリートビューとマップでなんどもシミュレーションしましたから。それよりもあまり大きな声を出してはいけませんよ?」


 さっきまで話していた時よりも少しばかり声を低くした萩原さんは、薄く笑う。ハァ、なんやこのイケメン。

 何だか俺の出る幕が無い気がするが、致し方ない。ここは大人しく萩原さんの先導に付き従うとしよう。それにしても、だ。道行く人々の視線がこちらに向いているのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないな。ふと、視線をずらしたらこちらを見ていた男と目が合って、目が合った男はわざとらしく目を逸らした。それに加え


「うっわ、美男美女」

「すっげぇなぁ、俺もあんな彼女欲しいわぁ」

「男連れかよ。絶対声かけてたのに」


 なんて声が聞こえる。……そうか、俺がエルフだということはバレてないみたいだな。バレていない安心感もあるが、一緒に女の子な格好の俺を見られるという羞恥心もあったりする。この感覚は慣れないだろうなぁ。

 しかし、こういう声も存在していた。


「見て!凄いイケメンが可愛い子連れてる!」

「え~アレホストとかじゃないの?」

「……ン?――ジさん?や、気のせいか」

「いいわぁ、あの2人絵になるー」


 こんな感じに萩原さんも注目を浴びちゃっているようだ。けどこれ、自分で言うのもなんだが、相乗効果でさらに注目されてない?あとオーロラは帽子の中でバンバン頭を叩かない。もう少しでつくから大人しくしてな?



「はーい、いらっしゃいませ。お2人?ご予約は?」

「予約していた萩原です」

「はーい萩原様お待ちしておりました!個室でのご案内でしたよね?こちらへどうぞ!」


 元気のいい女性店員に迎え入れられ、入店した居酒屋は隠れ家的なお店でどこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。うんうん、思っていた通りのお店だ。これならゆっくりできそうだ。

 そうして案内された2人で飲むにしてはそこそこ広い個室に入り腰を掛け、店員さんの簡単な説明を受ける。このお店ではタッチパネル式のオーダーシステムを採用しているので、いちいち店員さんを呼ばなくても良いから助かる。


「それでは最初のお飲み物だけお伺いしてもよろしいでしょうかー?」

「あ、ビール大ジョッキで1つと小ジョッキ1つ。あとオレンジジュースお願いできますか?」

「……はい!大ジョッキで1つ小ジョッキ1つ。オレンジジュースですね!少々お待ちくださいー」


 店員さんは2人のはずなのに3つドリンクを頼まれたことに一瞬硬直したようだが、すぐに気を取り直して注文を繰り返して間違いが無いことを確認するとさっさと個室の扉を閉めて行った。そして足音が遠くなることを確認して店に入ってからもずっと被っていた帽子を取った。そこから出てきたのはもちろんオーロラだ。ただ彼女にしては珍しく辟易とした表情だ。


「アー、息苦しかった」

「ごめんて。でもお望み通りの居酒屋だぞ?」

「ウン!それは嬉しい!」


 すぐに機嫌を取り戻したオーロラは物珍し気に個室の中の壺や掛け軸を観察する。それぐらいのものなら俺の家にもあるはずなんだけどなぁ……?などとしていると扉の向こうから店員さんの声が聞こえた。それを耳にしたオーロラは目にもとまらぬ速さで壺の中に隠れた。流石ですわぁ……

 さて、そんなことも知らずに店員さんは入ってくるとさっさと注文したビールやオレンジジュースを置いて「それではごゆっくりどうぞー」と言い残し去っていった。


 壺の中からひょっこり現れたオーロラが愛おしそうに小ジョッキを持ち上げ、俺も大ジョッキを持ち上げる。おおう、家で飲むときは中ジョッキだからな。大ジョッキを持つといつもの重さとのギャップに慌ててしまう。問題なく持てる重さなんだけどね。最後に萩原さんがオレンジジュースを持ちあげて――


「それでは今日の主役のオーロラさん。乾杯の音頭を」

「えっ!?聞いてナイよ!?」

「言ってないからねぇ」

「よろしくお願いします、オーロラさん」

「え、えぇっと……?し、進化したヨ!かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」


 こうして、「オーロラ進化おめでとうの会」は幕を上げた。

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