剣歯虎はどこから来たのか
「譲二さん、目立つつもりないんよな?」
「はいぃ……」
「ほな、今の状況はなんやねん……」
洞窟の壁にもたれ掛かり、ポーションを飲みながらも疲労感満載な俺に呆れ返った声を掛けるのは我らが武道さん。俺の名誉のために言っておくが、上半身真っ裸(ブラは付けてます)のままで武道さんと対面した訳ではない。
事前に俺の状況を伝えておくと、オーロラが案内した武道さんが入るよりも先に、彼が要請しておいてくれた冒険者組合の中でもダンジョンの外で暴れるモンスターを討伐したりなど荒事の専門部隊の女性隊員が入ってくれて黒シャツを着せてくれたのだ。ポーションを飲み干し、立ち上がろうとする俺を手で制されたのでそのまま礼を言う。
「まぁ、うん。本当に助かったよ、武道さん。それに萩原さんだっけ?」
「いえ、ご無事で何よりです。尤も、今回の件はこちらの不手際もありましたので」
俺の感謝の言葉に、軍隊のように綺麗な敬礼を決める萩原さんは、俺よりも背が高くスラッとした体つきに、鋭い目つきの美人さんだ。女子高の中にいる王子様キャラみたいな雰囲気を感じる。……同性にもてるタイプだな。現にオーロラは彼女が気に入ったのか周りを楽しそうに飛びながらつぶさに観察している。無論、この場に来ているのは武道さんと萩原さんだけではなく、男性隊員が3人来ており、彼らは実況見分をしている。厳格な組織のようだが、ちょくちょく彼らの方から視線を感じるのは気のせいじゃないだろう。萩原さんが何も言わず睨み返してるし。
さて、萩原さんの不手際というのは、剣歯虎の発見が遅れたことにあるらしい。
「でも通報が無かったんでしょ?仕方ないんじゃあ」
「現にジョ……失礼しました。木原さんに実害が出ておりますし、今回剣歯虎に遭遇したのが木原さんではなく一般の方でしたら命を落としていたでしょう。本来であれば、人的被害が出る前に我々で処分するべきでした」
心の中で「人の味覚える前で良かったね!」と思ったが、それを口にしてはいけないのは流石に分かっているさ。言ったら武道さん辺りに殴られるだろうからね。
しきりに謝罪してくる萩原さんを何とか宥め、次の話題に移り変わる。それは、あの剣歯虎はどこからやって来たのか。
「調べたところ隣県の冒険者、石田大地が剣歯虎を登録しておりました。名前はキバオ。石田大地と話したことがある冒険者が言うには『食費が馬鹿にならない』や『部屋がボロボロにされる』とボヤいていたそうです。1か月前から連れていないようだったので、聞いてみたら『留守番させている』の一点張りだったそうです」
「扱いきれなくなって、距離の離れたこの山に捨てたっちゅうことか」
「でしょうね。殺処分をしようにもかなりの費用が掛かりますし。なお、石田大地は既に身柄確保したとのことです。モンスターを野に放ったのです、重い処分が下るでしょう」
おぉ、仕事が早い。やらかしたことは下手をすると多数の命が犠牲になるかもしれないことだったしな。厳正な処分を下してほしいものだ。危うく俺も死にかけたわけだし。
話がひと段落着いたことを察したのか、隊員のうちの1人がこちらにやって来た。
「失礼します。やはりジョ、木原さんが討伐した剣歯虎はキバオで間違いないでしょう。ただ、報告にあったものより約1.5倍ほど大きくなっています」
「うっわ、マジすか」
思わず漏れた言葉に、話しかけられたと思ったのか男性隊員は上ずった声で「はい!マジです!」と声を張り上げたのは笑ってしまった。代わりに萩原さんの極寒のように冷たい視線を浴びせられた彼は温度差で風邪を引くんじゃないか……?
「1か月でそんなデカくなるもんなんですか?」
「無い話ではありません。キバオは石田大地と行動を共にしていた時、痩せすぎとまでは行かないでもそこまで肉はついていなかったそうです。食費がかかってもキバオ自身かなり食欲を抑えていたのかもしれません」
そこで萩原さんの視線が高く積み上げられた骨の山に目を向ける。なるほど、山に捨てられたことで食欲が爆発して数多の動物を喰らい、デカくなった訳か。人的被害もそうだが、このままだったら山の命が喰いつくされた所だったのか。ゾッとしない話だな。遭遇したのは運がなかったが、斃せてよかったとは思えるな。
「それでキバオの死体の権利は木原さんにありますが……どうなさいますか?」
「武道さん、剣歯虎の肉って――」
「食えたもんやないらしいで」
「あ、じゃあ売却で」
「――」
食えないんじゃあねぇ……オーロラもいらないと言わんばかりに腕で×マークだ。それなら金に換えて美味しい物を買った方が俺たちにとってはいい。が、そこで待ったをかけたのが武道さん。
「待ちぃな待ちぃな。ええか?剣歯虎の牙は立派な剣になるんやで?1つは持っておいても損は無いんちゃうか?」
「あー、名前が剣歯虎だもんなぁ。……ん?そこは2つ勧めるんじゃなくて1つ?」
「1本はウチに売って欲しいからなぁ」
「正直か」
とは言え、武道さんの言うように牙を加工して剣を持っておくのは悪くないかもしれない。武器の選択肢は少しでも多い方がいいだろうしね。何と思いつつ、万能のヤドリギの矢を差し置いて活躍できる日が来るのか疑問ではあるが。
「分かった。じゃあ、お願いしようかな」
「毎度!もいっちょ言うと、毛皮は金持ちが持っとるような絨毯に加工することもできるで?」
「滅茶苦茶いらねぇ!」
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