嫌な予感はしてたんですよ!
「ビックリしたぁ、なんだってこんなに骨が……?」
ずぶ濡れとなったシャツを一旦脱ぎ、雑巾絞りをしながら積み上がった骨の山を足でつつく。一目見た時は人骨なのではと思ったが、そうでもないようだ。というのも、人間の頭蓋骨が見当たらないからだけど。逆にそれ以外……鹿とか猪のような、動物っぽい頭蓋骨が何個か転がっている。
明らかにここを住処にしてる生き物がいるなぁ。幸い、洞窟の主は出払っているようだが、いつ戻ってくるか分からない。というか、俺を連れてきたオーロラは――
「――!」
「オーロラ、それは……!?」
いつの間にか姿が見えなくなっていたオーロラが持ってきたのは、1本のキノコ。だが、俺はそのキノコに見覚えがある。ある意味では因縁のキノコ、マジカルマッシュルームだ。
いやぁ、懐かしい。思えばこれを食ってから全てが始まったんだよな。いつも通り、3人くらいしかいない配信で、天ぷらを食べながら酒を飲みながら駄弁るだけの配信がエルフになっちゃって一気にバズっちゃったんだよな。
いや待て?マジカルマッシュルームってダンジョンの中じゃないと発生しないんじゃなかったか?じゃあここはダンジョンなのか!?慌ててポケットに入れておいたAカードを出してみるが、反応はない。じゃあダンジョンじゃないの……か?そもそもマジカルマッシュルーム自体がマンドラゴラ以上に不思議な存在だから実は外でも生息するキノコだったりするのだろうか。
「よく見つけたなぁ、かなりレアなはずなんだけど」
「――!」
「え?食べたいのか?そうだなぁ……折角魚釣ったんだし一緒にホイル焼きにするか!」
「――♪」
この前武道さんに買ってきてもらったキノコがまだ冷凍庫に結構あるから存分に使おうか。よし、そうと決まれば早速帰って準備しないと。それにマジカルマッシュルームを使うとなれば配信もしないとね。
このまま何もなく帰路につければ最高だったんだけど、それは許されないらしい。滝の奥に影が見えた。影はどんどんと近づき、やがて滝の中から奴が現れた。敵意のある双眸をこちらに向け、苛立ち込めた呻き声をあげる。
本来であれば目の前に現れたこの生物はこの世界には存在しないはずだった。ダンジョンが現れるまでは。虎に近いが虎よりもずんぐりとした体躯にサーベルを彷彿とさせる二本の上顎犬歯。その名を剣歯虎。サーベルタイガーともスミロドンとも呼ばれるモンスターだ。
この洞窟は剣歯虎の住処だったのだろう。そこにいた俺達は奴からしたら餌、もしくは敵だろうか。
「グルルルル……」
「オイオイオイ、見せもんじゃねぇよニャンコちゃん」
ゆっくりと体を奴の方へ向けて腰を落とす。出来ることならシャツを着たいが、その間に飛び掛かられてしまうのは避けたい。
そして何よりもマズいのが、Aカードから武器や防具が取り出せない。ヤドリギの矢があればすぐに終わるんだけど。何でこんな山に剣歯虎がいるんだよ!絶対逃げ出したか逃がした個体だろ!保護者誰だよ!なんて見えない誰かにキレたところで今の状況が好転するわけじゃない。
「オーロラ、アイツ倒せるか?」
「――!」
イケるらしいが、簡単な話ではなさそうだ。見た目通り瞬発力がありそうで、魔法を当てるのは一筋縄ではいかなさそうだ。一瞬、シャツをぐるぐる巻いた腕をわざと剣歯虎に噛ませてその隙にオーロラに魔法を当ててもらおうかと過ったが、あの鋭い牙に貫かれちゃう。いやぁ、いざとなれば腕を犠牲にする覚悟はあるが、最後の手段ということで。
……あ、あったわ武器。でもそれを拾おうとするとやはり襲われてしまう。ともすれば――
「オーロラ、魔法頼む!」
「――!」
意図を察してくれたのか、オーロラは氷弾を生成し、剣歯虎の足元に放つ。剣歯虎は軽々と飛び退き、魔法を撃ったオーロラに飛び掛かる。その速度はオーロラが上方へ回避するよりも速く、剣歯虎は捉えたと確信したことだろう。
勿論、俺がそれを許さないが。床に落ちていたどの動物の物か分からないが、長い骨を掴み思いきり剣歯虎に向けて払う。
「グガァ!?」
余程オーロラにしか目に入っていなかったのか、俺が振るった骨は剣歯虎の横っ面に綺麗にヒット。苦悶の鳴き声を漏らした剣歯虎。そのまま石壁にぶつかるかと思ったが、空中で一回転し華麗に着地。流石はネコ科、身のこなしは抜群だな。
さて、再び睨み合いの状況となった。隙を見せれば飛び掛からんとする剣歯虎。対するは長い骨を持った半裸のエルフ。
何だこの状況、原始時代か?
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