そのファンの名、ネッコシーという
ネッコシー……うん、覚えがあるな。隠しエリアについて聞いたときに隠しエリアに実際に潜ったことがあって力尽くで突破したリスナーだったな。あの時のコメントの雰囲気が「あのネッコシーだ!」てな感じだったので調べたんだった。
確か、ダンジョン実況系の動画を上げている人だったね。単に調べただけで動画自体は見てないんだけど確かにサムネに映っていた顔とさっき遭遇した女性の顔は……一致してるな。うーむ、参考にはあまりならなかったけど、教えてもらった恩もあるし、逃げちゃダメか。っていうか待って?俺結構全力で逃げたのに、声が届くレベルには追い付いて来てたのか!?とりあえず、止まってネッコシーさんとやらが来るまで待つか。
「オーロラ、多分知らない人じゃないから止まるぞ」
「――?」
ホント?と言いたげなオーロラ。実際、追っかけてくるネッコシーが顔そっくりの騙りの可能性も無きにしも非ずだけどな。その時はまた逃げればいいさ。幸い、追って来れるだけで追いつけるわけではないみたいだし。
さて、数秒待つと息切れをしたネッコシーがやって来た。いや、息切れしながらもこのスピードは凄い。ネッコシーは、静止して自分を待っていた俺とオーロラの姿を認識すると、安らかな笑顔を浮かべ――
「ありがとうございます……っ!」
そう言い残し、地面に突っ伏した。アカン、気を失ったぁ!?急いで駆け寄り仰向けにする。何でこんなにいい笑顔で気絶できるんだよ!あーもう、流石にこのまま放置しておくわけには行かない。とりあえず、彼女が起きるまで待つしかないか。
俺はAカードから2枚のタオルを取り出し、1枚は丸めて枕に。もう1枚はオーロラに頼み水魔法で出してもらったキンキンに冷えた水で濡らして絞り、ネッコシーの額に乗せる。
「オーロラ、近くにモンスターはいるか?」
「――!」
うん、いないみたいだな。索敵もしてくれるうちのオーロラ優秀過ぎない?え?労働には対価が必要?いや、もちろん報いるつもりだけれども、喋れない割には難しい言葉を伝えてくるなこの妖精。どこに危険が潜んでいるか分からないダンジョンでは流石に酒はあげられないから、チョコチップクッキーな?
「――♪」
お気に召したようです。俺も一息つくために受付にあった自販機で買った選ばれた緑茶を取り出し喉を潤す。今更だが、俺はスピードだけではなく、スタミナも強化されてるみたいだな。あんな速度で結構な距離を走ったはずなのに息切れすらしていない。ちょっと喉が渇いた程度だ。怪力に超スピード、果ては無尽のスタミナと来たもんだ。何、エルフってこんなに化物なの?まぁ考えても詮無きことか。おっと、ネッコシーが身じろぎし始めたな。そろそろ起きるか?声を掛けてみるか。
「大丈夫か?」
「んぁ……?」
声を掛けながら軽く肩を叩くと間の抜けた声と共にネッコシーが目をぼんやりと開いた。
ポケ―っとした目がふらーっと動き、遂には俺と目が合った。瞬間、その目に光が宿った。
「はぁん!?ジョージさんん!?」
「アッハイ、ジョージです」
うわビックリしたぁ。いや、ネッコシーも驚いたんだろうけども、そのリアクションに俺も釣られて驚いてしまった。なんだ「はぁん!?」て。オーロラも驚いちゃって俺のうなじに隠れてしまった。そこに隠れるのはいいけど、痛いんで肌摘ままないでもらえます?
そちらに気を取られていると、いつの間にかネッコシーは起き上がり正座して此方に向き直っていた。顔真っ赤だけど大丈夫か?
「え、え、え。やっぱり本物のジョージさんなんですね!初めましてネッコシーと申します!!」
「申し訳ない、ネッコシーさんという証拠ってあったりします?」
「そうですよね!これでどうですか?私のチャンネルです!」
ネッコシーはスマホを取り出し何やら操作すると俺に画面を向けて差し出す。その画面に表示されたのは【ネッコシーのダンジョンアタックチャンネル!】のチャンネルページだ。投稿された動画のサムネは俺がネッコシーを調べる時に見たものそのまんまだ。なるほど、確かにこの女性はネッコシーで間違いないみたいだな。
「確かにネッコシーさんみたいですね。初めまして、ジョージの酒飲みチャンネルのジョージです。証拠は……エルフということで。あとオーロラもいるんで」
「はい!配信で見たままのお姿です!オーロラちゃんは驚かせて申し訳ありません!」
「――?」
「オーロラ、この人俺たちの配信見てくれてる人なんだって」
「――」
オーロラ、ネッコシーの奇声のせいで依然として警戒しているのか、「あっそうですか」みたいな塩対応だ。しかし、ネッコシーはそんなオーロラの反応でも嬉しいようで幸せそうな笑顔を浮かべていた。
それにしても、ファンって言ってたなこの子。何というか、ちょっとむず痒いなぁ。
「えっと?ネッコシーさん、ファンって本当ですか?」
「本当です!配信毎回見てます!あっ、敬語じゃなくていいですよ私の方が年下ですし!」
「そう?ありがとう。……で、どこでファンになってくれたんだ?トークとか?料理とか?……エルフだから?」
「顔です!」
「正直だなオイ」
ド直球で言ってきたなこの子。顔がいいことは自分でも分かってるけれども、そこかーっ!いや、ファンって言ってくれたことは嬉しいけどなんかこう……こう!嬉しさとモヤモヤが同時に押し寄せ胸が苦しい。
あぁ、もう話して気を紛らわせよう!
「俺と会った時スマホ取り出そうとしたのはなんで?」
「一緒に写真撮ってもらえたらなぁって……!勿論、許可なくTwitterあげるつもりはなかったです!時々見てニヤニヤしようと思ってました!」
「じゃあ俺がこのダンジョンにいたってことは」
「絶対に言いません!ジョージさんに嫌われたくないですもん!」
おおう、真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。この目は嘘をついていない目だな、信じよう。それに仮に晒したら彼女が叩かれることになるし。有名配信者がそれをしてしまった日には、先日の晒し野郎とは比にならない程の炎上を引き起こすことになるだろうし。
「じゃあ追いかけてきたのは?」
「せめてお話ししたくて……」
「よく追いかけてこれたな?結構スピード出てたと思うんだけど」
「そう!そこです!私、【豪脚】のスキルを持っているんですけどそれでも追いつかないなんて初めてです!」
あぁ、スキルによる効果だったのね。なんて納得してたら、勝手に【豪脚】スキルとやらを説明してくれた。曰く、どんな悪路・環境下であろうと通常よりも素早く移動することが出来るスキルなんだとか。コメントで語っていた台風並みの大雨が降る岩場を正面切って突破できたのもそのスキルのお陰なんだとか。あ、根性も本当なのね。
この山ダンジョンに来たのも、晒されたスーパー球岸の写真の近くのダンジョンを聖地巡礼とばかりに回っていたら俺に遭遇したという訳だ。聖地巡礼って……
「なるほど、教えてくれてありがとうな。えーっと、それで……俺と写真撮りたいの?」
「っ!いいんですか!?」
うわ、凄い食いついてきた。だってほら、ファンって言ってくれたしわざわざ追いかけてきたんだしこのまま追い返すのも少し悪い気がしてきたからね。
「ただし!ネットにはあげないでな!」
「それはもう!スマホごと墓場まで持っていきます!」
「そこまでせんでも」
そういう訳で、俺はネッコシーと写真を撮ることに……あ、ネッコシーがチラチラオーロラを見ている。これはオーロラとも一緒に撮りたいということなのだろう。対するオーロラは少しだけ緩和したが、まだ警戒している。そこで取り出したるは追加のクッキー!オーロラの目の前で振ってみせると……喰いついてきた。ふっチョロいわ。
「オーロラ、一緒に写真に写ってくれたらそのクッキーは君の物だ」
「――!」
よし、サムズアップでオーロラが了承の意を示した!彼女の気が変わらないうちにネッコシーは即座にAカードから自撮り棒を取り出しスマホに装着そしてパシャリと。ポーズが如何せん思いつかなかったのでピースしておいたけど良かっただろうか。あぁ、ネッコシー満足そうだわ。
「ありがとうございます、ありがとうございます!家宝にします!」
「家宝までせんでも」
そこまで喜んでもらえたらな良かったと思うべきだろうか。その異常さに引くべきだろうか、判断に悩むな。
「あの……それでですね?もしよろしければなんですけど……」
「ん?何?」
妙にもじもじし出したな。握手とか?それぐらいなら喜んで――
「コラボとか……」
「あっごめんなさーい」
「――!」
あばよとっつぁん!今コラボは受け付けてねぇんだ!ここまで元気になったんならこのダンジョンは1人でも大丈夫だよね。俺とオーロラさっさと帰路についた。今度こそ、誰にも見つからないように細心の注意を払いながらな!
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