隠しエリアでの出会い
時刻は早朝4時、山ダンジョン受付――今この場所には俺しか存在していない。正確に言えば冒険者が、俺しか存在しないんだけどね。9時とかに来たら他の冒険者との遭遇率上がるからな。その分早朝なら滅多に人は来ないという訳だ。栄えてる街なら別なんだろうけど。
だがしかし、避けられない者もいる。深夜から早朝まで1人ではあるが、職員が受付にいる。そうでもしなきゃ勝手にダンジョンに入る人が出るからね。当然の措置ともいえる。
ここで1つ問題。その出勤している職員が武道さんじゃない。去年辺りから働き始めたうら若き女性職員の友風さんだ。俺も長年この山ダンジョンに通ってるから何回か言葉を交わしたことはあるけれど……エルフになってから初めてだ。武道さんが「職員には周知させとるから心配いらんで」とは言われてるから大丈夫だとは思うが。ええい、男は度胸だ!俺は勇み足で受付へと向かった。
「どうもぉ」
「はいどうも。木原譲二さんですよね?それともジョージと呼んだ方が?」
「ン゛ン゛ッ!」
この女、平然とした顔で配信者としての名前も言いやがった!?平静を保とうとしたのに変な声が出てしまったんだが。
そんな俺を見ると友風さんはそれはそれは楽しそうに微笑む。
「そんな警戒しなくても、騒ぎ立てたりTwitterで暴露なんてしませんよ?そんなことしたら最悪クビになっちゃうじゃないですか、ここ給料いいのに」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど、自分で言うのもなんだけどエルフよ?」
「ですね。もし職員という立場が無ければ一緒に写真を撮りたいくらいです」
あ、この目はガチだ。目がキラキラして体はうずうずそわそわしている。憧れの有名人に会ったかのような反応だ。そっかぁ、俺有名人になったのか……実感わかない。
湧かない実感は置いといて、ポケットからAカードを取り出し、友風さんに手渡す。
「回復薬を5本、毒消し薬3本、爆竹10個ほど入れといてもらえる?」
「はーい、分かりました。珍しいですね?ジョージさん、冒険しないタイプだから滅多に使わないのに。もしかして、配信で言ってた隠しエリア見つけたとか?」
Aカードをカードリーダーにぶっ刺しパソコンを操作しながらそんなことを聞いてくるんだが、聞き捨てならない言葉が出てきたな!?
「配信見てるの!?」
「切っ掛けはエルフ騒動からですけどねー。で、隠しエリアあったんです?」
「いやいや、俺何年も潜ってるのに今更見つかるわけないって!ただふと持っておこうって思っただけ!」
知人に配信のことを直接話されるって小っ恥ずかしいなぁ。とりあえず今は隠しエリアのことは黙っておこうか。どこから漏れるか分からないからね。少なくとも俺があのエリアを調べて問題なかったら話そうかな。
「はい、完了しましたよ。支払いは引き落としで良かったですよね?」
「うん、ありがとう」
返されたAカードを確認し、注文した回復薬以下がちゃんと入っていることを確認。
いざゆかん、隠しエリアに――!
「あっ、行く前にちょっと聞きたいことが!」
「……何?」
むぅ、引き留められた。出来れば早く行きたいんだけれど、ここでゴネて悪い印象を与えるのもなんだから聞きたいこととやらに応えようじゃないか。
「ジョージさん、下着ちゃんとつけてる……よね?和藤先輩から女性用の下着受け取りましたよね?あれ、私が選んだんですよ?」
「あっ」
そう、俺は粒源先生の検査中にいつの間にか外に出ていた武道さんから紙袋を受け取っていたのだ。どこか恥ずかしそうに渡すので不思議に思いながら紙袋の中身を確認すると、女性ものの下着が何種類も入っていた。
流石に武道さんが自ら選んだわけではないと分かってたけど、友風さんが一口噛んでいたのか。あーそう、下着ねぇ……
「付けてる。うん、スポブラは着けてる」
「スポブラは……?下は?」
「あの、その、男の時のパンツで……」
「まぁ?スポブラを着けてるのは褒めます。素晴らしい」
「ど、どうも」
「でも下もちゃんと女性用のにしてください!考えられた構造になってるんですから!」
まるで角が生えたのかと錯覚するほどの剣幕だ。これには俺も首を壊れた人形のように上下に動かくした出来なくなる。でもなぁ、やっぱり抵抗感と言うものがだね?
「イイデスネ?」
「イエスサー!」
「女性の場合はマムでしょうが!」
「イエスマム!」
俺は早朝から何をやっているんだろうか。けれどもこう言っておかなければ彼女は納得しないだろう。
ま!結局下着なんて何着けてもバレないんだから明日もボクサーパンツ履いていよーっと!
「見えないから何着けてもバレないと思ったらアウトですよ?」
テレパシーでも習得してんのかこいつ
・
・
・
「あったあった、俺のトラバサミ」
友風さんの圧力を潜り抜け、山ダンジョンに入場した俺は早速昨日目印代わりに設置したトラバサミの地点まで行き、口が開いたままのトラバサミを回収する。あわよくば獲物が掛かれば……と皮算用したが、そう上手くはいかないよね。
それよりも隠しエリアだ。もしかしたら無くなっているかも……そんな一抹の不安がよぎる。昨日と同じ様に手を伸ばすと――あった。見えないカーテンだ!カーテンを勢いよく捲りそのまま中へと侵入する。いや、何やってんの俺!迂闊過ぎない!?
慌てて辺りを確認するが、そこは昨日と変わらず湖と巨木が佇む草原の空間だった。少なくとも兎サイズ以上のモンスターが隠れられそうなところは見当たらない。強いて言うなら湖の中か、巨木の後ろくらいかな?
「モンスターがいないから当たりととるべきか、実は誰かが入ってモンスターを狩りつくしてお宝的な何かも無くなっている状況か。どっちだ……?」
体を低くし、出来るだけ音を立てないように、抜き足差し足忍び足で草原を歩く。
目指す場所は巨木のところだ。何故だか知らないが、あそこに行かなければいけない、そんな気がするんだ。んん?何でそんな気が?
自分の思考に自分で疑問を持つが、足は止まらない。一歩一歩確実に目的地に近づき、遂には辿り着いた。何の障害もなくその太い幹にタッチしてゴールだ。
……うん、ゴール。巨木の周りを一周してみよう。なんもないね!湖は?魚が泳いでるね!美味し……可愛いね!釣り竿持っておけばよかったなぁ。
え?マジでなんもなし?ただのどかな風景なだけ?そんな隠しエリアあり?
「うっそぉー……俺の気合なんだったのォ……」
大きくため息をついて項垂れる。昨日色々調べてさ、怪我する可能性もあるから回復薬用意したのにさ。モンスターから逃げるように爆竹も買ったのにさ。使う機会が無くて良かったと思うべきか?
なんか左肩にちょんちょんと当たる感覚。木の枝にでもあたった?気にしなくていいや。
「うーん、配信のネタにはなるかなぁ?すっごいpgrのコメントの予感がするんだけど」
またツンツンと左肩に感覚が。んもぉ何ぃ?そう思ったところで違和感に気付いた。あれ?俺の肩くらいの高さに枝なんてあった?
何かと思い、左肩の方に顔を向けると……誰も、モンスターもいないと思っていたこの場所で初めて目が合った。
「――♪」
それは蛍のようなぼんやりとした光を纏った350ml缶くらいの高さで透明の羽が生えた真っ裸の人型。それが俺に向かって笑いかけていた。え?こいつ……妖精?
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