お隣の女優と料理の話

 その日、僕が買い物をした帰り道。


 マンションの前で、水野さんを見つけた。


「今晩は、水野さん」


「あっ、隼人君。今晩は」


 僕の声掛けに気付き、こちらを振り返ると、水野さんは視線を僕の手元に向けた。


「隼人君買い物帰りなんだ。毎日自炊していて偉いね」


「そんな大した事ないですよ」


 そう言いながら僕は今までの経験から、これは水野さんのお腹が鳴る流れだな、とふと思った。


「水野さん、良かったら今日もうちで夕食を食べて行きますか?」


 僕がそう言うと、水野さんは怪訝そうな視線をこちらに向けてきた。


「これまでの事から考えると仕方がないのかもしれないけど、隼人君は私の事を食いしん坊だと思ってない?」


 僕はゆっくりと首を横に振って水野さんの言葉を否定した。


「違いますよ。一人分だろうが、二人分だろうが手間がそんなに変わらないので、もし良かったらと思っただけですよ」


「……そ、そう? それなら、その、ご馳走になろうかな」


 水野さんがそう言った瞬間、水野さんのお腹の音が鳴り響いた。


 僕と目が合うと水野さんは、「あはは……」と、顔を赤く染めながら誤魔化ごまかす様に笑ったのだった。


「前から思ってたけど、隼人君って料理が上手いよね」


 僕の家に来て、手洗いから戻って来た水野さんは、台所で作業をしていた僕の手元を見ると、そう呟いた。


「何回か食べてるじゃないですか。改まってどうしたんです?」


「実は、今日料理番組の収録があったから、私も料理をしたのだけど出演者に弄られまくってね」


 そう話す彼女はとても不機嫌そうな表情を浮かべている。


「それで思ったんだけど、隼人君って毎回料理を作ってくれているよね。普通に受け入れていたけど、男子高校生が料理を作るって中々ないと思うのよね」


「まぁ、一人暮らしですからね」


「……私も一人暮らしなんだけど」


 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 料理の手を止めて慌てて彼女を見やると顔つきが厳しくなっている。


「どうせ、私は毎食インスタントとか外食とかのズボラ女子ですよーだ」


 大人っぽい顔つきの彼女が口を尖らせて子どもっぽい表情をすると、そのギャップが可愛らしく見える。


 見惚れて黙っている僕を見ると「何?」と短く一言。


 このままでは夕食どころではなくなってしまう。

 そう思った僕は、何かフォローをしなければと僕は慌てて口を開いた。


「水野さんは仕事してますからね。僕は時間があるから料理をしているだけですよ」


「本当? 私の事年上のくせしてズボラとか思ってない?」


 どうやら僕が水野さんの事をズボラだと思っていないかを心配しているみたいだ。


「自炊してるしてないでズボラとかないですよ。それに高校生で社会に出ている水野さんはとても凄いと思いますよ。僕には何もないから羨ましいですよ」


 そう言うと彼女はきょとんとこちらを見やる。


「いや、ちょっと変な事を言ってしまいましたね。とにかく、ご飯を食べましょうか」


 慌てて取り繕うと料理の準備を再開させる。

 何を語っているんだととても恥ずかしくなる。


「そんなことないよ」


 先程とは違った優しい声色に思わず彼女の方を見る。


 彼女は優しく微笑んでいて、つい見入ってしまう。


「隼人君は私と自然に接してくれているからそんな風に思ってくれてるとは知らなかった。だからそう言ってくれて凄く嬉しい」


 そう言うと彼女は僕の手を両手包み込んで続ける。


「それにね、隼人君には何もないなんて事はないよ。隼人君が美味しい料理を作って、私の話を聞いてくれる。私は、その優しさが隼人君のすごい良い所だと思うよ」


 彼女が握ってくれている手とその言葉から温かさを感じ心が満たされていく。


「あ、ありがとうございます」


 恥ずかしくなり、彼女の目が見れず手元を見ながらお礼を言う。

 彼女が僕の視線を追って握った手に気付いたのか、大慌てで手を離す。


「湿っぽい話になっちゃったね。お腹空いちゃったなー」


 恥ずかしくなったのか、慌てて言うと椅子の方に戻って行く。


 僕は水野さんが言ってくれた言葉を思い返し、嬉しい気持ちになりながら、夕食の準備を再開させたのだった。

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