お隣の女優と両親の話
水野さんと出会ってから、二日経った日の中夜。
僕が夕食の準備をしているとインターホンが鳴った。
僕は、こんな時間に一体誰が来たのだろうか、と思いながら、料理の手を止めて、テレビドアホンの画面を見ると、そこに映っていたのは、先日あったばかりの水野さんだった。
まさか、来るにしてもこんなにも早く再度訪れて来るとは考えていなかった僕は、急いで玄関に向かうと、扉を開けて水野さんを迎入れた。
「こ、今晩は、水野さん」
「今晩は、隼人君。突然来ちゃってごめんね」
「いえ、それは全然大丈夫ですけど、今日は、どうされたんですか?」
「今日はね、この前、ご飯をご馳走になったから、お礼にお菓子を持って来たの」
突然の来訪に戸惑っていると、水野さんは、「つまらない物ですが……」と言いながら、手に持っていた紙袋を僕に差し出した。
紙袋にはテレビでも度々紹介されている洋菓子店のロゴマークが描かれていた。
「いや、そんな大した事をしていないですから、受け取れませんよ」
「隼人君のご飯が美味しかったし、私の気持ちだから受け取って?」
そこまで、言われてしまっては断る事も失礼だと思い、僕は、「ありがとうございます」と言うと、水野さんから紙袋を受け取った。
すると、水野さんは、「ん?」と呟くと、僕の後ろを
「何か良い匂いがする。もしかして夕食の準備をしてた?」
「ええ、そうですね。匂いがここまでしてきましたか?」
「うん、美味しそうな匂いがしているよ。そっか、料理の最中にごめんね」
水野さんが申し訳なさそうに言った瞬間、彼女のお腹がまるで空腹を知らせるかの様に鳴り響いた。
「…‥良かったら、食べていきますか?」
「……その、うん、食べたいです……」
僕がさりげなく水野さんに声を掛けた。
すると、水野さんは恥ずかしそうにお腹を押さえたまま、顔を赤くしながらそう呟いたのだった。
その後、彼女が手を洗っている間に僕は夕食の準備を再開させたのだった。
「美味しかった〜 やっぱり隼人君は料理が上手だよね」
「そんな事ないですよ。でも、水野さんのお口に合った様で良かったです」
夕食を食べ終えた後、僕と水野さんがまったりとした雰囲気の中、話をしている時だった。
「そう言えば、隼人君、前に来た時も気になっていたのだけど、ご家族の方はお仕事とかで忙しいの?」
「今は一人暮らしなんです。母は僕が小さい頃に事故でなくなってしまって」
「あ、そうなんだ。……ごめん、嫌な事を聞いてしまったね」
僕の言葉に水野さんは申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「いえいえ、そんな気にしないで下さい。父は僕が高校に上がる前までは、この家に居たんですが、僕が進学するタイミングで、仕事をしに海外に行ったんです」
「という事は、隼人君は一人暮らしを始めて一年経ってるんだね。そりゃ、料理が上手な訳だ」
感心した様に呟く水野さんを見て、彼女の家族の事も知りたくなり、僕は口を開いた。
「そう言う水野さんも一人暮らしですよね」
僕が尋ねると、水野さんは渋い表情を浮かべ、「そうだね」と、小さく呟いた。
その表情を見て何か良くない事を言ってしまっただろうか。
僕がそう思っていると、水野さんがゆっくりと口を開いた。
「いや、この前、両親から連絡がきた時の事を思い出してね。仕事が忙しいって事を伝えたら、食事を適当に済ませているんじゃないかとか、どうせ掃除してないだろうとかうるさいく言ってくるの」
「ご家族は水野さんが心配なんですよ」
「気持ちは分かるよ。でも、今の世の中、料理や掃除が出来なくたって生きていけるんだから! それらが出来ないだけでダメな人の扱いは良くないと思わない? それが出来てなくても私は有名な女優になったよ!?」
相当嫌だったのだろう。
彼女は拳を握って強く言い切った。
そういう話を彼女のご両親はしているわけではないと思うが、その事を伝えてとばっちりを受けるのは僕になるだろうと思った。
そう思い、なるべく彼女を刺激しないよう落ち着いた声色を意識して僕は口を開いた。
「そうですね。水野さんは他の人と比べてより忙しいですから仕方ないですよ」
僕の話を聞いて、うんうんと嬉しそうに頷いた。
「そうなの、私は時間があれば出来るから大丈夫! やれば出来るの」
それは出来ない人が言うような台詞にしか聞こえないとは口が裂けても言えない。
僕は「その通りです」とここぞとばかりに彼女を持ち上げ続けたのだった。
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