お隣の女優と出会いの話 二

 部屋に入ると、僕は女性を洗面所に案内した。


 その後、僕は台所に向かい、そこで手を洗った後、料理で使う材料以外の食材を冷蔵庫に入れた。


 そうして、僕は手を動かしながら、あの女性を何処かで見たような気がする、と思った。


 しかし、僕に女性の知り合いはいないし、何処で見たのだろう。


 そう考えていると、女性が静かにリビングに入って来た。


 僕は意識を目の前の女性に向けると、「すぐにご飯を作るので、椅子に座って待っていて下さい」と、声を掛けた。


「ありがとう」


 そう言って、女性が座った事を確認して、僕は料理に取り掛かった。


 女性の口調から敬語がなくなっている事に気がついた僕は、室内に入った事で少しは安心してくれたのだと思って嬉しく感じた。


 そうして手を動かしていると、僕はある事に気が付いた。


 そういえば、自己紹介をしていない。


 最近はご近所付き合い減っているという話をよく耳にするが、その例に漏れず、僕も隣の部屋にどんな人が住んでいるのかすら、分からない状態だった。


 互いに名前を知らないのも良くはないだろう。


 そう思った僕は、「あの、自己紹介がまだでしたね。僕は佐々木隼人と言います。よろしくお願いします」と、目の前の女性に告げた。


 僕の言葉に女性は、「こちらこそよろしくお願いします」と言って、お辞儀をした。


 すると、女性は口をもごつかせ始めた。


 てっきり女性の名前を聞く流れだと思っていた僕はその反応を見て、一体どうしたのだろう、と不思議に思った。


「えーと、その、水野風花です」


 その名前を聞いて、何処かで聞いた事があるぞ、と自分の記憶を探った瞬間に、ふと思い出した。


 そして、僕は驚いた。


「あの、も、もしかして、女優の?」


 僕の言葉に水野さんは、「やっぱり、気が付いていなかったか」と言いながら、苦笑いをした。


 何処かで見た事があるな、と思ってはいたが、まさかそれが女優だとは考えもしなかった。


 まさかの人物との遭遇に僕は戸惑いを隠せるはずもなく、「いや、えっと、まぁ」と、曖昧な言葉を返す事が精一杯だった。


 水野さんは笑みを浮かべると、「さっき声を掛けてくれた時と態度が全然違うよ? 緊張しすぎ」と、僕の事を揶揄からかう様な口調で言った。


 水野さんはそう言うが、テレビに出ている人が目の前に居たら流石に緊張するだろう。


 僕がそう思っていると、水野さんは、「そう言えば」と言って、僕の手元を指差した。


「さっきから手が止まってるけど、大丈夫?」


 指差した先を見ると、確かに水野さんが指摘した通りで、料理が先程からまったく進んでいない。


「あっ、すみません。今すぐ作るので待っていて下さい」


 僕はそう言うと慌てて、料理を再開させた。


 急いで準備を進めている僕を見ながら、水野さんは、「隼人君は面白くて可愛いね」と、微笑みながら呟いた。


 その言葉を聞いて、恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じた僕は、誤魔化すためにより一層手を早く動かして、聞こえていないフリをするのだった。

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