お隣の女優と出会いの話 一

 四月の初旬。


 その日、スーパーで買い物をして遅くなった僕は早く帰って料理をしようと思いながら、自宅のマンションのエレベーターに乗って二階に上がった。


 そして、自分の部屋の鍵を取り出しながらエレベーターから出て、何か気配を感じた僕は、顔を上げて思わず足を止めた。


 僕の部屋の一つ隣の部屋の前で私服姿の女性がこちらに背中を見せてしゃがみ込んでいた。


 体調でも悪いのだろうか。


 そう思った僕は急いでその女性の元に行くと、「あの、大丈夫ですか?」と、声を掛けた。


 その女性は僕の声にビクッと身体を震わせると、恐る恐るといった様子でこちらを見上げた。


「ああ、すみません。ここの部屋に住んでいる者なのですが、その、部屋の鍵が見つからなくて……」


 確かに、女性の目の前には鞄が置いてあった。


 どうやら体調不良ではない様だ。

 取り敢えず、その事については安心する事が出来たが、部屋に入る事が出来ないのでは不安を感じる事だろう。


 そう思った僕は、「良かったら、鍵を探すのを手伝いましょうか?」と、声を掛けた。


 すると、その女性は慌てた様子で両手を左右に振った。


「そんな迷惑を掛けられないですよ。もしかしたら職場かもしれないと思って、さっき連絡を入れたので大丈夫ですよ」


 すると、そのタイミングで彼女が手に持っていたスマートフォンから音が鳴って、メッセージの着信を知らせた。


「職場からかも」


 女性はそう言うと、手元のスマートフォンを操作し始めた。


 しばらく、彼女の様子を見守っていると、「良かった」と、呟き、息を吐くとスマートフォンから顔を上げ、僕の方を見た。


「職場の方に鍵があったみたいで、今から届けに来てくれるそうです。お騒がせしてすみません」


 鍵が見つかって良かった。

 しかし、これから待つとなると、どれくらい時間が掛かるのだろうか。


 もう辺りは暗く、四月とは言え、大分肌寒い。

 待つ時間によっては、風邪を引いてしまう可能性があるだろう。


 そう思い、心配になった僕は、「それは良かったです。鍵はどれくらいで届きそうですか?」と、目の前の女性に尋ねた。


 僕の問い掛けに、その女性は再度スマートフォンに目を向けると、「最低でも一時間、もしかしたら、もう少し時間が伸びてしまうそうです」と、不安そうな顔で呟いた。


 そんな長い時間、ここに立っていたら風邪を引いてしまうだろう。


 ファミレスの様な時間を潰せる店もあるにはあるが、少し距離が離れているし、女性が夜道を一人で歩く事に僕は不安を感じた。


「あの、外も寒いし暗いので、もし良かったら、僕の部屋で待ちますか?」


「いえ、そんな、ご迷惑をお掛けする訳にはいきません!」


 僕の提案に女性はそう言って首を横に振った。


 その瞬間、女性の可愛いらしいくしゃみと空腹を知らせるお腹の音が鳴り響いた。


 その様子を見て、僕は買い物袋を持ち上げて、「温かい物も作れますよ」と、女性に告げた。


 その僕の言葉に恥ずかしそうに顔を赤くした女性は、「あの、その、お邪魔します……」と、呟いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣に住んでいる女優がよくグチを言いにくる [改訂版] 宮田弘直 @JAKB

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ