起床③

早朝、視界は霞み、音はぼやけ、あらゆる情報が雑多な何かでしかない中、鳥の鳴き声がやけにはっきりと聞こえていた。


ゆっくりと、雑多な何かが明確な何かに変わっていき、少し甘い匂いを感じて、


また、ぱっと目が覚めた。


小さな白い花が視界いっぱいに広がっている。

アルとぱーちゃんの寝息が左の方から聞こえる。



昨日、二人に連れてこられた場所に、今日も、自分が座っていることに気が付いた。


(もしかして、これから毎日ここで目が覚めることになるのか?)

当の本人たちは、二人寄り添って仲良く寝ている。


今日も曇り。空を覆う雲たちは茜色に染まり、昼間の雲よりも影が強調されているように見えた。


(二度目だ。)


自然の花畑と朝焼けの空を眺めながら、昨日の出来事を思い返す。

起きて、朝食、移動して、実験、いろいろ試して、帰って、遊んで、就寝・・・・


(あれ?)


思い返している最中、ふと、何かに引っかかった。


引っかかった。

そう、確実に、何かに引っかかった。


(ん?何に?)

(あれ、今、何かを疑問に、いや、何かに違和感を・・・いや、ん?何について考えていたんだっけ?)


思い出せない。


思い出せないのなら、思い出せない程度の事だろう。と、思えないほどに、思い出せない「何か」は、大事な何かであるような、そんな気がした。


あと少し考えれば思い出せそうな気がする。そのような感覚が、永遠と続く。

目印がない、真っ暗闇な記憶の海。そこで、姿かたちも分からない何かを探す。



「りっくん・・・・りっくん?・・・聞いてる?・・・まだ寝てるの?」


「んあ?」

アルによる不意の問いに、間抜けな声で答えると同時に目を開く。

考え込むうちに長時間目を閉じていたのか、日光が染みて目を細めた。


いつの間にやら朝焼けは終わっていて、白とグレーのシンプルな曇が空を覆っていた。


「そろそろ戻ろう」

「え、ああ、そうだね」



家に戻り、朝食まで三人で遊んで時間を潰し、お母さんの呼びかけで集まり、家族五人で朝食を食べる。


その間も、思考の隅で何かがずっと引っかかっていた。

肉の固い繊維が奥歯に挟まっているかのような、多少の不快感を伴った違和感。


いくら考えれども、その違和感の正体は掴めない。しかし、それを考え続けるわけにもいかず、一昨日から決まっていた今日の予定「あれの発表」のため、そーちゃんの家に三人で向かう。



―――



(今朝、俺は何に引っかかったんだろう?)

(確か、景色を眺めながら昨日の出来事を思い返していた時、ふと何かに違和感を持ったんだ。)


(ということは、違和感を持った「何か」は、昨日の出来事のどれかなのか?)


選択肢を絞るための推測は、合っているような気もするし、合っていないような気もした。


(「何か」はここまで時間を使って思い出すほど大事な事だったのか?)


大事だったような気も、大事ではなかったような気もする。

「何か」が何についての事柄だったのかすら思い出せないから、諦めるという選択肢も安易に選べない。何より、このまま放置するのは気持ちが悪かった。


思い出すという行為は一切進まないのに、不快感だけは増していく。


(なんだ?なんだ?本当に何なんだ?)



「おーい、りっくん!・・・りっくん?」


「んあ?」

そーちゃんによる不意の問いに、間抜けな声で答えると同時に目を開く。


「どうしたの?ぼーっとしちゃって」

「ああ、いや、なんでもないよ」

「そう?」


記憶の海に耽る、もしくはぼーっとする前まで、自分が何をしていたのかを、そーちゃんとの問答の後ようやく思い出した。


「そうだ、発表の準備か。どこまで進んだんだっけ?」

俺の質問に対して、そーちゃんはわざとらしく眉をひそめる。


「全部終わったよ。りっくんがぼーっとしてる間にね」

非を責めるその声色は何処か楽しげで、本当に責めているわけではない事が分かる。

「ごめんごめん」


「ほらほら、あっち行こう?みんな待ってるんだから!」

普段はしないような程の笑顔でそう言うそーちゃんは、あからさまにハイテンションだ。


軽い足取りで歩きだすそーちゃんを、小走りで追いかける。

(皆の前で発表するのが楽しみなのか?意外だな。)


普段の言動から、そーちゃんは内気で恥ずかしがり屋だと思い込んでいた。

発表の際、そーちゃんが人目を気にしてうまくできなかったらどどう対処しようか。などとすら考えていた。



だから、そーちゃんを追いかけた先に居た人数に、俺はひどく驚いた。



集合場所である村のはずれの広場に、百人以上の村人たちが集まっていたのだ。

老若男女が広場に集まって、大人たちはそれぞれで談笑し、子供たちはかけっこか何かで遊んでいる。


喧噪。それぞれの声は小さくとも、百人以上が一斉に行うそれは、騒音と言ってもいい。

その騒音が、そこにいる人数の多さを肌で感じさせた。


その集団に向かうそーちゃんを、俺は思わず引き留めた。

「ちょ、ちょっとまってそーちゃん」

「ん、なに?」


「あそこにいるのってもしかして・・・全員?」

「うん」


「え!?村の人達全員!?」

「そうだよ?全員だって」


「俺はてっきり、興味のある人が多くて十数人来る程度かと・・・」

「そうだったの?よかったね。みんな来てくれたよ!」


「え?あぁ、まぁ・・・うん。いや、え、えぇ?」


俺が想定との乖離に驚いている間に、そーちゃんは広場に集まる人々の前まで一切の躊躇なく歩いて行ってしまった。


そして、


「みんな!!」


と、今まで聞いたこともないような大声で、百人余りから繰り出される騒音にも負けない声量で呼び掛けた。

その一声で場が水を打ったように静まり返り、百人余りの視線がそーちゃん一人に向けられる。


傍から見るだけでも少しドキッとしてしまうよな状況で、そーちゃんは元気に、


「出発するよー!」


と、言いおおせた。


一声で静まり返った場は、一声でその熱を取り戻す。

「おー!」やら「行くぞー!」などと各々が自由に声を上げ、そーちゃんの先導に従って歩き出した。


俺は、呆然とするほかなかった。



―――



朝から続く変化のない曇り空の元、昨日は五人で歩いた平原の道なき道を、今日は百人余りで練り歩く。


生活スペースが離れているから普段顔を見ない人や、今日初めて見る人もいる。


(本当に、村の全員が集まっているんだ。)


練り歩くと言っても、集団はしっかりと列をなしているわけではなく、遊び好きな子供達が辺りを走り回っているし、集団から離れすぎないようにそれを近くで見張る大人もいる。

ほほえましい子供たちを眺めながら談笑したり、全く別の話題に花を咲かせる集団もいる。


単なる移動でも、百人もいれば過ごし方は様々だ。

けれど、全員が共通してこの時間を楽しんでいる事は確かだった。



多分、これは祭りだ。

皆が集まったのは、この祭りのような時間を楽しむためであって、俺とそーちゃんの発表はきっかけに過ぎなかったんだ。


(そりゃそうだ。俺とそーちゃんの発表なのに、会ったこともない人も含めた全員が来るだなんておかしいと思ったんだ。)


「りっくん!」


「ん、なに?」


「みんな楽しそうだね!」

「ああ、そうだね」


「発表やろうとしてよかったね!」

「そうだね」


祭りの雰囲気にあてられてか、そーちゃんは非常に楽しそうだ。


俺とそーちゃんは、集団の先頭を歩いている。

最初は抵抗があったが、祭りの前の方を歩いているだけだと思えばそれも軽減された。


「みんな驚いてくれるかな?」

「絶対驚くよ」


俺が答えると、そーちゃんは顔をほころばせて笑った。


「意外だな」


「ん、なになに?なにが?」


「なんというか、そーちゃんはこういう発表とか、大勢にみられるのを恥ずかしいと思うタイプだと思ってたから、凄く乗り気で意外だなって」

「え、そういう風に見えた?」


「いやほら、静かに本を読んだりするのが好きだし、そうかなって」

「確かに、僕は本を読んだりするのが好きだし、少人数で静かに遊んだりするのが好きだけど、それは大勢で居るのが嫌ってわけじゃないんだよ」


「そうだったんだ」

「うん!嫌どころかすごく楽しみだよ!」


「それならよかった」



少数で居るのは好きだけど、大勢が嫌というわけではない。むしろ好き。

そーちゃんの意外な一面だ。


いや、一面というのは少し違うのかもしれない。

そーちゃんはそれを隠そうとしていたわけじゃないし、今回特別見せたわけじゃない。

そーちゃんは常にそーちゃんだったはずなんだ。



―――



「大丈夫?」

だだっ広い平原と、それをすっぽりと覆う曇り空の下、素っ裸で縮こまるそーちゃんに対して、昨日と同じように問いかける。


「大丈夫じゃないよ・・・」


発表を見に来た人達には事前に500m程度離れてもらっているので、今この場にいるのは俺とそーちゃんだけだ。


「大勢に注目されるのはいいのに、俺一人に裸を見られるのは恥ずかしいんだ」

「裸はまた別の話でしょ!?」


「俺だったら注目される方が恥ずかしいけどなぁ」

「えー?絶対裸の方が恥ずかしいよ・・・って、そんなの良いから早く始めてよ!」


「分かった分かった」



通算8回目ともなれば、一連の動作も随分と慣れてきた。

長い木の枝を振って実験の開始を伝え、右腕を光らせながらそーちゃんの真横で伏せる。


耳を澄ませると、とりわけ声のでかい大人の声が、誰の物かもわからない程度にうっすらと聞こえた。

多分これは「がんばれー」と言っている。


「今回も真上に、空に向けてね」

「うん」


そーちゃんの左手を握り、後は俺が実行するだけ。


実行した直後に来るであろう衝撃への怯えは無くなり始めていた。爆心地のすぐ横にいる事にも慣れてしまったんだ。


そーちゃんと俺との境界線である右手に意識を向けて、そこに在る魔力を動かそうとする。

何度もやったように皮膚のような膜に向けて魔力で体当たりをすると、案の定、何度目かで魔力はスッと膜があった部分を通過し、そーちゃんの体に入り込んだ。



(来る!)



圧力、光、音、とにかく膨大なエネルギーが、四方八方にばら撒かれ、そのほんの一端を受ける。

間違いなく、何をとってもこれ以上のエネルギーを受けたことなどない。


けれど8度目だから知っている。俺はこれで怪我なんてせず、皮膚が少しヒリヒリする程度で済むのだ。


収まったので立ち上がる。皮膚がヒリヒリとした。視界も少し変だ。耳鳴りもする。

やはりそれだけだ。


「ふー、できたねー」

そう言いながら振り向くと、そこには既に服を着終わったそーちゃんがいた。

収まってから服を着るまでがどんどん早くなってきている。


「うん!それじゃ、みんなの所に戻ろうか」

「戻ろう戻ろう」


二人並んで、だだっ広い平原を歩き出す。


「みんな驚いてるかな?」

「絶対驚いてるよ」


「褒められるかな?」

「褒めてほしいの?」


「え、まあ、褒められたい・・・かな?」

「そーちゃんはすごいと思うよ。賢いし、新しい遊びとか考えられて、ホントにすごいよ」


「ちょ、ちょ、やっぱなし!恥ずかしいから褒められるのはなしで!」

「注目は良くてこれは駄目なんだ。よく分からないな」


「褒められるのはやっぱり――――ん?」

言葉と同じように、歩みを中途半端な所でそーちゃんは止めた。


「どうしたの?」


そーちゃんは、近づいたことで少し大きくなった百人余りの集団を指差した。

「ほら、みんなを見てみて」


よく目を凝らして集団を見てみると、皆一様に首を大きく曲げて空を仰いでいるようだった。


「何を見てるんだ?」


二人で皆と同じように空を仰いですぐ、皆が何を見ているのかが分かった。


穴だ。


曇り空に穴が開いていた。

このだだっ広い平原をすべて覆い尽くしてしまう程の曇り空に、一か所だけ、俺たちのちょうど真上くらいに、すっぽりと穴が開いていた。

穴からは、その奥にあるこの空唯一の青空が顔を覗かせていた。


ハッとしてそーちゃんの方を向くと、そーちゃんも同じようにハッと俺の方を向いたので、向かい合う形になった。

何も言わずとも、目を合わせれば分かった。どうやら俺とそーちゃんは今同じことを考えているらしい。


今思っていることを、同時に言い合おうと目配せで伝えあった。



「綺麗だね!」「空まで減衰しき――――あ、え?」


違った。


「え、あれ、違った?僕は普通に綺麗だなって思ったんだけど・・・」

「大丈夫大丈夫!俺もちゃんと綺麗だと思ったし!でもやっぱり、爆発の指向性を持った部分が雲へ如実に影響を及ぼすほど減衰しきらずに届くんだなーって驚いたって言うか、まぁそんな感じ・・・」


「ああ、そっか」

「うん、そう」


「戻ろっか」



―――



皆の元に戻ると、まず拍手で迎えられた。

少しギョっとした。


そして「すごかった!」「迫力満点!」「綺麗だった!」とか、そんな褒め言葉を皆口々に言った。

そーちゃんは恥ずかしそうにも嬉しそうにもしていた。


だだっ広い平原のど真ん中で特に皆することもないので、帰ることになった。

行きでは俺とそーちゃんが先頭を歩いていたが、その必要もなくなったので、俺、そーちゃん、アル、ぱーちゃんの四人で、ぱーちゃんに振り回されてあちこちを走り回りながら帰った。


現在、村に帰った俺とそーちゃんは、大きな岩を背にして座り込み、アルとぱーちゃんが二人で遊んでいるのを眺めていた。


「発表、終わったね」

「うん。楽しかった」


「雲に穴が開いた件なんだけどさ」

「綺麗だったね」


「ああ、綺麗は綺麗だったんだけど、アレ雲まで届くものなんだね」

「そうみたいだね」


「圧縮された空気が雲を押しのけたから穴が開いたんだろうけど、空気は何処まで飛んでいったんだろう」

「さあ」


「魔物に向けて爆発させた時、魔物の胴体がどこかに消し飛んでたよね」

「そうだね」


「あれは何処まで飛んでいったんだろう」

「宇宙、とか?」


「可能性はあるよなぁ」

「絶対に人に向けちゃダメだね」


「あの穴ってさ」

「うん」


「昨日も出来てたのかな」

「分かんない。そもそも昨日って曇ってたっけ?」


「覚えてない・・・」

「観察が足りてなかったね」


「うん・・・」


俺が少し落ち込んでいると、ぱーちゃんが突然全体重を乗せてタックルをしてきた。

数日に一回程度ある事なので特に驚きもしないが、いつも本当に唐突だ。


「ちょっ、ぱーちゃんどうしたの?」

「空の穴!」


「空の穴がどうしたの?」

「昨日も空いてたよ!」


「え!」「ほんとに!?」


「本当だよ。俺も見たもん」

俺からぱーちゃんを剝がしに来たアルが代わりに答えた。


「えー!?何でそれを俺たちに教えてくれなかったの?」


「難しい話してるからあっちで遊んでようって、お兄ちゃんが止めたんだもの」

アルに抱きかかえられたぱーちゃんが答えた。


「そうだったんだ・・・」

「全然気が付かなかった・・・」


「なんだかなぁ」

「なんだかねぇ」


空の変化にも気が付けない自分の観察眼を突きつけられて、何とも言えない気持ちになると同時に、自分の視界に靄がかかったような気がした。


どうにも、今この瞬間にも、すごく大きな変化や違和感に気が付いていないんじゃなかろうかと、そう疑わずにはいられなかった。


「そういえば、魔法を見せた時の皆の反応、なんだか学芸会に参加する保護者みたいじゃなかった?」

「学芸会やったことないからよくわかんないけど・・・不満だったの?」


「不満って程じゃないけど、ちょっと違和感があったから。ほら、だってあの大爆発は、傍にいるだけなら大したこと無いけど、指向性を持った部分はお父さんをボコした魔物すら消し飛ばしてしまう程の威力なんだよ?ビビッてほしかったわけじゃないけど、想像してた反応と大分違ったからさ」


「ああ、まあ、言われてみれば確かにそうなのかな」


「危機感が薄いって言うか、恐れをみんな知らないって言うか・・・そういえば、お父さんをボコした魔物が出た時も、村の誰も恐れてる様子が一切なかったし、アルもぱーちゃんも何てことないような感じで遊んでたな」


「りっくんだって遊んでたじゃん」

「いやまあ、それは・・・そうなんだけどさ」


「急にどうしたの?りっくん」

「なんだかなぁ・・・・朝から、なんかこう、ずっと引っかかってるんだよね」


「何に?」

「何なのかなぁ」


「分からないんだ」

「うん、分からない何かにずっと引っかかってるんだよ。だから今、こうして思いついたちょっとした違和感とかを言ってる」


「そっか」

「そう」


「・・・・・」

「・・・・・」


ただ呆然と、アルとぱーちゃんの遊んでいる姿を眺めていると、ぱーちゃんが唐突にこちらに走り出し、跳びかかってきた。

「またか!」と思ったのも束の間、ぱーちゃんの体は俺たちの上空を通り過ぎ、俺たちがずっと背にしていた大きな岩に着地した。


「大丈夫?落ちたら危ないよー!」

というアルの心配に、

「お兄ちゃんもおいでよ!」

と返していた。


「ん・・・・?」


「どうしたの?りっくん」


「あれ、いや、ん・・・?」

「どうしたのって」


「ねえ、そーちゃん」

「なに?」


「ここって平野部で、近くに森と平原くらいしかないよね」

「ん、そうだね」


「じゃあ・・・この岩・・・なに?」

そう言って、立ち上がりながら今まで背にしていた大きな岩を振り返る。


高さ8m、横幅9m程度のその大きな岩は、改めてはっきりと見れば、明らかに異様な物だった。

これがそこらに岩が転がる岩石地帯にあったのなら、特に気にすることもなかっただろう。

けれどここは村ができるような平野で、少し走らなければ山には辿り着かない。

明らかに人為的に運んできたとしか思えないが、それにしてはこの岩はとても無造作に置かれている。


「え、あれ?りっくん知らなかったっけ?」

そーちゃんは知っていて当然といった風に言う。


「俺が知らないって、何を?」


「ああ、ごめんごめん、前に教え忘れてたかな」

「どれを?」


「その岩は暦だよ」

「こよみ?」


「うん。この岩以外にも、村には沢山岩が置いてあるんだよ。その大きな岩は1000年単位の岩だね」

「え?」


「他にも100年単位の岩と、10年単位の岩と、1年単位の岩と、あと1日単位の岩があって、単位が大きいほど大きな岩になっていくんだよ」

「ええ!?」


「今は1000年の岩が3つで、ちょうど3000年だね。あ、だから今村には大きな岩が三つしかないのか。前までは沢山あったんだよ?」

「そうだったの・・・・?」


「うん」

「今の今まで知らなかった・・・」


「今日は何日かな。確認しに行く?」

「もちろん行こう!」


「ぱーちゃん、アル!りっくんと一緒に日付確認してくるね!」

「分かった!」「いってらっしゃーい!」



そーちゃんの案内について行くと、村での一般的な家に辿り着いた。

家の中には、12個の壺が均等に並べ置かれている。


「左から順番に1月の壺、2月の壺って感じで・・・まあ、見れば大体わかるよね?」

「ああ、うん。大体わかる」


「えーっと、6月の壺がいっぱいだから、7月の壺の中身がーーー」

そーちゃんは、左から7番目の壺の中にある石を一つ一つ取り出して数え始めた。


俺はその光景を後方から眺めていると、ふと、小さな違和感を感じた。

小さな違和感は急速に大きく、強くなり、すぐに頭の中の大半をその違和感が支配した。

その強烈な違和感は、明らかに只事ではないような気がした。


(なんだ?なんだこの感じ・・・この光景が何か、変な、いや、俺はこの光景を以前にも・・・・)


「あ!」

壺の中の石を数えている最中のそーちゃんが、突然大きな声をあげた。


「ど、どうしたの?」

俺は恐る恐る聞いた。


「前にも教えたよ!絶対に!今、はっきりと思い出した!」

「え?」


「絶対に、絶対に教えたよ!ほら、本を初めてりっくんに見せたあの日!」


「あ・・・・・・・・そうか」


すっぽりと、強烈な違和感によって開いていた穴が、綺麗にはまったような気がした。


「思い出した?」

「何で忘れたんだろう」


「あの日は確か、5月の壺がいっぱいで、6月の壺の中身を数えてたんだよ!そうだそうだよ!」

「ああ、そうだ。そうだった」


「僕もすっかり忘れてたよ!」



そーちゃんは思い出せて嬉しいのか、とても興奮していた。

その興奮とは対照的に、俺はずっと何かを喪失したような気持ちになっていた。


今まで気にせずにいられたのに、一つの穴が埋まった途端、他の部分も、穴ぼこであることに初めて気が付けたような、そんな気がした。


ハッと、いつの日か、自分の人生に対して抱いた感想を思い出した。


(俺の人生はまさに夢のようだ。)

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魔法的概念の介入により物理法則が大きく異なる世界の話 @stargazy

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