起床③

早朝、視界は霞み、音はぼやけ、あらゆる情報が雑多な何かでしかない中、鳥の鳴き声がやけにはっきりと聞こえていた。


ゆっくりと、雑多な何かが明確な何かに変わっていき、少し甘い匂いを感じて、


ぱっと目が覚めた。


小さな白い花が視界いっぱいに広がっている。

アルとぱーちゃんの寝息が左の方から聞こえる。



昨日、アルから相談を受けた場所に、今、自分が座っていることに気が付いた。


(そうだ、思い出した。今朝、二人に無理やり起こされて、ここまで強引に連れて来られたんだ。)

当の本人たちは、二人寄り添って仲良く寝ている。


今は曇り。空を覆う雲たちは茜色に染まっている。朝焼けだ。


(朝焼けは初めて見た。)


自然の花畑と朝焼けの空を眺めていて、自然と頭に浮かんだのは昨日の一連の出来事だった。


朝はひたすらぱーちゃんの突飛な行動に振り回され、昼はお父さんを負かした魔物の死骸をいじって、夜はアルから例の相談を受けた。


合間にもいろいろなことがあった。


ぱーちゃんを探す時に起きた謎の跳躍。

魔物の死骸から見つけたガラス玉のような黄色い石。

魔物と遭遇した所の傍にある巨大な洞窟。


昨日は指遊びが盛り上がり、そーちゃんにこれらの出来事を一つも伝えられなかった。


(例の実験の前に話すとするかな。)


暫くの間、特に何も考えず朝の景色を眺めていると、


「りっくん起きてたんだ。おはよう」


と、いつの間にか起きていたアルが言う。

その声に反応したのか、ぱーちゃんが体をむくりと起こし、目を閉じたままとても眠そうな声で「おはよう」と言った後、アルに体を預けて再び寝てしまった。


「おはよう」

ぱーちゃんの一連の動きを見届けた後、俺はようやくアルに挨拶を返した。


「ここ、すごくいい場所でしょ?」

「ああ、そうだね。良い眺めだし、良い匂いもするし、なんだか落ち着く」

「でしょ」


「・・・・」

「・・・・」


「俺とぱーちゃんは毎朝、みんなより早く起きてここに居たんだ。二人の秘密だったんだけどね」

「じゃあ、今日はどうして?」

「ぱーちゃんが、三人の方が良いって言ったんだ。だからしょうがない」


「そっか。ぱーちゃんが言うならしょうがない、か」



―――



いつものように、朝食を済ませてから皆でそーちゃんの家に向かって、

いつものように、ぱーちゃんとアルが遊んでいる間にそーちゃんと話し込もう。


昨日出来なかった話をしよう。本も読んで、科学の話なんかもして、その後実験をしよう。


そんな俺が思い描いていた予定は、ぱーちゃんの「早く魔法見たい!」という一言により霧散した。



俺、そーちゃん、ぱーちゃん、アル、そーちゃんのお父さんを含めた計5人で、平原の道なき道を歩く。

行き先は、前回あれを実験した場所。


本当に何でもない平原なのに、ぱーちゃんはあっちへこっちへと走り回り、取ってきた虫や植物を「みてみて!」と見せつけてくる。

アルは当然ぱーちゃんの傍にいて、そーちゃんは二人に連れ去られた。


俺も連れ去られそうになったが、目的地に向かう本隊を、目的地の位置を知らないそーちゃんのお父さん一人にするわけにもいかず、今は二人並んで歩いている。


会話はない。

時々駆け寄ってくるぱーちゃんの話を聞いて、あとは三人が遊ぶ姿を眺めながら歩く。


気まずいという程でもないが、何か話を振った方が良いような感じもする微妙な空気。


(何か話題あったかな・・・聞いておきたい事があったような無かったような気がする。)


(あっ)

「あっ」

今までずっと忘れていたことを急に思い出し、感嘆詞がつい口にも出てしまった。


「ん、どうしたんだい?」と、そーちゃんのお父さんは当然の質問をする。


思い出し、質問までされれば有耶無耶にすることも出来ず、初対面にすべきだった質問を、今ようやくすることになる。

「あの、今更なんですけど、そーちゃんのお父さんって・・・なんて名前ですか?」


隣を歩いている名前不詳の男は歩みを止め、少し目を見開いて「え?」と言って数秒フリーズしてしまった。


(いくら何でも失礼すぎたか?傷付いちゃったかな。)


「キヨ・・・私の名前はキヨだよ」

「キヨ、ですか・・・」


「まあしかし、今後も私のことは『そーちゃんのお父さん』と呼んでもらって構わないよ」

そーちゃんのお父さんは、そう言いながら歩みを再開する。

「はい、わかりました」


それ以降、道中二人きりの会話は無かったが、気まずさは一切感じなかった。

本当になんとなく、根拠はないのだが、そーちゃんのお父さんの機嫌が良くなった気がした。



―――



到着したのは、見渡す限り平原が広がり、周囲に木も無く、地形の隆起も少ない平坦な場所。

あれは周りへの影響がとにかくでかいから、壊れる物が周囲にあると、おちおち実験もできない。


「大丈夫?」

非常に見晴らしのいい平原にて、素っ裸で縮こまるそーちゃんに対して問いかける。


「大丈夫じゃないよ・・・これ、本当に裸じゃなきゃダメかな?」

そーちゃんは、道中で何度もした答えが分かり切っている質問を、もう一度する。


「そーちゃんの体から爆風みたいなのが発生してるみたいだから、やっぱりね。どっちみちあれをやったら服が弾け飛んじゃうんだし、着てても服が無駄になるだけだよ」

道中と変わらない答えを返す。


そーちゃんはより一層縮こまり「うぅ・・・」と嘆いた。


俺はそれを諦めと受け取り、いち早くそーちゃんに服を着せてやるため、実験を始めることにした。



まず、事前に500m程度離れておいてもらった三人に対して、長い木の枝を振ることで実験の開始を知らせる。

米粒ほどの人影が、両手を振って飛び跳ねているのを確認する。よく見えないがぱーちゃんだろう。


次に、右腕を光らせて、縮こまるそーちゃんよりもさらに姿勢を低くする。

野原に伏せているため、湿った土と青草のにおいがした。


「そーちゃん、一回目の実験は真上、空に向けてだよ」

「うん、分かってる」


最終確認を取り、そーちゃんの左手を握ったら、あともう俺が実行するだけだ。


実行した次の瞬間には来るであろう衝撃に少しだけ怯えつつ、目を閉じて意識を右手に向ける。


体の中で循環している霧のような物。当初はイメージ上の存在でしかなかったが、意識を向けるとそこに実在を感じ、動かしたり集めたりできるようになった。

本では魔力やらマナなどと呼ばれているそれを、手を繋いで肌で地続きになっているそーちゃんの体に移動させようとする。


しかし、それは皮膚のような膜に遮られた。

膜を突破しようと、体当たりをするかのように魔力を何度もぶつける。

ドンッドンッといった音が鳴るわけではないが、膜に対して魔力が強く衝突している事が感覚として分かった。

十数度目の体当たり。それは、前回まで一定の位置に在ったはずの膜には衝突しなかった。俺の魔力は何にも阻まれることなく直進し、そのままそーちゃんの体にスッと入り込んだ。



次の瞬間、



視界が白一色に染まり、衝撃波が全身を打ち、爆音が鼓膜を揺らし、豪風が体を押してきた。

爆発だ。


爆心地から遠ざかるように発生する豪風により、地面に跡を残しながら体がじりじりと押しのけられる。

つい先瞬までそーちゃんの手を握っていた右腕は、いつの間にやら地に伏せていた。


だが、そんな状況も長くは続かず、爆音も豪風も次第に弱まり、余韻のみが残る。


収まった。



ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。強い光を受けたせいで視界が変だ。

酷い耳鳴りがする。衝撃波に打たれた皮膚が少しヒリヒリする。


だが―――


「一回目は成功だな!」

「うん、そうだね。早く服返して・・・」



―――



当たり前だが、実験とは、目的の現象を起こしてはい終わり。という様なものではない。

現象を観測、分析、解析、記録して初めて実験と言えよう。


その点で言えば、前回行った実験は実験ではない。


前回は俺、そーちゃん、ぱーちゃん、アルの4人で、今日と同じように実験をした。

しかし、その実験は観測の時点で躓いた。

俺とそーちゃんは爆発の中心にいるため観測どころの話ではないし、アルは語彙力や知識の点で荷が重く、ぱーちゃんは論外だった。


今回そーちゃんのお父さんに来てもらったのは、実験に不可欠な観測者となってもうらためで、そして見事に観測者の役割を果たしてくれた。


とは言っても、観測機器も何も無いため、観測者にはそう多くは求めていない。

500m離れた地点でも、爆発の瞬間は強い光で視界が真っ白になったとか、衝撃波を感じたとか、立っていられない程の風は来なかったとか、見たまま感じたままを教えてくれるだけで十分なのだ。


俺とそーちゃんの体感と、観測の結果から、簡潔にこの現象を説明するとすれば――


「発熱を伴わない指向性を持った爆発と、その余波。って感じかな?」

そーちゃんと、そーちゃんのお父さんに向けて、推察のまとめを提示する。


「多分、そうだろうね」


実の所、この結論については前回の実験の時点で予想はしていたし、だからこそ例の魔物を倒す攻撃手段として用いたのだが、今回の実験で確定したと言ってもいいだろう。


「ところで、体に変な感じとかない?」

俺がそう聞くと、そーちゃんは体中をぺたぺたと触ったりして、自身の状態を確認しだす。


「無いと思うよ」

「相当な規模の爆発を起こしているのに、体に何の変化もないのは逆に怖いな」

「あれ?確かに変だ。りっくんも大丈夫なんだよね?」

「うん、何ともない」


「じゃあ、次はそれを調べる?」

「そうだね。何度も爆発を起こして、回数による爆発と体への影響を調べよう」


「そもそも、俺たちがこの実験で目指すべきなのは、そーちゃんの体に俺の魔力が移動するという事を科学的に説明できるようにして、それがなぜ爆発を起こすのかを解明する事だから―――「少し待ってほしい」


盛り上がってきた俺とそーちゃんの会話に割って入ったのは、先程まで全くの無言を貫いていたそーちゃんのお父さんだ。


俺たちは当然の質問をする。

「どうしたの?」「どうしたんですか?」


「体への影響を調べる。と言っていたよね?」

「うん」「はい」


「どんな影響が出るのかは、一切分からないんだよね?」

「あ、うん」「まぁ、はい」


「見て分かるのか、実感できるのか、即効性があるのかも、分からないんだよね?」

「うん・・・」「はい・・・」


「もしかしたら、命に関わる影響が出るのかもしれない。とりあえずやってみよう。で試すのは、少し危ないと言えるんじゃないかな?」

「はい・・・」「はい・・・」


そーちゃんのお父さんの発言の度に、体冷えていくような感覚を得る。

それはつまり「自分は先程まで熱くなっていて、冷静ではなかった」という事だ。


そーちゃんのお父さんの言う事は、ぐうの音も出ない程の正論だった。

大規模で完全な未知の現象に関する実験なのだから、安全性の確保は特に重要視すべき事項だ。


隆起の少ない平原で実験をすることで安全性を確保した。と思っていたが、爆発を引き起こす自分達の安全性を一切考えていなかった。

今まで大丈夫だったのだから、今後も大丈夫だろうと、思考を放棄してしまっていた。これは正常性バイアスだ。


「じゃ、じゃあ、実験どうしよう?」

そーちゃんが、今後の方針を不安そうに聞いてきた。


「えーっと・・・一番に目指すべきはこの実験が安全なのかを調べる、もしくは安全にする事だから・・・小規模化を目指そう」

「小規模化って、どうするの?」


「これは俺の感覚でしかないから説明しずらいんだけど、魔力をそーちゃんの体に移動させる時、膜みたいなのに最初は衝突するから、何度も魔力で体当たりするんだ」

「ああ、あれだね。分かるよ」

「その体当たりする魔力の量と勢いを、もっと小さくしてみようと思う」


「あ、そうだ。手と手を握るんじゃなくて、指と指を合わせる。っていうのはどうかな?」

「いいね!小指同士が触れ合う程度でやってみよう」


「少し、良いかな?」そう言って、盛り上がってきた俺とそーちゃんの会話に再び割って入ったのは、そーちゃんのお父さんだ。

一瞬、自分がまたも過ちを犯しているんじゃないかと焦ったが、俺の懸念はすぐに払拭された。


「その実験というのは、ソールとリュウくんじゃなきゃダメなのかい?」


それは既に答えを得てる質問だった。

「それに関しては、前回色々試してみたんですよ。結果から言えば、全部ダメでした。俺からそーちゃんにじゃないと何も起きないんです」

「膜にいくら体当たりしてもダメだったんだよ」


「そうなのか・・・じゃあ、しょうがないね」


「なんで俺からそーちゃんにじゃないとダメなのか、それも調べていかないとね」

「うん!もっとたくさん調べよう!」


「でもまずは、小規模化できるのかを試さないと」

「そうだね」

「またあれをやるってことは、裸にならなきゃね」

「そうだね・・・」


俺たちが話し合っている間、ずっとそこらで遊んでいたアルとぱーちゃんに向け「おーーい!やるよーー!」と、そこそこの声量で、実験の再開を知らせた。



―――



日が落ち、月が昇り、月光が夜道を照らす中、僅かな月光すら遮断した真っ暗闇の室内にて、藁のベッドに横たわり、今日一日の出来事を思い返す。


(目が覚めた時、外に居たのは驚いたな。明日も連れてかれるんだろうか。あの場所の居心地自体はいいけども・・・)


(そーちゃんのお父さんは・・・えーと、キヨ、そう、キヨだ。どうして名前を聞くのを忘れていたんだろう?「そーちゃんのお父さん」なんて、いちいち長ったらしいのに。)


(結局、小規模化は上手くできなかったな。どれだけ小さな力でやっても、爆発の規模が小さくならないだなんて・・・一体全体、どんなメカニズムで爆発が起きているんだ?)


(現象の再現性については高いと言ってもいいだろう。通算7回中7回成功だしな。)


(ぱーちゃんを探すときに起きた謎の跳躍、やっぱり原因はあの爆発だったな。パンチでもジャンプ出来たあたり、動作というより強く力むことがトリガーなんだろうな・・・)

(あの爆発をした後、強く力むことで、1回限りその動作をものすごい力で行える――なんだそりゃ。爆発よりも意味不明だ。まあ、それにしても、そーちゃん驚いてたな。)


「ははっ」


藁のベッドは、身じろぎする度にチクチクと体を刺激する。しかしそれを不快には感じなかった。むしろ少し気持ちいいくらいだ。

時々虫の声がする程度の、静かな夜。いつの間にやら、アルとぱーちゃんの寝息がそこに混ざり始めていた。


(ああ、眠くなってきた。)

(チクチク、チクチク、妙に心地良い。)


寝ているのかも、起きているのかも分からない、曖昧模糊な意識の中、つい先ほどまで考えていた、実験の時の会話を夢想する。


――――――


「少し、良いかな?」

「その実験というのは、ソールとリュウくんじゃなきゃダメなのかい?」


「それに関しては、前回色々試してみたんですよ。結果から言えば、全部ダメでした。俺からそーちゃんにじゃないと何も起きないんです」

「膜にいくら体当たりしてもダメだったんだよ」


「そうなのか・・・じゃあ、しょうがないね」


――――――


(せっかくだし、そーちゃんのお父さんとも試せばよかったな。)

(そーちゃんのお父さんがあの、体の中の魔力を初めて認識できた本を持っていたんだし、そーちゃんのお父さんも魔力を動かせるかもしれないしなぁ・・・また今度、聞いてみよう・・・)

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