閑話

満天の星と、ニアリーイコールな満月の下、アルから誰にも言えない相談を受けた。


それはおいそれと答えていいようなものではなかったので、俺は関連する知識を伝えるだけに留め置いた。


生物学的観点から見れば止めるべきだったのかもしれないが、俺が簡単に止めていいようなものだとは思えなかった。

それと、食性と瘡蓋の件から見るに、人間の構造自体が違うのだ。俺の懸念していることが、全く起きない可能性もある。


「いろいろ教えてくれてありがとう。やっぱり、りっくんに相談してよかったよ」

「どういたしまして。いや本当、すっごく驚いたよ」

「まあ、隠してたからね。ばれたら恥ずかしいし。誰にも言わないでよね?」

「もちろん。絶対誰にも言わないよ」

「そっか、よかった」


「そろそろ戻ろう」

「そうだね」


そう言って立ち上がり、元来た道を歩き出す。


行きの時は、ここらに群生している小さな白い花を踏まないよう気を付けていたが、5本を避けても3本を踏んでしまう程度には密度が高いため、あまり気にしなくなっていた。


二人で自然の花畑を踏み荒らしながら帰っていると、視界の端に人影が映った。


焚火といった原始的な明かりしかないこの村では、夜に外を出歩く人は少ない。

だから、少し気になってその人影に目を向けた。


だいたい満ちている月の光でそこそこ明るいが、その人物がそこそこ遠くにいるのと、後ろ姿なので、大人の恐らくは男という事しかわからない。

その人物は、じっと空を見上げている。


無性にその人物のことが気になるので、アルに断りを入れ、話しかけてみることにした。


近づくほど、シルエットに色が足されていく。

話しかける直前に分かった。空を見上げていた人物は、そーちゃんのお父さんだ。


「こんばんは、月を見てるんですか?」


声をかけると、そーちゃんのお父さんはゆっくりと振り向き、


「ええ、良い満月だね」

と言った。月に背を向けているから、僅かな月の光が逆光となり、そーちゃんのお父さんの表情は陰に隠れている。


少し欠けているし、満ちてはいないのでは。と思ったが、口には出さなかった。


俺の返事を待たずに、そーちゃんのお父さんは優しい口調でゆっくりと語り出した。


「月を見ているとね、ついつい遠くの事を考えてしまうんだ。月というのは、どれだけ離れた場所でも夜になれば同じものが昇るものだろう?だから、月を見ると、遠くにいる人を近くに感じる事ができるんだ。私はそれが好きだけど、嫌いでもあるんだよ」


「は、はぁ」


何と返せばいいのか分からず、曖昧な相槌しか返せなかった。


「ああ、すまない。一人で話してしまった。つい、ついね」



「ちょっと分かるかもしれない」

アルが、唐突に、呟くようにそう言った。


「えっ」今ので何が分かったの?と続けそうになったが、アルの表情を見て、口をそっと閉じた。


10秒かそこらの間、そーちゃんのお父さんとアルは、黙ったままお互いを見つめていた。

二人は何をしているのか、二人の間で何が起きているのかさっぱりだったけれど、邪魔をしてはいけないような気がして黙っておいた。


沈黙を破ったのはそーちゃんのお父さんだった。

「ソールから聞いたんだが、明日、魔法の実験をするんだって?」

「ああ、はい。魔法というか、まあ、色々実験する予定ですね」


「そうか・・・・これからも、ソールと仲良くしてやってくれ、リュウくん、アルタくん」

「はい」「うん」


「それじゃあ、また明日」そう言って、そーちゃんのお父さんはサッと帰ってしまった。


何かを言うでもなく、俺とアルも帰路つく。


途中、急に黙って見つめ合っていたあの時間、アルは何を考えていたのか、何の時間だったのかを聞いてみた。

返ってきたのは、要領を得ない説明だけだった。アル自身もよく分かっていないようだ。


なんでも「分かる気がしたけど、分からなかったから黙っていた」らしい。


アルが何を言っているのか、何を言いたいのか、結局あの時間は何だったのか、ちっとも分からない。

分からないけれど、

未知なのだけれど、

なんだか、なぜだか、今回に関しては「別にいいや」と思った。

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