原点回帰

暖かいのか、寒いのかが曖昧で、いつもじゃない音と、いつもじゃない揺れがあって、違和感からパッと目が覚めた。


いつも以上に思考が鈍くて、瞬きを4度ほどしてからようやくぱーちゃんに背負われていることに気が付いた。


ほんのり明るい森の中で、ぱーちゃんと二人きり。

目は覚めているのに頭は冴えていなくて、暫くの間「寝る前に何をしていたんだっけ、朝はまずあの場所に行かなくちゃ」などと真剣に考えてしまっていた。


体は、寝起きのけだるさでは説明がつかない程に重く、起きているにもかかわらず、四肢がだらりと垂れてしまう。



アルタが虚ろにただ虚空を眺めていた頃、パンの乱雑ともいえるような歩き方によって生じる非秩序的な衝撃がアルタの首に不意な負荷をかけ、アルタは急激に論理思考を取り戻す。



今度は冴えた頭で、寝る前に何をしていたのかを考える。

そしてその答えは思い出すという形でふっと降りてきて、その上でまた疑問が生まれてふっと口に出る。


「・・・・・魔物は・・・?」


「あ、お兄ちゃんやっと起きた?ねぼすけだねー」

「え?あぁ・・・そうだね」


至極平常運転のぱーちゃんが、状況すら飲み込めていない俺を無視して話を続ける。


「あ、そうだ、聞いて聞いて!お兄ちゃんが寝てる間ずっと言いたかったんだけどね、あのでっかいやつはりっくんが魔法でばーーってやったんだよ!起きたら頭と足があってね、りっくんが魔法でやったって言ってたの!すごいね!」


ぱーちゃんは説明が下手だ。だけど俺はお兄ちゃんだから、魔物はりっくんが魔法でどうにかしたのだということ位は理解できた。


独り言に、返事が混ざって口に出る。


「そうだね・・・りっくんはすごいや、また守られちゃった」


後出しのようだけど「りっくんが魔法でどうにかしてくれた」ということは、実のところ何となく予感していた。


お父さんすらあの魔物に3対1で負けていたんだ、あんな絶望的状況をどうにかする方法なんて、魔法のようなものか、魔法そのものしか思いつかない。それに記憶の最後の最後、途轍もない光と風に吹き飛ばされて気絶した。光といったらりっくんだ。


本当に何気なく、何かを意識したでもなく、パンは言う。


「お兄ちゃんもまた守ってくれたね!」

「そんなの当たり前だよ、俺はお兄ちゃんなんだから」


「びゅんってなって、ばさーーって助けてくれた時のお兄ちゃんも、すっごくすごかったよ!」

「ま、まあね、それも当たり前だよ」


「でも、そんなお兄ちゃんは今、ぱーちゃんにおんぶされてるんだけどねー!」


心底楽しそうに、無邪気に、恐らくとびきりの笑顔で、ぱーちゃんは言う。


「それは本当に、なんというか・・・・ありがとうね」と、俺が言い終わった途端、ぱーちゃんは突然弾けるように笑い出した。

どこにそんな面白い要素があったのか、息も絶え絶えになるほど肩を震わせて。先程まで喋りながらも進めていた歩みも止めて。


俺はお兄ちゃんだけど、ぱーちゃんの事が時々全く分からない。

この前も、水溜りの上で突然笑い出して転げまわって、さんざん泥まみれになった後、泥まみれな事に気が付いて泣き出すなんてことすらあった。


その時々で何かしらの理由はあるのだろうけど、落ち着いた後になんでそんなことをしたのかと聞いても「よくわからない」以上の答えが返ってきたためしがないのだから、もはやどうしようもない。


そんなことを考えながら、未だ一人で笑い続けているぱーちゃんの笑い声を聞いていると、ふと、疑問が湧いてくる。


今日、わざわざ、一人で森に行った理由は何だろう。

ぱーちゃんは別に、そーちゃんのように一人で遊ぶのが好きなタイプじゃない。

りっくん達にわざわざ何も言わず突然森に行くだなんて、さすがに理由がないと納得できない。


「ぱーちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」


俺がそう言えば、ぱーちゃんは湧きおこる笑いを抑えるために口を閉じ、会話ができるように努力してくれる。

口から洩れる笑いの数が減っていき、次第に肩の震えも収まってくる。


未だ不定期に体をびくりと震わせるぱーちゃんに対し、とりあえず話しを始める。


「ぱーちゃんは、一人で森に行ったんだよね?」

「・・・・・うん」


ぎこちない大きな頷きを伴った答えが返ってくる。


「どうしてりっくんやそーちゃんに何も言わないで行ったの?」

「それはっ・・・それは忘れてただけだよ」


一度目は声が裏返っていたため中断し、2度目はすらすらと発音できていた。


「どうして一人で森に行こうと思ったの?」


肩の震えはぴたっと止まったけれど、すぐに答えは返ってこない。数秒ぽっちの無音が流れた後、ぱーちゃんは答えた。


「みんなで居られる落ち着く場所が欲しかったの」


ぱーちゃんは説明が下手だし、時々全く分からない。だけど、俺はお兄ちゃんだから分かった。


「俺が、二人の秘密だって言ったから、自分で新しく見つけようとしたのか」

「うん」


ふと、ことさら暖かい風が吹き、何かが風に運ばれてきた気がした。

森に目を向けてみると、ここが、そーちゃんと遊ぶようになった頃よりもっと前、ぱーちゃんとよく二人で遊んだ場所だと気が付いた。村はもう、すぐそばだ。


「べつに、りっくんにも言っていいよ」

「え、本当に?」

「うん」

「やったー!ありがとっ!」


ぱーちゃんは心底楽しそうに、無邪気に、恐らくとびきりの笑顔でそう言って、先程よりもほんの少しだけ荒く歩き始めた。

俺はただ、ぱーちゃんに背負われ、四肢をだらりと垂らしていた。

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