光芒一閃

薄暗く、草木が所狭しと生い茂る森の中、自分の腰ほどの長細い草をかき分けて走りながら、森のどこかに居るはずの妹へ届けと声を張り上げる。


「ぱーちゃん!!いるなら返事してー!!おーーーい!お兄ちゃんだよー!ぱーちゃーん!おーーーい」


燃え盛る炎のようだった体の熱は、声を出すたび森の空気に溶けてゆく。


「おーーい!お願いだから返事――あっ」


足元に対する意識が疎かになっており、木の根に引っかかって転びかける。それをきっかけに、減速しつつあった歩みが止まる。


深く呼吸をして、少しだけ乱れていた呼吸を整える。


立ち止まって息を整える事に意味などなかった。肉体的な疲れなど、妹を見付けなくてはいけないという使命感に比べればあってないようなものだった。


しかし、自分のやっている事の単純さを客観視し、もっといい方法があるのではないかと考えてしまっては止まらずにはいられなかったのだ。


森の中は何もしないでいるととても静かで、静かさは、落ち着いて物事を考える程度の冷静さを与える。


(そういえば深く考えていなかったけど、お父さんの言っていた「危険」ってなんなんだろう。)

(要はぱーちゃんが「危険」に近づいたりしなければいいんだし、それさえ分かれば・・・・)


(お父さんが危険っていうぐらいだからすっごく危ないものなんだろうな。)

(森の危ないものと言えば魔物とか?・・・でも、魔物がどこにいるのかもわからないから結局同じ事か。お父さんにもっと聞いておけばよかった・・・・)


(ぱーちゃんが何処に行きたいのかが分かれば見つけやすいはず。)

(ぱーちゃんはなんで森に行ったんだろう?そーちゃんは「怒ってどこかに行っちゃった」って言ってたけど。)


(怒って・・・怒って出ていったということは、とにかく離れたかったのか?)

(じゃあ、今もどんどん村から離れてる!?それなら早く見つけないと戻ってこれなくなるかもしれない!)


(こんなことしてる場合じゃない!もっと奥に・・・・)


兄として自分より幼い妹と過ごすということは、自分だけの力で考え、判断する能力を養っていた。


(いいや違うな、りっくんは戻ってきた時に落ち着いていた。怒って遠くに行ったならもっと慌ててたり落ち込んでたりするはず。)


(そもそも、りっくんはぱーちゃんと一緒に帰ってこなかったけど、行き先は知っていた。という事は、りっくんはぱーちゃんが怒ってるわけじゃないと知って、そのうえでぱーちゃんが何かの理由で森に一人で行きたいと知ったから一人で戻ってきたという事・・・だよな?)


能力が高いという事は、それが可能になるという意味ではない。


(その理由・・・・理由・・・!ああだめだ、ヒントがない!こんなことならりっくんの話を聞いておくんだった・・・ああもうっ!)


現状自分が何も行動していないという焦燥と、全く分からないというもどかしさがアルタの体に再び熱をこもらせる。


(ああ、どうしよう!どうしよう!今からりっくんに話を聞きに行くのか?いや、りっくんもぱーちゃんを探してるはず!森の中ヒントもなしに人を探すのはどっちも同じ!だめだ!くそっ!)


(今からでもとにかく探し回る?いや、りっくんが言ってた方向から逸れてる可能性もあるし・・・一回村に戻って・・・いや、ああ、だめだ!今こうしてる間にもぱーちゃんが危ないかもしれないのに!どうすれば!どうすれば!)


熱くなった人間は冷静さに欠け、思考が短絡的で非合理的になる。


アルタが焦りと後悔で目に涙を浮かべながら有益な結果を出さない思考を延々と繰り返しているうちに、役割を見失った足の力が抜け、膝から崩れ落ちたのをどうにか両手で支えた、その、数秒後。


アルタは手で地面に触れることでようやく分かる程度の「揺れ」を感じて体を硬直させる。


何もしないでいると森はとても静かで、直後の集中しなければ聞き逃してしまう程度の衝撃音をはっきりと認識することができた。


2秒程呆然とし、飛躍とも言える論理によって確信を得たアルタは涙をぬぐって立ち上がる。


(今の音!すごく遠くの方で誰かがとても強く地面を叩いたような、そういう音だった!こんな森の奥でそんな音が聞こえてくるなんて普通はない、お父さんの言ってた「危険」ってやつのはずだ!)


一切の迷いなく走り出そうとしていたアルタは、先程の音が前方からも後方からも聞こえていて、発生源の方向を読み取ることが出来ない類の音だったことに今、気が付いた。


希望的観測をするアルタは初めに、次に来る衝撃音の位置を把握する方法を思案して木に登ることを選択した。


足を少し曲げる予備動作を挟んですばやく跳躍するアルタの体にとりわけ鋭い枝がか切り傷を作るが、当人には些細な痛みを気にする余裕など無かった。


自分の中指ほどの枝を右手でしっかりと掴んで体勢を安定させてから左右を2度見て、後ろを振り向いき、前を向き、もう一度後ろを振り向く。


目の届くすべての範囲でなんの変哲もない森が地面を埋め尽くしていて「危険」とやらは見当たらない。


その事実にアルタが焦りを覚えるより先に、その時たまたま目を向けていた丘を中心に波紋が発生しだした。


まるで水たまりに小石を落とした時のような波紋が森の表面で広がっていて、それはアルタの少し手前で減衰し尽くし消えていく。


その波紋が、強い力が森に伝わった際に木々で運動エネルギーを伝えあってお互いを守りあうことで発生する現象であることをアルタは知らない。

しかし、不意に先程と同様の衝撃音が聞こえたことで波紋の中心で何かが起きていることを察し、あの丘に向かわなくてはという強い使命感が燃え上がった。



アルタが予備動作無しに足をかけていた枝を思い切り蹴り飛ばすと、その枝から先が大本の木と切り離されてアルタの加速方向と対に吹き飛び、哀れな姿の木が一本出来上がる。


相当の速度で木々の樹冠に突っ込んできたアルタと接触した枝はへし折れ弾け飛び、着地したころには森に子供サイズの穴ができた。


それらの自分の行動による木々の破壊をアルタは認識することもなく、着地と同時に先ほどた丘の方向へと走り出す。


アルタの目には暗いはずの森が鮮明に映り、足は意識することなく動き、全身が全能感に包まれていた。


(すぐにあの丘に着いて、ぱーちゃんを助ける!)


言ってしまえば一種の興奮状態、あるいは混乱状態のアルタは、走りながらただそれだけを考えていた。


そこに行けばパンがいて、自分が助けなければ危ないという確証など一つもないことは、論理的な思考を失ったアルタにとって知ったことではなかった。



加速することにのみ意識を集中させているため、進行ルートにある低木やらを四散させながら走るアルタは、その速度のまま異様に開けた場所へ飛び出る。


すぐ近くに森があるにもかかわらず異様に乾燥した地面、途轍もない存在感の異形の魔物、倒れている3人の男、探していた妹、それらの多すぎる情報の中から怯えて震える妹を見つけ、咄嗟に進行方向を変える。


恐ろしい怪物を前に怯える妹、そこにギリギリで駆け付けるという幾度か夢想したそのシチュエーションにアルタのテンションはさらに上がり、夢想の自分を重ね、妹を横抱き、つまりはお姫様抱っこで連れ出し、魔の手から瞬時に救った。


さらに減速する世界の中、アルタは自分の腕の中の自分が救った妹と目を合わせてほほ笑む。


(良かった。すごい危なかったっぽいけど、ちゃんと守れた!)


本来ならば、ここで先までの恐怖を吹き飛ばしてしまうようなセリフを言う予定だったのだが、意識のみが加速したその状態では喋るほどの時間はなく、ほどなくして意識は現実へとむけられる。


アルタは大きく足跡を残しながら減速し、パンを下ろして魔物とパンの対角線上に自分が来るようにする。


目に映るほぼすべての物に対しての情報が無い中、目の前の魔物が危ない存在であるという事を確信して睨みつけるが、当の魔物はピクリとも動かない。


すぐに襲われることはないと知ったアルタは、魔物を睨みつつパンへと状況の説明を求める。


「ぱーちゃん、どういう状況なの?あいつはなに?」


先程まで完全にパニック状態だったパンは、兄が自分を守ってくれているという事実で落ち着きを取り戻す。


「えっとね・・・・わかんない!何もわかんない!お父さんが踏まれてて、近づいたら、だんだんって来たの!」


(お父さんが踏まれてて・・・・え、あの足だけ血だらけでぴくぴくしてるのってお父さんなの!?というか、お父さんが負けたのか?この岩の塊みたいなやつに?じゃあもう、逃げるしかない!)


「ぱーちゃん、早く逃げ―――


軽く振り向いてパンに話しかけようとしたところで、アルタは自分の体の異変に気が付いた。


(体が動かない・・・・?)


それを認識した途端に体から力が抜けていくが、今の状況で倒れるわけにはいかず、ギリギリのところで体勢を保つ。


変わっていないはずの重力による負荷を必死に耐えいている最中ふと、父親を負かせた魔物、守る対象の妹、なぜか動けない自分、そのどうしようもない3要素に気が付いて、アルタは背中の部分が冷たくなっていくのを感じていた。


そんな中、石像の如く静止していた魔物が、唐突に一歩前に出る。


その巨大な図体のため動作のたびに地が揺れて、ただでさえ立っているのが難しいアルタには拷問に思えた。


焦ったアルタは、体の向きを変えずに先の言葉を続ける。


「ぱ、ぱーちゃん!逃げよう、はや―――ぐっ・・・・」


一歩、また一歩と、ゆっくり魔物は二人に近づいてく。


「お兄ちゃん大丈夫?すごく辛そうだよ・・・?」


言葉を交わす余裕すらなくなって振り向こうとした時、アルタの体はいよいよ限界を迎え、そのまま妹に向かって倒れこむ。


パンは突然倒れてきた兄をしっかりと受け止め、兄の顔色と、意外な軽さに驚いた。


「お兄ちゃんどうしたの?眠っちゃだめだよ?起きて!起きて!!」


ほんのさっきまでと位置関係は真逆になり、アルタの目に映るのは妹と、異形の魔物になった。

動かない体とは対照的に、アルタの思考は無意味に動き続けていた。なぜあの勢いのまま逃げずに立ち止まってしまったのか、もっと自分が頑張れる人間で、今すぐ妹の手を取って走り出せれば、自分がお父さんよりも強くて今なお近づいてきている魔物を倒せたら。


それらの思考は本当に無意味で、惨めで、妹の腕の中で流す涙を促進させるものだった。


「ごめん・・・守れない」




アルタが諦めの言葉を呟いた数秒後、その言葉と、アルタの涙やそれに起因して流れたパンの涙とは一切の因果関係がない、少なくともパンとアルタの視界が完全に白で塗りつぶされる程の閃光が発生する。


それとほぼ同時に、人間を軽々と吹き飛ばしてしまうほどの突風という表現すら生易しいほどの強風が巻き起こり、二人は崖に叩きつけられた。


二人が崖に打ち付けられる瞬間、パンの頭と崖との間にはアルタの腕があった。

意図的な行動か、位置関係上の結果か、それはアルタ自身ですら分からない。

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