急転直下②

森の中では多様な草花が木漏れ日の恩恵を受けていて、ほんのりと暖かい。

三人の集団が森の奥へと進んでいて、三人は楽し気に会話をしているが、常に周囲を警戒している。


リーダー的ポジションの、どこか浮かない顔をした大男はリーセル。その後方で軽口をたたいている若い男はシャルで、シャルの軽口で渋い笑い声をあげている中年の男はボン。



「いやーボンさん!今日すげー天気いいっすよね!」

「確かにそうだなー、明るいからいい探索日和だ。」

「探索もたしかにいいっすけど、こんなあったかいと昼寝とかしたくなりますね!」

「おぉ〜〜そうだなぁ、こんな日は仕事やらなんやらを放ってぐっすりと寝たいものだな!そうだよなぁリーセル?」


「・・・・・本当に、申し訳ない」

「いやいや、リーセルさんがのをイジっているとかそういうのじゃなくて、昼寝がしたくなるなーってだけじゃないっすか!」

「はっはっは!そうだぞぉ、昼寝としか言っていないしなぁ?」


「シャル、ボン!もう勘弁してくれ、何度も謝っただろう!」

「それは難しいお願いっすねぇ!だって、いっつも真面目で丁寧で、ミスなんかそうそうしないリーセルさんが寝坊したんすもん!」

「諦めろリーセル、水を得た魚は出ることはない。みずからだけにな、はっはっは!」

「はっはっは・・・・あれ、それ使い方違くないっすか?」

「お前細かい事はいいんだよ!」


リーセルが何とか話題を変えようとする。


「そ、そろそろ時間なんじゃないか?」

「そっすかねぇ、まだ前回からそんなに移動してなくないっすか?」


「いいや時間なはずだ、おふざけは中止だ中止」

「はは、しょうがない、仕事は一応しないといけないしな」

「そっすねー、じゃ、俺はこの木に行きますね」


「おう」「分かった」


直後、三人が同時に跳ねる。


リーセルは自分の真横にあった木に登るため、真上に飛んでいた。

数多の枝が体に当たって折れるが、リーセルの運動速度には僅かな影響も及ぼしていない。


狙った通り木をほんの少し飛び越える程度の高さに到達した後、自由落下が開始する。

数舜頭を巡らし、適当な太さの枝を手で掴んで足に当たった枝の上に立つ。


リーセルが掴んだ枝は自分の人差し指より少し太い程度で、踏んでいる枝は親指ほどだ。

少々不格好な体勢になったが、そこからは果てしなく続く森が一望できる。


全員が無言で森を見渡していると、シャルが声を上げる。


「あっ!あれ、あれ見てください!」

「・・・ん?」

「どれだ?」


シャルが指さしている方向には、森のどこにでもありそうな丘がある。


「あの丘の事か?」

「あれがどうしたってんだ?」

「よく見てくださいよ!なんか、えーっと・・・奥の方が削れてるんですって!」


目を凝らしてみてみると、確かに丘の奥が欠けているというか、削れているというか・・・とにかく不自然な形だ。


「あー確かに、なんかおかしいな」

「言われてみれば削れているというかなんというか・・・」

「ですよね!?変ですよね!!」


「魔物が多く発生している原因」という未知の何かを探す事が目的なため、違和感があったり変だったりするものはとりあえず近づいて確かめてみなくてはならない。


「行ってみよう」

「はい!」「了解!」



――――――



草木が鬱蒼と生い茂る森では、太陽がギラギラと輝く昼間でも暗い場合がある。そんな時、森の中から開けた場所を見ると、眩しさでその奥が何も見えなかったりする。



違和感のある丘へと向かうため、草木が異様に生い茂り、ツタが体にまとわりつく道なき道を歩き始めて数分が経過していた。


少し先に開けた場所が見えてきて、永遠に続くかのような森の景色が終わる事に軽い喜びを覚えながら、眩しさで閉じた目をゆっくりと開けるとそこには「開けすぎた場所」があった。


そこは草木どころか雑草の一つもなく、乾燥しきった地面が広がっている。


「あれ?俺たち森に居たはずっすよね・・・・?」

「そのはずなんだがな」

「なんなんだここは・・・・」


足元を見てみると、通常の地面と乾燥した地面には明確な境界線があり、その光景は異様で、不可思議で、ここが自分たちの理解の外側にある物だと認識させられる。


「これ絶対おかしいっすよね!?」

「ああ、どう見てもおかしい、こんなもの見たことがないぞ」

「二人とも気を付けるんだ、何が起こるかわかったもんじゃない」


乾燥した地面の続く先には、まるで巨人が地形を切り出してしまったかのような巨大な崖があった。

この巨大な崖があったから先程見た丘は一部分が無いように見えたのだろう。


そして、その崖には見たこともないような大きさの洞窟があり、その大穴と呼んでもいいほどの洞窟を見た三人は無意識のうちにその洞窟を恐れていることに気が付いた。


「あ、あれから途轍もなくヤバイ感じがするんだが?」

「おなじっす・・・」

「ここからじゃ中が良く見えないな・・・行こう」


「えっ、リーセルさんあれに近づくんすか?」

「俺もあれからその・・・・ヤバイ感じは感じている、しかし、あれが何なのか確かめないとこの捜索をしている意味がないじゃないか」

「確かに、それもそうだな」


「え、えぇ俺いやっすよ、あれなんかすごい怖いっすもん!」

「そうはいってもな・・・・」


「そうだシャルよ、近づくだけ近づいて、中を見る事が出来たらそれで帰るってのはどうだ?」

「まぁそれならまだ・・・」

「リーセル、それでいいか?」

「ああ、そうしよう」



意見がまとまった三人は不気味な雰囲気を放ち続ける洞窟を一瞥し、前後左右全方位を警戒しながらゆっくりと洞窟へ歩き出した。


草や木が一切ないその空間は遠近感を狂わし、大きさや距離感がうまくつかめなくなる。

洞窟に一歩一歩と近付いていく度、全員が形容しがたい「嫌な予感」が強まっていくのを感じていたが、その感覚を言語化できないために誰もそれを口にはしなかった。


進んでいくと、洞窟は段々大きくなっているのに洞窟との距離は余り縮まった様に感じない。あまりにも洞窟が大きいため、距離を見誤っていたのだ。


その今まで感じたこともないような感覚に、先程まで崖だと思っていたそれが途方もなく大きな壁に見えてきて「魔法」という言葉が浮かび上がる。


その不気味さと「嫌な予感」から警戒を怠ってはいけないという意識が全員にあり、誰も口を開こうとしない。


洞窟まであと半分の時、全員が額に汗をかいていた。太陽はちょうど真上にあるが、熱さは感じていない。


洞窟の中がはっきりと見える距離まで来た。入ってすぐに右への曲がり角があるらしく、すぐそこまでしか見えない。


洞窟まで十数歩と言ったところまで来た時に「嫌な予感」が最高潮まで高まり、それは「何かが起こる」という確信へと変わっていた。

目的は「近づいて中を見ること」であるから現時点でその目標は達成しているが、その確信のため「何かが起こる」のを全員が待ち、それに対応しようと構えていた。


三人がゆっくり、一歩、また一歩と近づき、ついに洞窟の入り口へと到着する。



しばらく誰も、何も起こらない時間が流れる。



気付くと三人はその巨大な洞窟を見上げ、ただ呆けていた。

ふいにお互いの顔を見合った時、全員が感じていた「嫌な予感」がいつの間にか完全に消えていることに気付き、息を吐きだす様に笑った。


「なんか、はは、何もないじゃないっすか」

「そう・・・みたいだな、よくよく見たら馬鹿でかい以外はただの洞窟にしか見えないなぁ、うん」

「ははは、肩透かしだったな」


突然、辺りが暗くなって三人が同時にバッと上を向く。

そこには敵が・・・というわけでもなく、最初と何も変わらない崖と、太陽を隠した雲があるのみだった。


日常的に起きる太陽が雲に隠れて辺りが暗くなるという現象に対し、オーバーに反応する自分たちを客観視してしまって気恥ずかしくなり、誤魔化すようにまた笑う。


「は、ははは、雲が出ただけじゃないっすか、こんなんでビビッて損しましたわ」

「ああなんか、自分がアホらしくなってきたなぁ」

「全くその通りだ、アホらしい・・・・ところでどうする?帰るか、それとも―――「いてっ」と、ボンがリーセルの言葉を遮って言う。


ボンは頭を擦りながら下を向き、おもむろに屈む。

リーセルとシャルの視線はボンの足元に向けられている。


「これ、なんだ?」


ボンは異様な小石を拾い、屈んだまま二人に見せる。

その小石は微妙に黄色みがかかった白色で、とても自然界のものとは思えない。


「なぜそんなものが上から」と、リーセルが思考した瞬間の出来事。



太陽が雲に隠れて暗かった状態から、辺りがより暗くなったのを認識した瞬間にリーセルとシャルが洞窟から離れるように跳ぶことができたのは、一種の偶然だった。


結果的にボンのみに向けられた奇襲の攻撃は地響きを起こして森を揺らし、それと同時に一瞬眩い光を放つ。


リーセルとシャルが地面を足で削りながら減速し、顔を上げて数瞬先まで自分たちがいた場所を睨む。

その先には、巨大な洞窟の目の前に立っていても遜色ない程大きな魔物がいた。

その魔物は異様な小石と同様の岩々で体を構成していて、横に長く這いつくばっていて長い尻尾があり、まるでトカゲのような形をしている。だが、頭部と思わしき部位には目や口など一切のパーツが見受けられない。


「ボン!」「ボンさん!」


二人は洞窟から少し離れた所で倒れているボンを目にして反射的に叫んだ。


異様な姿の魔物を横目に、二人は息を飲んでボンの反応を待つ。

1秒、2秒、3秒と経過するが、ボンは微動だにしない。二人はハッと意識を魔物に移すが、魔物も一切動いておらず、目のない頭部をじっと二人に向けていた。


また1秒、2秒、3秒と経過する。その間リーセルとシャルは、ボンを助けるにはどうすればいいのか、なぜ魔物は動かないのか、魔物は目がないが見えているのか等、様々なことを思考し、最終的に「目の前の敵を倒す」という単純明快な考えに帰着した。


リーセルが小さく「同時に行くぞ」と言い、シャルがそれに頷く。

石像かのごとく静止している魔物を前に、二人は素早く姿勢を変える。

腰と足を曲げて重心を低くし、左足を大きく前に出す。この体勢による飛び出しが経験上最も瞬間的に加速ができる体勢であり、その速度のまま全力で殴ればどんな獣も、魔物も、殴った部位が吹き飛び四散もしくは貫通するのだと二人は知っていた。


リーセルの指によるサインを皮切りに、二人はほぼ同時に加速した。

蹴られた地面は豪快に抉れ、物質の急な移動によって小規模な竜巻が発生する。


1秒にも満たない内にリーセルは魔物の頭部を正面に捉える。

魔物であっても生物ならばそこを吹き飛ばせば必ず死ぬ部位、つまり脳味噌があるであろう位置を狙い、全力で握りしめた拳を飛び出しによる速度に肩と腕の振りを上乗せし、叩きつけた。


再び地響きにより森が揺れる。


直後、リーセルの体は回転しながら魔物から離れるように吹き飛ぶ。

リーセルは予想外の感覚に驚きつつも、着地をして体勢を整える事に集中しようとする。


しかし、シャルと魔物が接触したのであろう衝撃音が聞こえ、思考するより先に音の方向を向く。

その時リーセルが見たものそれは、頭部に風穴が空いた魔物の死骸でも、魔物を殴りつけているシャルでもなく、無傷で鎮座している魔物と、その後方の崖に体を叩きつけ意識を手放した後のシャルだった。


シャルが自由落下をしている光景を眺めながら、リーセルは無造作に落とされた人形のように力なく地面と衝突し、四肢をだらりとさせる。


それは思考が追いつかなかったわけでも、無傷の魔物を見て戦意を喪失したからでもない。単に体に力が入らなかったからだった。


辛うじて動く口で意味もなく呟く。


「なにが・・・・起こった・・・・?」


雲によって太陽が隠されてから20秒も経過していない。


「骨・・・折れ・・・てない・・・・はず」


ぼんやりとした思考の中、分かる事をそのまま口に出して現状を理解しようとする。


「感覚が・・・ない・・・・痺れ・・・?」


いつの間にか魔物がすぐそこまで接近していることに気が付く。

しかしどれだけ動かそうとしても体は強張るばかりで思い通りに動かない。


魔物は岩々が連なっているようにしか見えない前足をのっそりと持ち上げ、ゆっくりとリーセルの足に自分の前足を乗せる。


魔物の足裏はリーセルの全身とほとんど同じ大きさだ。


足に加わる力がじわじわと増していき、足からミシリと嫌な音が鳴ると同時に声にならない声が漏れる。


「うあ・・・・・が・・・・」


魔物は目も怪我もない頭部をリーセルにじっと向けている。

その無機質な雰囲気と理解した自分の体の現状から、自分は殺されようとしていて、それに抗うことはできないと察し、体の力を抜く。


魔物はそんなリーセルの行動に関係なく一定の割合で前足にかける力を増やし続けている。


うめき声以外はとても静かな時間が淡々と流れていき、リーセルは痛みで意識を失う寸前、「お父さん」という言葉が聞こえたことでばっと顔を上げ、自分と魔物の位置関係が逆でないことを呪った。


その声の主はリーセルが知っている中で最もここに来てほしくなかった、戦えず、逃げる事も出来ず、そして自分が特に大切に思っている人物、そう、パンだった。


リーセルは、状況を理解できずに父親の元へとてとてと歩いているパンに向かって全力で叫ぶ


「パン!逃げるんだあああ!!」


その叫びと同時にリーセルの足は解放され、魔物はパンと対面するように体を回転させる。


魔物の一挙手一投足で揺れる地面と、リーセルの言葉でようやく魔物が敵であることに気付いたパンは、自分を害していようとしている存在の持つ圧倒的な力に恐怖して足の力が抜け、尻もちをつく。


リーセル、シャルと対面した時とは違い、魔物はゆっくりとパンに近づいていく。


リーセルは必死になって足を動かそうとするが、それは叶わない。


魔物はリーセルの足を踏んだ時と同じようにのっそりと持ち上げ、今度は足のみではなくパンの全身を踏もうとする。


魔物の足裏は、パンの全身よりも、二回り大きい。


パンは涙目で、ひたすらに、か細く「お父さん、お兄ちゃん、お母さん、りっくん」と、自分を守ってくれる存在を呼び続けている。


リーセルは願った。誰でもいい、今、この場に現れて、自分の娘を助けてくれと、娘を連れて逃げてくれと願った。


―――


現実とは、願ったり、祈ったりして何かが変わることはない。奇跡よあれ、誰かよ救えと思ったところでそれが功を奏することはない。

現実とは、現実に起こった事象が因果関係を結び、その結果が時間の流れとともに必然的に起こる。それは絶対的な事。


つまり、今、このタイミグ、森からアルタが飛び出してきて、パンを魔の手から救ったのは必然的な事象だった、ということ。

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