急転直下

先程空中で見たぱーちゃんはどっちの方向だったかと思い出していると、突然後ろから声を掛けられる。


「りっくん?」


振り向くと、そこに居たのは今から探そうとしていたぱーちゃんその人で、不思議そうに俺を見つめていた。


「りっくん何してるの?」

大きな目でまじまじと俺を見ながらそう言うぱーちゃんの表情に一切の怒りや悲しみといった感情は見受けられず、純粋な好奇心の塊がそこにはあった。


(あれ?怒ってない・・・・のか?)

「・・・何をしてるって、ぱーちゃんが急に出て行っちゃったから追いかけてたんだよ」


「え・・・?あ、そうだった!何も言わないで行っちゃった!えへへ」


その明るい笑顔はいつもと変わらないように見える。

そんなぱーちゃんの空気に流され、つい思ったことを言ってしまう。


「あれ、怒ってなかったの?」


ぱーちゃんの顔から笑顔が消え、真顔になった。


その意味を理解して猛烈に後悔する。ぱーちゃんが全く怒っているそぶりを見せず、いつもと変わらない笑顔で接してくれたのは「もう許すから、これからは気を付けてね」と暗に伝えていたのではないか。そうなのだとしたら、その相手に「怒ってなかったの?」などと抜かしてしまう俺はとんでもない最低野郎なのではないか。

そんな思考が一瞬で巡り、嫌な汗が噴き出てくる。



が、それらは一切無駄だったらしい。


表情をさらにころっと変え、心底不思議だという風に首をかしげて

「なんのこと?」

と言うぱーちゃんの姿に複雑な感情などは全く無く、ただただ純粋さがあった。


「それよりさ!なんで空から降ってきたの?」

そんなことを目を輝かせながら聞いてくるので、あれこれ考えていた自分があほらしくなってくる。


「あーいや、それがなんでかは俺もよくわからないんだよね」

「あっ!もしかして、腕光るやつとか、そーちゃんのあれみたいな新しい魔法!?」


「本当にどういうことか分かってないんだけど・・・・まあ、また今度教えるよ」

「分かった!楽しみにしてるからね!」


ほったらかしてしまった件について、ぱーちゃんは本当に何とも思っていないらしい。

まあ、ぱーちゃんの心が傷付いていないのならそれで良いか。


「ところで、ぱーちゃんは森で何をしてたの?」

「んーっとね・・・それは秘密!」


「それって、そーちゃんの家に行くときに言ってた秘密と同じ?」

「そうだよ!あ、でも、見つけたらちゃんと教えてあげるから安心してね」


何かを見つけるため森に行ったのか、なら別に問題はない・・・か?

いや、まだ年齢的に中学生にも満たないような子供が森に一人でうろついていいのか?


「秘密ってことは、誰かと一緒じゃ駄目なの?」

「うん」


「でも、一人で帰れる?」

「すっごく遠くの尖ってる山の反対でしょ?」

「そうだね、暗くなる前に帰る?」

「うん!」

「危ないことはしない?」

「絶対しない!」

「落ちてるもの食べちゃダメだよ?」

「そんなの当たり前じゃん!」


これなら良いのか・・・・?それに、親でもない俺の勝手な考えでぱーちゃんの自由な遊びを阻害しちゃだめだしな・・・・


「もう行っていい?」

「まあ・・・・危ないことしないならいいと思うよ」

「絶対にしないから大丈夫!じゃあね!あははは!」



楽しそうな笑い声を森に響かせながら走り去っていくぱーちゃんの姿が完全に見えなくなるまで見送った後、俺はふと思った。


(あの跳躍は本当に何だったんだ?)


通常、俺は全力で立ち幅跳びをしても20数メートルくらいしか飛べない。いや20数メートルは普通じゃないけど。

それにもかかわらず、あの時の俺は雲によってできた影の境目を一望できるほどの高度に居た。

具体的にそれがどれほどの高さなのかは分からないが、少なくとも20メートルやそこらじゃない。あの時の俺の跳躍力は明らかにおかしかった。


(今やったら同じようにできるのか?)


検証をするため、おもむろに森のど真ん中であの時と同じような体勢をとる。

目を閉じてあの時何が起きたのかを思い出そうとするが、別に特別なことは何もしていないように思う。

なるべく再現度を高めるため、ぱーちゃんのジャンプする音を聞いた瞬間に飛び出した様に、何かの音をきっかけに一気に飛ぶことにする。


森の中で一人、そんな状況で静かにしているといろいろな音が聞こえてくる。

ほとんどは風の音ばかりだが、時々鳥の「ピピッ」という鳴き声が遠くから聞こえてくる。


(次、鳥の鳴き声が聞こえたら飛ぼう。)


先程まで連続して聞こえていた鳥の鳴き声が突然ぴたりとやむ。

無心で待つこと数秒。


待ちわびた「ピピッ」という声が聞こえ、全力で足を踏み込み上へと向かってジャンプする。

踏み込んだ足元の土は圧力によって盛り上がり、聞き慣れた衝撃音が鳴る。


俺の体は1秒程で森の高さを抜き、そーちゃんの家が見え・・・・たが、そこで上昇は終わりすぐに落下が始まる。

着地の際も普通に足で衝撃を殺しきれて、一切の痛みはない。


一度のジャンプで木の高さを軽々と超えたのは確かにすごいが、そんなレベルではなかったはずだ。

なぜあの時だけあんな跳躍力を・・・・?


これは・・・・・要検証だな!そーちゃんとやることが一つ増えたぞ!

そうと決まれば早くそーちゃんの家に戻ろうっと!



――――――



しっかりとした作りのドアを、俺は意気揚々と開け放つ。


「そーちゃん!戻ったよー!」


返事はなかった。

不思議に思ってそーちゃんの部屋を覗くと、アルとそーちゃんが何やら話している。


「戻ったよー!」

陽気にそう言い終わってから、二人の様子が何だかおかしいことに気が付く。


俺の存在に気付いて振り向いた二人は、今まで見たこともないような顔をしていて、とにかく緊急事態と言った感じだった。


「りっくん!!」「ぱーちゃんはどこ!?」

「ど、どうしたの?二人とも」

「ぱーちゃんはどうだったの!?」「安全な場所にいるの!?」


ものすごい剣幕で迫る二人をいったん退け、説明を求める。

「ちょっ、ちょっとまって!どういう事?安全?なんでそんなに焦ってるの?」


「それはっ、アルのお父さんが、森に近付いちゃいけないって、えっと―――

「それよりも!!!」

そーちゃんがたどたどしく説明しようとしているのを遮り、アルが叫ぶ。


「それよりも!パンがどこに行ったのかを今教えて!!」

「も、森の、遠くの尖ってる山の方だよ」


俺が答えた途端、アルは部屋を飛び出してしまった。



気化冷却のごとく、熱された空気が冷えていく。


「そーちゃん、落ち着いて、どういう事なのかを説明して」

「わかった・・・・えっと、アルのお父さんが今日は危ないから絶対に森に近付いちゃダメだって言ってたらしくて、ぱーちゃんを追いかけたほうがいいのか、一回りっくんが戻ってくるのを待った方がいいのか話し合ってたんだよ」


「そこに俺がちょうど来たってことか・・・ところで、なんで森は危ないの?」

「それは・・・・よくわからない、何も言ってなかったよ」


「僕たち、どうすればいいのかな?」

「何が危ないのかよくわからないけど・・・・・外敵が危ないって言う事ならまずはお父さんとか、村の強い人達に伝えて、あと・・・・一応俺たちも向かった方がいいと思う」


「あっ・・・そうか、確かに・・・・」


「もしも、もしも森の奥の方に危ないものがあるんだとしたら、一秒でも早くぱーちゃんを追いかけなきゃいけない。お父さんが危ないって言うぐらいだ。アルだけじゃぱーちゃんを守り切れないかもしれないし、どっちみち俺たちも向かたほうがいいと思う」


「うん・・・そう、だね」


「あっそうだ。村の人たちへの連絡、そーちゃんのお父さんに頼んで欲しい、万が一のことがあるなら俺たちは一早く追いつかないといけないから」


「分かった。早く行かなきゃね」



◇◇◇◇◇◇



空を雲が覆い、時間とともに風が強くなって気温も下がっていく。

しかし、走り始めて数分が経過しているため体の発熱の方が圧倒的に多く、気温の低下をありがたく思う。


そんなことを片隅で考えながら、何かと何かがぶつかるような音のする方向へ走っていると、唐突に開けた場所に出る。


岩肌の露出した崖下に、一軒家がすっぽりと入りそうなほど大きな洞窟の入り口があり、その周辺は不自然なほど植物が無い。


その音の原因は洞窟の入り口付近にいた。


「それ」は形容しがたい容姿で、岩のようなごつごつとした何かで体を構成していて、その岩のような物は不自然な黄色味を帯びた白色、全体を見ると大きなトカゲのようだが、見たところ口や目などの顔を構成するパーツが無い。静止していたら生物だと一瞬でも思わないが、「それ」はその見た目に反して蛇のようにうねっている。


恐らく魔物であろう「それ」と対峙しているのはアルで、アルのすぐ後ろにいるのはぱーちゃんだろう。


村の筋骨隆々な男たちが3人ほどボロボロになって倒れている。

その中には「何か」を一撃で倒したお父さんもいた。

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