天真爛漫
暴力的なまでの速度で移動するこの感覚、もう慣れたと思ってたけどやっぱりまだまだ慣れそうにない。
俺は今、全力で走っているぱーちゃんに腕を引っ張られ、拷問か何かのように引きずり回されていた。
いや、早さのあまり俺が少し浮いているので地面と接してはいないのだが。
「あ、あのーーーぱーちゃん?まだご飯食べてたっていうか、自分の足で走らせてほしいんだけど」
「ごめん!でも、早くそーちゃんの家に行きたかったから!」
「それは十分伝わった!だからそろそろ腕放してくれないかな!?」
「わかった!」
すると、ぱーちゃんは慣性を無視したかのような急停止を披露し、俺は慣性に従い真横に投げ飛ばされる。
しかし、俺も一応普通ではない身体能力を持っているので空中で体を捻って無事着地する。
「あ、りっくん大丈夫?」
「うん、体は大丈夫だけど、今度から人を引きずり回してからから投げ飛ばしちゃだめだよ?」
「わかった!」
「本当に?」
「うん!」
(分かってる・・・かな?)
「まぁいいか。ところで、どうして今日はそんなに急いでたの?」
「えっとね、それはね・・・・・・・秘密だから言えない!」
「秘密?」
「うん、教えてあげない!」
「まぁ、秘密ならしょうがないか」
「ほら!早く行こ!」
「うん、そうだね」
ぱーちゃんはとにかく急いでいるらしく、そーちゃんの家につくやいなやしっかりとした作りのドアをばっと開け放ち、慌ただしくそーちゃんの部屋へ駆け込んでいく。
このままだとこの家いつか崩壊させられるんじゃないか・・・?
などと心配をしつつ、そーちゃんの父に謝罪しながらドアを恭しく閉じたのだった。
――――――
「つまり、簡単に言えば熱っていうのは分子の運動のことで、熱いもの程その運動が大きいんだ。そして分子同士がぶつかって、両方の運動が変化するのが熱の移動ってことなんだよ。」
「うーん、でもさ、いくら石を熱くしても動いてるようには見えないよ?」
「俺の言い方が悪かったか、この場合の運動大きさっていうのはこう、長い距離を移動する運動じゃなくて、すごく小さくバラバラに激しく動いているんだよ」
「・・・振動ってこと?」
「それとはちょっと、いや・・・・でも、そうだね、振動であってるかもしれない」
「そうか、小さなものが全部振動しててそれがたくさんあって・・・・・あぁ、それがこうなって、だから熱いものに触れると自分の指が熱くなって、熱いと感じるんだね!」
「そうそう!わかってくれた?ところが他にも熱の移動には方法があってね」
「うん」
「例えば日の光を浴びると暖かく―――「あっ!」
俺とそーちゃんが熱の話を初めて約10分が経つ頃、さっきまで静かにしていたぱーちゃんが急に声を上げて立ち上がる。
「ぱーちゃん?どうしたの?」
俺が話しかけても、ぱーちゃんは後ろを向いて黙っている。
「りっくん、なんだかぱーちゃん怒ってない?」
「そうかな?」
「だって、なんだか雰囲気がおかしいような・・」
「あぁ、確かにそうかも・・・・」
ぱーちゃんには聞こえないよう、ひそひそと話す。
ひそひそ話している約十秒間ぱーちゃんはずっと黙っていた。
「りっくん!これ完全に怒ってるやつだよ!」
「な、なんでだろ?」
「ぱーちゃんの事ほったらかして話してたからなんじゃ・・・」
「でも、いつもはアルが・・・・あっ」
「今日はアルがいないんだった!」
「早く謝らないと!」
「う、うん!」
俺が立ち上がると同時に、ぱーちゃんは黙ったまま急に飛び出して、部屋から出て行ってしまった。
(そ、そんなに怒ってたのか・・・)
ばっと部屋を出て玄関を見るとぱーちゃんの姿はもう無く、勢いよく開けられたであろうドアが反動で揺れていた。
その開け放たれて放置されたドアは、まるで放っておかれて悲しんでいるぱーちゃんの心そのもののように見えて強い罪悪感が俺を襲う。
(・・・思い返してみれば、魔法の事でそーちゃんと盛り上がってる時にぱーちゃんが遊びたがっていても、魔法を優先してしまったことが今までに何度かあった。)
(ぱーちゃんは突然現れた俺を本当の家族のように接してくれているのに、俺はちゃんと応えられていないんじゃないか?)
(俺はみんなに対する感謝が足りていないんじゃ・・・・いや、だからこそ今は、いち早くぱーちゃんを追いかけないと!)
「ぱーちゃん外に行っちゃったみたいだよ、早くおいかけ・・・・」
俺がそう言いながら部屋の方を向くと、先程まで山のように積みあがっていた本がぐちゃぐちゃになっていて、その元凶らしいそーちゃんがすっ転んだ状態で俺を見上げていた。
「あ・・・・・ご、ごめんりっくん!これは僕が片付けておくから、ぱーちゃんを追いかけて!」
(ま、まじか・・・歴史的価値の高い『植物と魔術』の表紙がちょっと破れてる・・・・!まだ読んでもない『魔素とは』が下敷きになってぐちゃぐちゃに・・・・もったいない・・・・)
「り、りっくん!僕の方は良いからはやくぱーちゃんを!」
「っえ?あ、あぁそ、そうだね。うん、まぁ、追いかけるよ」
とりあえず、とても微妙な心持ちのまま散乱した部屋から顔を背け、外に出る。
外に出た途端、太陽が雲に隠れたらしく、あたりが急激に暗くなっていく。ぱーちゃんの姿はどこにも見えない。
辺りを見回していると、ことさら新しく小さなサイズの、人間が強く足を踏み出したときにできる足形の窪みを見つけた。十中八九ぱーちゃんの物だ。
(窪みの向きから察するに、ぱーちゃんは森の方へ行ったんだろうが、これだけじゃ正確な方向が分からない・・・・)
(足跡で探そうにも走った人間の歩幅はあまりに広すぎて途中で分からなくなるし・・・・ぱーちゃんを探すにはどうすれば―――
そこまで考えた瞬間、聞き慣れた衝撃音が森の方から聞こえてくる。
(今のは・・・・・ぱーちゃんがジャンプした音だ!)
ぱーちゃんに追いつくため、俺はありったけの力を込めて音がした方向へと飛び出した。
ここでの飛び出すとは「あわただしく出て行く」という意味ではない。助走なしのジャンプによって森の高さを簡単に超えて上空まですっ飛ぶ姿は、まさに飛び出すという表現が最適なのだ。
(えっ、なにこれ!?飛びすぎなんだけど!?)
視界を占める色が緑ベースから急激に青ベースへと変わり、視界が落ち着くころ俺は、雲によって日光がさえぎられている部分とさえぎられていない部分の境界が一望できる場所に居た。
確かに普通ではない身体能力ではあったが、ここまで頭のおかしい跳躍力を持っていた覚えなどない。
(まじでなんだこれ!?火事場の馬鹿力どころじゃないぞ!身体能力が上がってる?もしかしてあれの副作用か!?)
そんなことを考えながら高速移動に身を任せていると、ふと、緑色の森では明らかに浮いている赤茶色がぽつんとあり、必然的に目につく。赤茶色といえばぱーちゃんやアルの髪色だ。
(とりあえずぱーちゃんの近くに落下するように調節しないと!)
そう考え、必死に空中でもがくがうまく行くわけもなく、俺は物理法則に従って自由落下していた。
遥か遠くにあったはずの地面は、自分の落下する位置がはっきりと分かる程まで近づいていた。
今自分は落下しているのだと、今更ながら理解する。
超高所からの落下から無事に耐える方法など知らず焦った俺は、膝を抱えて体を丸めることにした。
覚悟を決めている暇すらなく、体を丸め終わった瞬間背中から地面に激突し、大きな轟音が鳴ってそれ相応の衝撃が全身に響き渡る。
背骨が折れたかも、内臓がぐちゃぐちゃになったかも、などと恐怖したが、俺は背中をさすりながら起き上がることができた。
「ゴホッ・・・あーーいったーーい・・・・・」
信じがたいが、人間は超高所から自由落下しても案外大丈夫らしい。
(そこそこ痛いし、体中が痺れるけどちゃんと動けるな、早く追いかけないと!)
先程空中で見たぱーちゃんはどっちの方向だったかと思い出していると、突然後ろから声を掛けられる。
「りっくん?」
振り向くと、そこに居たのは今から探そうとしていたぱーちゃんその人で、不思議そうに俺を見つめていた。
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