親睦

俺は今、ちゃんとした木製の床の上で、窓から入る日の光を利用し、本を読んでいる。

そこはもちろんそーちゃんの自室で、そーちゃんと出会った日から数日が経過していた。


今日は皆で本を読んでみようと始まったのだが、アルとぱーちゃんは本を手にして1分ほどぼーっとした後、そそくさと外へ遊びに行ってしまったために今はそーちゃんと俺の二人っきりだ。



本から顔を上げ、俺は疑問に思ったことを尋ねてみる。

「そーちゃん、この『魔法が与える影響について』って本当に読んでよかったの?すごい貴重な本だと思うけど・・・・」

「お父さんがいいって言ってたから大丈夫だと思うよ?」

「それにしても、だって、これ・・・・・」

「大丈夫だよ!だってお父さん、いつも本に興味を持ってくれる人がいないって言ってるもの!りっくんに読んでもらえて嬉しいと思うよ?」

「うーん・・・でもなぁ・・・・」


「どうしてそんなに遠慮するの?」

本に目線を落とす俺の顔を、そーちゃんが甚だ疑問だといった風に覗き込んでくる。



「だって・・・・・・・・・だってこれ、2400年以上前に書かれたやつじゃん・・・・めちゃくちゃ歴史的価値があるやつじゃん!今普通に触ってるけど、どこかの偉い人に殺されたりしない!?」


「偉い人に・・・・?大丈夫だと思うけどなー」



・・・・・なぜ俺が、この本は2400年以上前に書かれたものだと分かるのか。その理由は本の表紙に彫られていた著者名にある。


著者はスラー・エルドと言う名前らしく、書き方から察するに苗字がその人にはある。という事は、その人がいた時代には国のような人間の組織があり、貴族のような立ち位置にあったのではないか。


そう考察し、歴史に関する記述のある本を片っ端から読ませてもらってその人の名前を探したところ、スラー・エルドと言う人物は、2400年程前に滅んだとされるスラーという国の創始者の息子だという事が分かった。


つまりこれは、めちゃくちゃ昔にあった国のめちゃくちゃ偉い人が書いた本だ、という事。ちなみに歴史に関する記述のあった本も、状態から察するに書かれてから相当な年月が経っている。


「いやでも・・・・読んでいいのか・・・・?そもそも・・・・うーん」


「そんなに気になるんだったらさ、一度お父さんに聞いてみたら?絶対大丈夫っていうよ?」

「・・・わかった、聞いてみる」


そーちゃんの部屋と廊下を繋ぐ戸からひょいと顔を出し、そーちゃんのお父さんがいるリビングのような部屋を覗く。


そーちゃんのお父さんは、高級な木製の椅子にありがちな前後に揺れる・・・・そう、ロッキングチェアという名前だった。ロッキングチェアに座って前後に揺れながら、窓から外を眺めていた。


特に何かをしているわけでもないし、今なら話しかけてもいいだろう。


「あのー、すみません」


声をかけると、そーちゃんのお父さんはゆっくりと首を回し、しっかり俺と目を合わせてから言う。


「どうしたんだい?」


「あ、あのーこの本のことなんですけど」

抱えていた『魔法が与える影響について』の表紙を恭しく丁重に扱いながら見せる。


「それがどうかしたのかな?」

「これ、読んじゃっても大丈夫なんですか?」


「もちろん大丈夫だよ。本も、読んでもらえて嬉しいはずだ」

そーちゃんのお父さんは、そーちゃんの言ったとおりに笑顔で言った。


しかしそれだけで引くわけにもいかず、この本の貴重さを力説する。

「いやでも、これすごい価値のあるものですよ!?著者のスラー・エルドという人は、2400年以上前に滅んだとされるスラーという国の、創始者の息子だって、他の本に書いてあって!それで、それで・・・」


俺の訴えを変わらぬ笑顔で聞いていたそーちゃんのお父さんは、うんうんとうなずき、諭すような笑顔でこう言った。


「確かに、その本は貴重なものだ。とても昔の、とても偉い人が書いた、価値のあるものだ・・・・・だが、それは本だ。本というのは情報だ、貴重だからと大切に保管するだけでは意味がない。将来ある有望な若者に、その情報を伝えてこそ、本は本足りえて、価値あるものになるんだよ。」


「う、うぬぬぬ・・・・・」

(すごい説得力だ・・・・まるで名高い教授かなにかの話を聞いているようだ!後ろの窓から入ってくる光がまるで後光のように見える・・・・というか、この人何者なんだ!?すごい本持ってるし、なんか悟ってるし、なんでこんな石器時代のifストーリーみたいな村にいるんだ?)


「君がもし、その本を遊び道具のように使ったら私も止めるし怒るよ、でも君は利口でいい子だ。そんなことはしないだろう?」


「はい、もちろん」


「いくらでも読んでくれ、そして知識を蓄えて、賢い大人になるんだよ」


「うーん・・・・」

(ここまで言ってくれてるし、これ以上食い下がる理由もない・・・・のかなぁ?)

「わ、わかりました、たくさん読みます」


「ああ、存分に読んでくれ」


そう言うそーちゃんのお父さんは、一線を退いた老兵が、とても遠くにあるものを見ているような、そんな表情だった。

(そういえば、この人の名前まだ聞いてなかったな・・・・まいいや)



俺はそーちゃんの部屋に戻り、「どうだった?」という問いに答える。


「そーちゃんの言った通り、大丈夫だって言ってた」

「ねー?言ったとおりでしょ?」


「そーちゃん、ここにある本全部今よりも丁寧に扱ってね?」

「え?急にどうし―――「とにかく、丁寧にね?」


「う、うん」

そーちゃんは、あっけにとられたような表情で2度頷いた。



それからは、本を慎重に扱いながら読んでいき、この世界の知識を仕入れながら過ごした。


気付けば窓から入ってくる光は少なくなっていて、帰る時間だという事を知る。

その事をそーちゃんに伝え、本を片付けながら今日分かったことをそーちゃんと相互共有していく。


「りっくん、それはつまり、魔物っていうのは魔法とかの影響で成り立っているってこと?」

「多分そういう事だと思うけど、書いた人でもあまり分かってないのか、断言してないっていうか、言葉を濁すんだよ」

「言葉を濁すってなに?」

「あぁえっと、文章の最後にだろうとか、であると思われるとかをつけて、明言しないってこと」

「へぇー・・・で、りっくんのは終わり?」

「うん、そんなところかなー、そーちゃんは?」


「僕は魔法の使い方を調べてたんだけど・・・・全くわからないや、最初っから躓いてるってかんじ」

「どんなところが分からないの?」

「なんかね、最初に読んだやつでは『自身の肉体に宿る秘めた力を掌握するのだ。さらば自然と魔法の道は開かれる』って書いてあったんだけど、もうこの時点で訳が分からなくて・・・りっくんは分かる?」

「いや、全然わからない・・・」


(書いたやつは間違いなく中二病患者だな・・・ん、古語?まぁいいか)

「最初に読んだってことは、別のも読んだってこと?」

「うん、なんか、最初の段階は人によって大きく感覚が違うって別の本に書いてあったから、その人とは違うのかなーって思って」

「へーそうなんだ」

「うん、で、次に読んだやつは『流れを掴め』って言葉と変な絵しか書いてなくて!」

「何それ、説明放棄してるじゃん!ひどい!」


「でしょー!たくさん読んでみたけど、ほかのやつは『マナ』とか、『魔力』とか『魔素』だとかよくわからない単語で説明した気になってるし、ぜーんぜん分かんない!」


そんな風に楽しく話をしていると、外はどんどん暗くなっていく。


「あっやばい!もう帰らないと!」

「あ・・・そっか・・・トンさんに怒られちゃうよ」


急いで外に出て、別れの挨拶を交わす。


「じゃあ、そーちゃんまたね!」

「うん!また一緒に本読もうね!」



俺は家に向かって軽く走りながら考え込む。

(そういえば、文字は全部日本語だったな。2400年前の日本語も全然普通だったし、本当にこの世界はどうなってるのやら。調べれば調べるほど分からないことが増えていく・・・・・なんか、楽しいな・・・はまっちゃいそうだ。)

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