殿下、私に色恋など必要ありません~男勝りな女騎士は、皇太子に溺愛されて困惑する~

倉世朔

殿下、私に色恋など必要ありません~男勝りな女騎士は、皇太子に溺愛されて困惑する~


「ラローシャ様。オークたちは無謀にも正面から一気に攻めてくるようです。一体何を考えているんだか」

「女がまとめる騎士団だからと侮っているようだな。全く愚かな化け物よ。マルクス。せっかく相手が正面から来てくださっているんだ。こちらも相手してやらねばな!」

「承知!」

「このラローシャを見くびるとは、死ぬ覚悟はできているんだろうなぁ!! 皆のもの! 準備はいいか!」


 私の号令とともに、後ろにいた部下たちは雄叫びをあげる。私は鞘から剣を抜いた。


「全てはユーストリー国安泰ために! かかれぇ!」


 私の率いるダニタルス騎士団は敵を次々と斬り倒していく。

 私は雄叫びを上げながら、ふとあいつの言葉を思い出した。


「ラローシャ。君には僕が必要ないみたいだ。すまないが、君との婚約はなかったことにしてほしい」


 突撃してきたオークをさらりと避けて、斬り込みをいれる。私の顔や鎧はオークの返り血で真っ赤に染まっていた。

 

 全く、勝手な男だ。

 他の女と婚約したいのなら、そう言えばいいじゃないか。

 

 幼い頃に両親が勝手に決めた婚約だ。

 好きにするがいい。

 この私に、色恋など必要ない。

 

 私には、この血生臭い戦場が似合っている。


殿下、私に色恋など必要ありません~男勝りな女騎士団長は、皇太子に溺愛されて困惑する~


 既に陛下は今回の防衛戦の結果をご存知だろうが、直に陛下にお伝えしたい。私はユーストリー城に入り、煌びやかな装飾を施した廊下を歩く。


 まただ。

 またやつがやってきた。


 向こう側から、ユーストリー国の皇太子がやってくる。彼は私が来るとわかると必ず出迎えにきては話をしたがるのだ。


「ラローシャ! 会いたかったよ」

「ハリット殿下。本日は陛下にご用がありますので、この辺で」

「まだ話もしてないじゃないか! それに父上は会議で忙しい。待っている間、私が相手をしよう」

「は、はぁ……」


 殿下は微笑みながら少し屈んで手を差し伸べる。

 

 一国の王子だ。合わせておくしかないだろう。


 私はその手に自分の手を置くと、彼は嬉しそうに応接間に案内した。


「あのオークの大軍を簡単に制圧するとは。さすがはユーストリー国の守護神と言われたラローシャだ」

「この国のためですから」


 出されたお茶をゆっくりと飲む。

 ハリット王子は私が飲んでいるところをじっと眺めていた。


「私の顔に何かついていますか? 殿下」

「いいや。ただ見たくて見てるだけだよ。君はいつ見ても素敵だ」

「ご冗談を」

「冗談で言うものか! 私は他の令嬢にだってこんなこと言わないぞ」

「殿下」


 私は飲んでいたカップを下ろして、殿下を見る。


「私は血生臭い騎士団長です。他の令嬢たちや貴婦人たちは私を見て軽蔑するものもいる。そんな私に素敵などと言う言葉は似合いません」

「ラローシャ。この際だから言う」


 ハリット王子は椅子から立ち上がると、私に近づいて跪いた。


「私はそなたが好きだ。アルディーア公爵が婚約破棄したと言ったときは飛び上がって喜んだよ。ようやく、君に告白することができるってね」

「申し訳ありません、殿下」


 私は伏し目がちに答える。


「私に色恋など必要ありません」

「長いこと片想いをしていたんだ。簡単には諦めないよ」

「諦めてください。こんな私などを好きになっては国の恥です」

「恥だって!? ダニタルス騎士団と言えばこの国一優れた騎士団だと言われている! その騎士団のトップに立つ君のどこが恥だと言うんだ?」


 私は顔をしかめて、立ち上がり深くお辞儀をした。


「私には、戦場が似合っておりますので。殿下、ご勘弁を」


 執事が応接間に入り、陛下の準備が整ったことを告げる。


「それではハリット王子。私はこの辺で失礼します」


 愛など、恋などくだらない。

 またあいつの言葉が頭を過る。


「君には、僕は必要ないみたいだ」


 本当に勝手な男だ。


 それから私は陛下に謁見し、褒美をいただいた。


「陛下。ありがたき幸せ」

「ラローシャよ。今度私の誕生を祝うパーティーが行われるのだが」

「護衛ですか? それでしたらもちろん引き受けさせていただ」

「いやいや、今回は君を招待したいと思っている。いつも剣を振り回していては男が逃げていくぞ。たまには羽を伸ばして舞踏会を楽しむといい。君のことだから男装して参加するだろうと思ったから、ハリットに頼んでドレスを用意させてもらったぞ」

「は、はぁ……」


 陛下の招待を断るわけにはいかない。

 私ははいと返事をした。

 

「ハリットは君に夢中みたいだ。全く困った息子だよ」

「本当に困っています」


 陛下は率直に返す私をははっと笑った。


「ハリットには舞踏会の時に、婚約者を紹介しようと思っている。まだあいつには言わないでおくれよ?」

「そうですか。それはそれは」

「ではまた、舞踏会の時に会おう。ラローシャ」


 私は一礼をして、広間から出ていく。

 ハリット王子に婚約者ができるのであれば、私に近づいてくることはもうあるまい。


 帰り際にハリット王子が待ち伏せしていた。

  

「ラローシャ。帰るのかい? 父上から君のドレスについて頼まれたんだけど」

「お仕事を増やしてしまって申し訳ありません」

「いやいや! 君のドレスを選べるなんて光栄だよ。楽しみにしていて」

「殿下。あなたは私を女だとお思いですか?」

「もちろんだよ!」

「あなたは知らないのです。戦場で駆け回り雄叫びを上げながら敵を斬り殺していく私の姿を。あなたは私の本当を知らない」

「君だって、自分の心を知らないんじゃないのかい?」


 私の心を?

 この男は何を言っているのだろうか。


「どうかお幸せに。殿下」


 私はそう言って馬に跨がり、城を後にした。

 なんだって私はあんな余計なことを言ってしまったのだろう。


 ドレスなどいらない。

 キラキラした装飾品も、靴も、煌びやかなもの全てが必要ない。


 なぜなのだろう。

 今、一人戦場を駆け回りたい。

 私はやはり一人が似合っているようだ。


 ***


 ハリット王子が用意してくれたドレスを躊躇いながら身につける。鏡を見ると、なんとも滑稽な姿だと自分で自分を笑ってしまった。


「陛下に誘われたのだ。行くしかあるまい」


 私は久々の馬車を使って、城へ向かう。


「ラローシャ・ハーバース様、ご到着です!」


 執事がそう言うと、すでに会場に来ていた貴族たちが私をじろじろと見ていた。


「ラローシャ騎士団長よ」「あの方も招待されたのね。ドレスまでお召しになって」「珍しいこともあるもんだ」


 私は今夜、壁の花になると決めている。

 人気のない壁を探して腕を組んで時間が過ぎるのを待とう。

 

 そう思って会場の奥へと歩いていた時、私との婚約を破棄したマイケル・アルディーア公爵とぶつかった。


「ラローシャ!」

「公爵! お、お久しぶりです」


 アルディーア公爵の隣を見ると、小柄で可愛らしい令嬢がこちらをじっと見つめていた。


「ラローシャ。紹介するよ。私の婚約者のミレットだ。ミレット挨拶して」

「あなたがラローシャ騎士団長ですね! 私はミレット・スーバルと申します」


 私は一礼してこの場からすぐに離れようとしたが、ミレットは話を終わらせたくないようだ。


「マイケル様はもったいないことをしましたね。こんなにもかっこよくて、雄々しいラローシャ様をお捨てになるなんて」

「ミレット。よしなさい」


 これは嫌がらせで言っているのだろう。

 アルディーア公爵は彼女を止めたが、ミレットはさらに続ける。


「私なんて小さくてか弱くて、剣もとることもできないのよ。どうしてマイケル様は私をお選びになったのかしら」


 この舞踏会に至っては、私は場違いで肩身が狭い。それは間違いがなかった。

 アルディーア公爵は困った様子でミレットに話をしている。その間に去ったほうが良さそうだ。


「ラローシャ! 探したよ」


 ハリット王子がタイミング良くやってくる。

 ミレットは王子を見ると、上目遣いで挨拶をしてきた。


「はじめまして殿下。私、ミレット・スーバルと申しますぅ! お会いできて光栄ですわ!」

「はじめまして。ミレット。よく来てくれた」


 ハリット王子はにこやかに笑って返すと、ミレットは嬉しそうに微笑み返した。


「ラローシャ様にご用事ってことは、まさか護衛のお仕事ですか? あぁ、わかりましたわ! ラローシャ様は本当は護衛のお仕事があるから、ここへ来られたのですわよね? そうだと思いましたわ! だってここへ好んでダンスをされるイメージがありませんもの。どうやらお相手もいないようですしね」

 

 もういい加減にしてくれ!


「すまないが、気分が悪い。失礼する」


 私はバルコニーの手すりをぐっと握り、風に当たった。今宵の風はどこか冷たくて、くるんじゃなかったという思いを助長させる。

 

 ここは戦場よりも孤独を感じる。


「ラローシャ! 気分はどうだい?」


 私を追ってきたのは、アルディーア公爵だった。


「ミレットが失礼なことを……すまない」

「失礼? とんでもない。私が雄々しいのは間違いないことだ。あなたが求めた女性像はミレットだったのでしょう? 私とは正反対で、良かったじゃありませんか」

「君はいつもそうやって強がってばかりだ」

「強がってばかり? ご冗談を! 私は強いんです! この国を守る騎士団長なのですから」


 アルディーア公爵は残念そうに私を見つめる。


「それならずっとこの国を一人で守り続けてください。騎士団長様」


 彼はそう言うと、バルコニーから出ていった。

 

 私はなぜか笑いを堪えることができずに、声をあげて笑う。すると、今度はハリット王子がやってきた。


「ラローシャ」


 彼が来ても私は笑いを止めることができない。それどころか、笑いすぎてお腹を抱えてしまう。


「ラローシャ。悲しいんだね」


 私はハリット王子の思わぬ言葉に、さらに笑った。

 

「悲しい!? これのどこが悲しいと言うのです? 実に愉快! 私の居場所はやはり戦場であると思い知らされたのですから」

「ラローシャ……さぁ、涙を拭いて」


 私は彼が言うまで自分が溢れるほどの涙を流していることに気がつかなかった。


「笑いすぎて涙が……」

「ほら、また強がっているよ。ラローシャ。私にはわかる。君の背中はいつも寂しいと嘆いているのが。その寂しさを戦場で紛らわしているんだろう?」

「私は独りでいいのです」

「アルディーア公爵のこと、本当は好きだったんだろう? 幼い頃からの婚約をずっと破棄しなかったんだ。幼い頃から彼との婚約を望んでいたんだよね?」


 なぜ。

 なぜこの男には全てお見通しなのだろう。

 

「……私に色恋は必要ない」

「傷つきたくないからそう言うんだ」

「殿下は意地悪な人ですね」


 私はバルコニーの手すりを握りながら、まっすぐに見つめてくるハリット王子を見る。


「あなたには、婚約者が現れます。陛下がそうおっしゃっていました」

「……!」

「殿下。私のことなど忘れて、どうかお幸せに」


 私はそう告げて、バルコニーから出ようとした。

 

 だがハリット王子が私の腕を掴むと、私の唇を奪う。一瞬のことで初めは何が起きたのかわからなかった。


 ハリット王子が私にキスをした?


「私は君しか見えない。君だけを愛しているんだ」

「殿下……私は……」


 話を続けようとしたその時、会場から叫び声が聞こえた。


「きゃああああ!」

「ユーストリー国の王よ! 覚悟!」


 貴族に扮していた暗殺者がユーストリー王に向けて剣を振り上げる。

 私は瞬時に靴を脱いで、暗殺者に向けて投げつけた。それは見事に手元に当たり、振り上げた剣が宙を舞う。


 私は衛兵の剣を借りて、暗殺者に向けて剣先を向けた。


「まだだ! まだ他にもいる!」


 窓ガラスが割られて、暗殺者たちが次々とやってくる。私は王の前に立ち、彼らに向かって吠えた。


「今宵ラローシャが来ていることを知っていたのか! そうだとしたら愚か者だな!」


 暗殺者は私を見て一瞬ためらったが、また剣を構え直して私に向かってきた。

 

 暗殺者の数はたかがしれていた。

 剣を交えることなく、私は一撃で暗殺者たちを斬り捨てていく。彼らの血が大量に吹き出しては、私のドレスを赤く染めた。


 暗殺者は1人を除いて私の手によって全滅した。

 1人は生かしておく。暗殺を企てたやつを聞き出すためだ。


 暗殺者は衛兵によって、取り押さえられ広間は静まり返る。


「礼をいうぞ。ラローシャ」

「とんでもございません。これが私の仕事ですから」


 血塗れ姿の私を、皆が怯えながら見ている。

 ミレットも、アルディーア公爵も、まるで次は自分が殺られると思っているかのようだ。


「陛下。私の仕事は終わりましたので、この辺で」


 私は足早で舞踏会から出た。


「ラローシャ!」


 ハリット王子が後を追いかけてくる。


「来ないでください!」


 彼は近道をいくつも知っているのか、先回りしてエントランスで待ち構えていた。


「怪我をしている。手当てをしないと」

「お願いです……見ないでください」


 こんな血塗れの姿。

 一番見られたくない。


「嫌われてしまうと思っているのかい?」

「見ないでください! お願いです。お願いですから……」

「ラローシャ」


 ハリット王子は震える私を強く抱き締めた。


「大丈夫。君を嫌いになったりしない。だから怪我の手当てをさせてほしい。君が傷つくところは見たくないんだ」


 勝手な男だと思った。

 勝手に私のことを好きになって、勝手にキスをして、勝手に抱き締めて。


 色恋など似合わないと言っているのに。


 ***


 戦場での結果を陛下にお伝えする。陛下は私を見るなり、にやにやと笑っていた。

 

「何をそんなに笑っておられるのですか?」

「いや、最近ハリットと仲良くしているようだから微笑ましいと思ってね」

「あの陛下、ハリット様の婚約者の話ですがその後どうな」

「え? なんのことかな?」


 これは陛下に一杯食わされたようだ。

 私はじとーっと陛下を見る。


「みんなハッピーが一番だろう? それにラローシャ。君には幸せな結婚を望んでおる。君ならハリットを任せられる。これからもよろしく頼むよ」


 私は照れながらも、陛下に深くお辞儀をした。


「ラローシャ!」


 ハリット王子がやってくる。

 

 私はらしくもなく、ほんの少しだけ微笑んだ。

 今だから、自分の気持ちがわかる。

 自分の気持ちに正直になれる。


 私はあなたが好きだ。 

 

 完

 

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殿下、私に色恋など必要ありません~男勝りな女騎士は、皇太子に溺愛されて困惑する~ 倉世朔 @yatarou39

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