ヴァンパイアと聖女~この空虚な胸の中に生まれた感情はなんだ~

夢月みつき

本文「ヴァンパイアと聖女」

 ❖登場人物紹介❖


 リジェル


 ルーファス


 ★☆∴─────────────────────────∴★☆



 この物語は中世、ワラキア。今のルーマニアでの歴史には決して残らない吸血鬼と聖女の物語である。



 背中まで掛かる金髪のロングヘア、綺麗な澄んだ青の瞳。そして、しなやかな白き肢体したい



 その日、小さな町のレイレルの聖女であるリジェルは泉で水浴びをしていた。

 この時、彼女は知らなかった、一本の木の上に赤い目をした一匹のコウモリが、リジェルをじっと見ていたことなど。



 その日の深夜、リジェルの家のベランダに一匹のコウモリが飛んで来て止まった。


 それはみるみると、姿を変え、銀の短髪に血を思わせる赤い切れ長の瞳、端正な顔立ち、整った容姿。黒いマントを着て、貴族のような洋装をした二十代位の青年の姿に変わった。

 


 青年はコツコツと靴音を鳴らし、窓に近づく。中では、リジェルが遅くまで祈りを捧げていた。

 邪な気を察知して、彼女は、窓に目を向けた。

 リジェルと青年は、目が合って青年が軽く会釈をする。

 


 しかし、リジェルは警戒して首に掛けたロザリオを握り、硬直した。

 青年は、その姿を見てニヤリと笑う。

 青年が手のひらを前に突き出すと、鍵の掛かっていた窓は、いとも簡単に開いてしまった。



 そして、リジェルが声を上げる間もなく、彼は接近して彼女をその腕で拘束した。


「なっ、やめて。貴方はもしかして……」


 言いかけて、青年は口角を持ち上げ名乗る。


「フフ……そう、察しの通り俺は、ヴァンパイアだ。名はルーファス。ルーファス=ヴェラ」



「聖女リジェル、お前を喰いに来た」


「なっ!」

 


 リジェルは、ルーファスを銀製のロザリオで退けようとした、しかし、彼はリジェルの唇を強引に奪う。彼女の体が硬直して握っている十字架にルーファスの胸が押し当てられる。



 ジュッと鈍い音がして白い煙が出る、彼はそれもお構いなしにリジェルの白い首筋に鋭い牙を突き立ててかぶりついた。



「――――ああっっ!」



 彼女は小さく声を上げる、力が入らない。彼女は、片田舎の小さな町の聖女。ほとんど力らしい力を持っていないのだ。



「何もして来ないな、この聖女サマは。ククク、好都合だ」


 白く細い月、光に映える聖女の白き素肌を染める。



 ルーファスは血をゆっくりと吸いながら、彼女の小ぶりな果実に手を掛けた。

 彼の牙に含まれた快楽効果のある淫らな毒が、リジェルの身体に徐々に廻り始める。


「あっ、いや……」

 

 男性を知らない乙女の口から、甘い吐息が漏れた。



 その時、部屋のドアが開かれ、金髪ショートで青い瞳をしたナイトドレス姿の小さな女の子が現れた。


「……お姉ちゃん?」

 

 女の子は、寝ぼけて頭がはっきりとしていないらしく。ぼーっとしている。


「チッ、子供か」


 ルーファスはリジェルから、手を放し、女の子に目を向けた。


「リズ!」


 リジェルは毒と闘いながらキッと、ルーファスを睨んでマントを掴んで引っ張った。


「うん? なんだ。この女、急に雰囲気が」

 


 ヴァンパイア、ルーファスを力強く澄んだ瞳で睨み。必死で、妹を守ろうとする。

 そんな、リジェルの姿を見た彼は、胸の中にこれまで感じたことのないモノが生まれようとしていた。


 ―――この空虚な胸の中に生まれようとする、この感情はなんだ?―――

 

 ルーファスは胸を押さえ、眉間にしわを寄せた。

 彼は、リジェルから離れると部屋の中から煙となって消えた。


 次の朝、聖女リジェルが町の聖騎士団に掴まり、聖女の身で、不死者と通じた魔女として、処刑されることになったとビラが撒かれた。


 リジェルとルーファスaiイラスト

https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818093087155063549



 ❖




 ルーファスは、それを知ると日が出ているにも関わらず、町の処刑場へと黒いフード付きのコートを深々と被り、足早に向かった。



 ルーファスが処刑場に着くと、大勢の人々が広場に集まっていた。

 火あぶりの為の場が用意され、後はリジェルが到着するのを待つのみだった。

 しばらくして、リジェルが修道騎士に連れられて処刑場に入って来た。



 人々は、口々に彼女を口汚く罵る。


「この偽聖女め!俺達を騙しやがって。早く、この魔女を火あぶりにしろ!」


「よくも、のうのうと生きていられたもんだわ!」



 その声を聞いて、ルーファスは知らずのうちに胸の奥から、怒りの感情が沸き上がっていた。



 群衆の中にリジェルの妹と父親と母親がいた。

 妹のリズは、涙を流して泣き叫ぶ。



「やだあっっ……!! お姉ちゃんを殺さないで、どうしてお姉ちゃんを!」

 

 母親がリズを抱きしめて、泣き崩れる。父親は硬い表情で目を逸らさず、妻の体を支えた。



 家族の悲しみと絶望が、群衆の歓声にのまれ、聖女リジェルの処刑が始まろうとしていた。

 

 処刑人達がリジェルの体を縄で縛り、彼女の周りに引いてある、わらに火がつけられる。



 火はパチパチと火の粉が爆ぜて、煙が上がって来た。

 リジェルは、瞳を伏せて涙を流す。



 ―――ああ、私の命もこれでお終いなのね……―――



 リジェルは、集まっている人々を見回した。恐ろしい顔の人間達、皆、リジェルが死ぬことを嬉々として望んでいる。彼女の目には、あの吸血鬼よりも余程、悪魔に見えた。



 その時、黒マントの男が人ごみの中から走り出て来て、周りの修道騎士や処刑人達を次々と、倒して行った。



「えっ、なにが起こってるの?」


 男は、リジェルに近づいて来て手をかざすと衝撃波で処刑場の火を吹き飛ばし、ナイフを取り出すと、彼女の縄を切った。



 驚くリジェルの手首を男は掴んで、人をかき分けて二人が走り出す。

 騒ぎ出す、人々。だが男は、疾風の如きスピードで走り抜け、路地に入った。


「貴方は誰!?」

 


 リジェルが男を見る、フードの中から見えた顔はあの、ヴァンパイアのルーファスだった。


「貴方、なんで!」


「黙ってついて来い。お前もあのまま、死にたくはないだろう」



 二人に追手が差し向けられたが、ルーファスが全てまいてしまった。

 二人が走り続けていると、目の前にリジェルの父親が現れた。


「お父さん!」

 

 リジェルが歓喜の声を上げる。 しかし、ルーファスは構える。


「警戒しなくて良い、あの悪魔どもから、娘を助けてくれるなら。お前がどんな怪物でも構わない」



「この町のことは、住人の俺の方が良く知ってる。見張りの目が甘い、こっちの道へ行け。ここを抜ければ町を抜けられる」



「お父さんはどうするの?」


「なに、俺も年は取ったが、騎士の端くれ。まだまだ、やれるさ。お前がどこかで生きていてくれるならな。リジェル……」



「ああ……お父さんっ、ありがとう」

 

 リジェルと父親は抱擁を交わすと、ルーファスとリジェルはその道に向かって二人で走り出した。



 しばらく、走って行くと町から抜け、広い草原に出た。

 どこまでも、広くオレンジ色の夕暮れの空が広がっていた。



「……リジェル、俺と付いてきてもらおう。あの夜、俺のこの胸に生まれた感情の名を、お前なら知っているかもしれないからな」


「あなたが誰だって、助けてくれた命の恩人だもの。そのお礼は一生かけても返すわ!」



「改めて、私はリジェルよ」


「俺は、ルーファス=ヴェラ」

 

 ルーファスは、ニィと微笑するとリジェルを力強く抱き寄せ、その花びらのような唇に口づけを落とした。




 ❖




「ヴァンパイアと聖女」


 細く白い月、光に映える聖女の白き素肌を染める。

 漆黒の闇、今宵も、降り立つ。


 我は不死の者、悠久のときを越えてお前と出逢った

 血塗られた我と清らかな乙女、聖女は祈る。


 十字架を握り、神の前で

 渇きを潤す、その甘露かんろえきを我に捧げよ

 

 白き柔肌、染めるしゅの色

 もう、どこにも逃げることは許さない。


 牙を突き立て、その甘やかな処女おとめを我に捧げよ!

 聖女との邂逅かいこう、澄んだ瞳に魅入られる


「お前は、ただの獲物えもののはずだったのに」

 この空虚なはずの、胸の中に流れ込んでくる、この感情はなんだ。




 -fin-



 ★☆∴─────────────────────────∴★☆

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 下記に曲もありますので、良かったらお聴きください。



 ♬曲【ヴァンパイアと聖女】①(音楽生成サイト・スノAIへ)

 https://suno.com/song/a31e97ce-8144-4e02-8fba-b4a893a82698



 ♬曲【ヴァンパイアと聖女】②(音楽生成サイト・スノAIへ)

 https://suno.com/song/98c409ce-a74a-479b-ae49-41ea31fb628a


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