第3話 前回のつづき か。

 

 前回のつづき。

 

 ……であるからしてな、真実のところはどうなのか〝斎奇力〟についての隠れた知識を今ここで、少しでも聞き出せれば、それは物怪もっけの幸いというものであろう。隣国の諸侯の方々も、この情報は永いあいだ渇求しておるのだ。つまり地味に言えば金目になるのだ。ゆえに老頭児ろうとるは嬉しいのだ。

「で、どうなのだ。斎奇力人はまたぞろ目醒めたのであろうか。封緘された斎奇力が解き放たれのであろうか?」

 わたしは瞬きを忘れ、充血した白目をいて訊いた。

「──いいえ、邸内どころか、雅我国領土内に潜む、すべての斎奇力は無力化、つまり封緘はなされております」

 しれっとガーランドは言いくさった。

「そ、そうでござろうな」なんだ、つまらぬ。そこでわたしは目先を変えて、「では、どのような傑物が、このような技能を会得したのでござろうや。そのぅ……こののことだが」

 一瞬、ガーランドの目つきがイヤミたらしく光った。

「傑物……? おお、そうだ失礼だが、ヤ=ジウマ殿は〝斎奇力のうずき〟という言葉に聞き覚えがござらんか」

「斎奇力のウズキ……? はて初耳だがの」

「今後は、そのような者に数多く出会でくわすでしょうから、知っておくといいですね。斎奇力の疼く者は、封緘された斎奇力を、訓練によって昇華させ得た、業者わざもののことをさします。ですから彼らの集中力は半端じゃありません」

「斎奇力のし・よ・う・か、ですか……」

 わたしは眉を曇らせた。なんのこっちゃかわからんものな……。するとガーランドは得意気に話しだすから、こいつはやはり可愛くない。

「はい、昇華です。封緘されて使役不能しえきふのうになっているとはいえ、斎奇力の力は恐ろしいものです。斎奇力の恐ろしさについて解説は必要ですか?」

「必要といえば必要だが、どこまで核心に触れられるのかね。その原理だとか論理的解析だとか」

「はあ? では、そうですね。それでは、よく斎奇力を火山にたとえますが、その深意はおわかりでしょうか?」

「深意……? 人は古き火山のようなもの──というあれでござろうか」

 ガーランドが眉をピクッとあげて、「そう、ご存知なんですね。一見しただけではただの山も、その地下深くに眠る、とてつもない〝火の澱〟を隠しているものです。人の真の力は、ただ眠っている、いや、眠らされているだけなんです。ですから、ひとたび火山が覚醒したとき、山は裂け、火の柱と、火の飛礫つぶてを噴き上げ、街も、孤島も、たった一夜にして、ほうむってしまうこともできるのです。火山こそが大自然そのものの脅威。そして斎奇力も同じ自然界の眠る力。火山にも勝るとも劣らぬ恐怖がそこにはある。そして、その恐怖を封緘し、眠らせているのが、他でもない、我が封緘宗祀様なのでございます」

「なんだか、方向性が怪しくなってきたな」

「いいえこれは真説です。斎奇力は、人類、いや、すべての生物に与えられた能力の一端にすぎません。この世界で顕示けんじされている能力以外の力は、世界が変わらぬ限り発露しません。逆に言うと、世界が変われば、それにともなった能力があらわれる。自然のことわりと申すものです」


「世界が変わる?」


「──然様さよう、変わるのでございます。斎奇力が覚醒した日には、世界は変わり果てる。とはいえ、おっそろしい能力は、封緘宗祀様がただいま、こうして静定しておいでです、ご安心なさい」ここでガーランドはずいっと顔を近づけて来よった。「──ただし、月並みの斎奇力であれば、封緘宗祀様の力によって事なきを得ますが、これが稀人まれびとの斎奇力となりますれば、そうはいかないのです。宗師様の封緘力をじんわりと、そう漏水のごとく避けて現れるものがあるのでございます。その遺漏した斎奇力は、いわゆるもろ刃の剣。わずかな波動となって斎奇力者自身の精神をむしばみ、疼かせ、精神耗弱せいしんこうじゃくを初期段階として、慢性化から数多あまたの精神病を誘発させるのです。その結果、精神荒廃せいしんこうはいを来たし癈人はいじんとなってしまった者は数知れず……」

「はあ、もうなんのことかさっぱりだな」

 訊いておきながら、露骨にわたしは、煙ーい顔をして見せた。するとガーランドのお節介焼せっかいやきに火がついた。

「──んんん、ですから! 噴火を押さえられた活火山のようなものなのです」


「それはさっき聞いた」


「え、はい。ですから、は火山性の地震と思ってください。身体の内奥で眠る特異特能の斎奇力の力が、わずかながらも、その力を滲み出しているのです。そこで彼ら稀人たちは、つまりは、その、特異なる斎奇力の力を押さえこむための修行を行ったのです」


「それもなんかさっき聞いた、そのうえ意味が通じてない」


「では修行の呼び名はですな、パーティヴァイルバーとかパィテー・バイパー・ルイヴィーとか、呼び名はさまざまで、体系化も類型化もされていない、たんなる神秘主義の異物とも言われてますがね。それでも、精神の安定化はなかなか困難を極めましたが、とうとう彼らは、疼く斎奇力の力を昇華させることを会得したのです。その結果、精神荒廃を食い止め、かつまた優れた集中力を得たというわけです。一石二鳥、一挙両得、めでたしめでたし……」

 

 なんとも、説明文語調の悪用じみた言い草だが、それにしても、ややこしいものが出てきよったわい!〝斎奇力〟そのものも怪しいというのに、斎奇力を昇華した特異特能とはまたなんじゃらほいっ! そもそも斎奇力は封緘宗祀が封じているのではないのか。だったら、すっきりさっぱりと、封緘宗祀様は浄化すべきだろうが!


「ですから……真性斎奇力ほんまもんはこんなものではありませんよ」

 ここでガーランドは、えらく真面目くさった顔して言った。そのぶん言葉は迫力があり、さっきまでの珍紛漢紛ちんぷんかんぷんとは少し違う。

 わたしはここで確信を突いて質問した。

「おおおっ、では貴公は詳しいのだな、言葉などではなく、実際に呼吸している、あの斎奇力の者たちを! それは何所いずこにおるのだ。誰なのだ。名前はなんというのだ」

 実際このとき、わたしは興奮した。脇の下に汗が流れ、耳の奥に轟々と風が吹いておった。千年かけて求めていた宝玉が、ぽろりと手中に落ちて来たような驚きだ。なにせ、神々すらも恐れぬという〝斎奇力〟ぞ。それを目の当たりにしたとガーランドは言うのだぞ。この国に呼ばれて、わたしは心から僥倖ぎょうこうを感じたな。我が人生は、すでに輝きだしておるのではなかろうか。

 だが……。ガーランドはしかつめらしい顔をして、じっとわたしを見つめると、首を横に振って見せた。はあ──?

「誰がそう申しました」

「たったさっき貴公が……」

「それは言葉のあやというもの。斎奇力の昇華も超心理学者の推論にすぎません。斎奇力者の存在を信じておいでなのですか? するとヤ=ジウマ殿も斎奇力信奉者なのでしょうか」

「わたしが? それは買いかぶりもいいところだ。このけた脳髄では斎奇力の研究は無理でござろう」

「ではなぜに隣国の一文官である貴殿が、わざわざ尊貴族家御用達記録者として選ばれたのでしょうか。さぞや、優れた能力をお持ちになのでしょう」

「おおっと、それを聞いて思い出したぞ。記録者としてではなく筆記者……としてわたしは召還されたのでござったな」

「秘録……? それはどういう意味合いがあるのでしょうか」

 いちだんと暗くなった回廊の隅で、ガーランドは立ち止まって訊いてきた。なにやら思うところがあるらしい。政治の裏側の腐臭が漂ってきそうだ。だが、ここで事の詳細すべてを、わたしから訊きだそうというのだろうか。せっかく〝斎奇力〟について、こっちが聞き出そうとしていたのに、これではあべこべであるな。

「お世継ぎのご出産に関係があるかと……」てきとうにわたしは言ってやった。

「なにィ──」

 口からのでまかせ発言だが、これが案外と標的(まと)をかすっていたらしい。ガーランドの顔半分が狼狽うろたえた。

「おおっと、ガーランド殿、そんなことより先を急いだほうがよいのでは?」

「いや秘録となれば、キナ臭い軍事色が濃いものです。ここから先は、その出所と意味合いを聞かせてもらってからにしたい。ご同行はその後で  」

「そんなことは歩きながらでもよかろう。事は寸刻を争うのではないのか?」

 わたしはむっとした顔して、彼の脇をすり抜け、近衛兵のしんがりを追いかけた。

 だが、しばらく進んだところで、背後にガーランドの気配がないのに気がついた。振り向くと、回廊のすみっこに突っ立つ、黒い人影がぼんやりと見える。動く様子はない。だだをこねる小僧そのものだな。まったく官人だの軍人だのという種族は、隕鉄を鋳造したようにカチコチだな。砲弾や剣先も、怖くないのもそのせいだ。ひっち面倒くさい。

 かまわずにわたしは独り先を急いだのであった。

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