042. 過去の清算




「!?」




――遠い日の風景が頭の中を駆け巡る。






朝焼けの森林を小さい頃の俺と妹が歩いている。


雨上がりの湿気で葉が碧色に輝き、


土と落ち葉の香りが鼻腔をくすぐる。



木の実の採集をするために二人とも小さい籠を持っている。






「あれはもう仕方ないよぉ。」



おっとりとした優しい声。



「でもなぁ、母さんの怒りっぷり見たろ?


 あれはまずいってぇ……。」




……あぁ……。そんなこともあったな……。


母さんが大事にしてた一張羅を兄と遊んでた時に


爪を引っ掛けて少し破いてしまったんだ。



そこで、妹が木の実採集に出るのを見て急いで付いてきた訳だ。




「まぁ、二人とも悪いんだけどねー。」



他人事と言わんばかりにからからと楽しそうに笑っている。



「あー……! どうしよう……!


 兄さんもすぐどっか行っちまったし……!」



「大人しく謝って母さんの雷もらうといいんじゃない?


 潔く……さっ。」




「やだよ! くっそー……何か良い手は……!」




口元に手を添え、軽く微笑む妹。



「にいさんはさ。頭は良いのに変な所で意固地だから。」




声が脳内に響き渡るように聞こえる。



 「 もっと、もっと簡単なことだと思うの。 」






 ――






――あの日だ。






護衛どもが近付いてくる。


仲間が奥の方で縛られ、身動きが取れないでいる。




……足を動かせ……! 動いてくれ……!



……でなければ……俺はまた……。




妹が隣で牙を剥き出しにし、鼻に皺を寄せ、


今までに聞いたことのない怒気に満ちた声で


精一杯の唸り声を上げ始める。




……お前が……っ! 動け……! 動けぇ……っ!!




護衛の手が俺の元へ届きそうになった瞬間、


隣から飛び掛かり、その腕へと食らいつく妹。



それを見て立ち上がるが、


よろめいて崖へと体勢を崩す。




……駄目だ……! やっぱり……俺は……!!




妹がそれを見て目を見開き、凝視する。



……ごめん……俺が……俺のせいで……っ!!






 (にいさんっ!?)






「――!?」



妹の声がする。発声はされていないが、


頭の中に直接その音が響いてくる。






――そして、気持ちが伝わってくる。



これは……心配……されているのか……?


転びそうになったから……?




……!



そうだ、あれは……あの顔は……




……。



……噛みついてた時に驚いたから……?






崖へとラウルの姿が落ちていく。






必死の形相で腕に食らいつきながら、


どこか安堵の表情を見せる灰毛の少女。




 (よかった……これくらいの崖なら……


  きっと……にいさんなら大丈夫……。)






――バチッ






唐突に視界が元の自分へと切り替わる。






「もっと、もっと簡単なことだと思うの。」




リリナの優しい声。


そこに灰毛の少女はもういない。






きょとんとするラウル。



その銀色の瞳から一筋の涙が零れ出す。






「う……っ。」






堪えていたものが溢れ出してくる。


どれだけ、探し続けていたものが。


どんなに探しても見つからなかったものが。



悔やんでも悔やんでも悔やみきれない過去があった。


直したくてもそれを許すことのできない行動をしてしまった。




   ただ、今。


   少女のたった一言で――。




「……うぅ……っ。 うっ……。」




その感情を抑えることももはやできない。


人目をはばかることもなく、その顔からは大粒の涙が溢れ続ける。






銀髪の少女が隣に座り、穏やかな表情を浮かべ


その震える大きな腕に頭をこつんと当てる。






――低く、唸るような嗚咽が部屋の中に静かに響き渡っている。



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