039. 狼人の過去




「……リリナには話したことがあるが、


 俺には兄、姉、そして妹がいる。



 その行方を捜す旅をしている、とでも思ってくれていい。」




 ゆっくりと思い出すように話し出す。



「俺が生まれ育ったのは大森林の一部を開拓し、


 同じ一族の家族がひっそりと集まってできた集落だった。


 規模としては大体五十人前後だったと思う。



 ……ただ、その辺りではまだ奴隷制度が盛んでな。


 特に狼の一族は陸地における戦闘面では秀でている種族と言われている。



 驕った城主やお貴族様達が兵士や護衛代わりに


 そういった獣人を拉致して奴隷にしようとするわけだ。」






涙ぐんでいたリリナがアシュリィをちょいちょいと手招きし、


耳を貸すように促す。



リリナの近くへと擦り寄り、耳を向ける。




「どれい、って、なぁに?」



ぽそりと耳元で呟くリリナ。


息がくすぐったかったのか、ぶるりと一度身震いをして


何ともいえない表情をしている。不気味だ。



我に返り、リリナの耳元へとその返答をするアシュリィ。




それを聞くや否や。



「そんなのひどい!」




突然怒り出すリリナ。


一連の流れを傍観していたラウルが再び話し出す。




「……俺の【一族名エポニム】は【ヴォルプス】だと言ったな。


 狼の一族の中でも身体能力が比較的高いとされている。


 その血族達が群れで生活してるんだ。



 そう容易くそんな奴らの言いなりにはならないさ。」




今度はそれを聞いたアシュリィが声を上げる。



「ヴォルプス!?


 狼のヴォルプスっていったら種族別の書物に大抵載ってるような、


 狼の一族なら五本の指には入る有名どころじゃない!」




「俺はそんな大した奴でもないがな……。


 威を借りてるくらいさ。」




……何か言いたげにリリナがこちらを見ている。


目を反らしながら話を続ける。



「……ともかく、そういう理由があった上、


 隠れ住んでいたからしばらくは平和だったらしい。


 少なくとも俺ら兄妹が五つか六つの頃まではな。」




「少なくとも……って。」



アシュリィがじんわりと苦い顔をする。




「……一族の大半が殺された。



 両親を含め、大人は全員。歯向かった子供もだ。」




「――!?」



アシュリィが口を抑える。



「……ヴォルプスの一族を虐殺なんて……。


 そんな……戦争で使う軍隊でも来たっていうの……?」




俯き、ゆっくりと口を開くラウル。



「……実際に来たのは一人……いや、一個体だけのはずだ。」




「……え。どういうこと?」




「俺も詳しいことは覚えていない。


 逃げ出すことに必死だったからな。



 そいつが何だったのかすらも分からないままだ……。」





両手を組み、目を伏せ、声色が重々しくなり


手が段々と震えていく。



「……ただ、そいつに集落の大人達が成す術もなく


 引き千切るように殺されていったのは事実だ。


 ……ひどいものだった……。



 辺りには家族や仲間だった者の破片が転がり、


 鉄と土が混じり合ったような血生臭さが――。」




「――ラウル!!」



アシュリィが突如として遮るようにラウルを制止する。



ハッとしてリリナの方を向く。






言葉として認識はできたものの、思考が追い付いていない。


ただ、ただ体が震える。



「……え?」



リリナ自身、まだ実感も湧かず思わず口から出た言葉だったが、


改めてその意味を考える。想像する。




記憶の断片に残る、優しかったはずの村の皆を。


この町に来て優しくしてくれた獣人達のことを。


暖かく迎えてくれた大人達が無残にも殺される光景を。



「……そんなの……。」




その意味を理解し、感情に結び付く前に


アシュリィがリリナを抱き寄せる。




「……ごめん……。」



顔はリリナの方へと向けたまま、ラウルへと声を掛ける。




リリナはアシュリィの胸元へと顔を埋め、肩を震わせている。


その無力な少女を強く、強く抱き締める。






「いや……すまない。


 ありがとう……。」



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