035. 泡沫の二人




椅子は高さが三種類用意されており、


その中で一番低い物を選び、ちょこんと座る。




桶は四種類用意されている。


湯溜め用に一、水溜め用に一、温度を調節する為に大きい物が一、


そしてその湯を掬って体へ流す為の杓子しゃくし状の物が一。




ラウルが湯と水を混ぜ合わせる。



「これくらいなら熱くないか?」



桶に張った微温湯ぬるまゆに指先を入れ、確かめるリリナ。



「うん! あったかぁい!」




それならばと、杓子しゃくしでその湯を一掬いするラウル。


身体を少し前に傾け、目と手をギュッと閉じて流れてくるお湯に備えるリリナ。



「流すぞ、髪は自分で洗え。」



ゆっくりと湯をリリナの頭に掛け流していく。



頭にじんわりと暖かい物を感じ、髪をわしゃわしゃと撫で回していくリリナ。


……が、すぐに湯が流れ終えてしまう。




「これでやるのは手間だな。



 ……。


 リリナ、これに頭を直接漬けて髪を洗え。」



そういって微温湯ぬるまゆの桶をリリナの前に差し出す。




顔の湯を拭っていたリリナが桶の前に膝立ちになり、


言われた通り前に屈み頭を湯に漬ける。




――とぷっ。



「……あ~……あったかぁ……。」



傍から見ると不思議な格好で止まっているが


どうやら気持ち良いらしい。




「ほら、洗え洗え。」



手を動かすように促し、ラウルもそれを助けるように杓子で


髪が漬かっていない後頭部へと微温湯ぬるまゆを掛けてやる。



「う゛~き゛も゛ち゛い゛い゛~。」



前傾姿勢で喋っているせいで声が詰まっている。




「一旦顔を上げろ。これも使うといい。」



そういうと、部屋の壁にある小さな棚から


葉で作られた小包を持ってくる。




それを開くと淡い色合いをした粉末が入っている。



「手でよく揉んで泡立てるんだ。


 【泡浄剤ほうじょうざい】くらいは分かるか?」



「あ。うん! 分かる!」



両手で少量を受け取り、手で擦るように泡立てていく。




「良い匂いぃ。」



粉末だったものが水分を含んでみるみる内に手から溢れんばかりの泡となっていく。


その泡を頭に乗せ髪で再び泡立て、


そのままの流れで身体全体を擦るように洗っている。




スンスンと鼻を動かし、



「花で香り付けしてあるのか、洒落てるな。」



これなら大丈夫そうかと杓子しゃくし桶を置き、


自分の番とばかりに湯溜めへと近づくラウル。



……が。






――ぷはっ。



「ラウルー! 流してー!」



と楽しそうな声で背後から呼ばれ、振り返ってみると


口元以外、全身泡塗れの生き物が座ってこちらの方を向いている。


目元まで万遍まんべんなく泡で隠れている。



思わずぎょっとしたが、あの短時間でこうも泡立てることができるのかと


感心している様子のラウル。



「おぉ……。」



と、感嘆の声すら漏らしている。




「ラウル?」



ちゃんとした反応が返ってこなかったので再度聞き直す。



「あ、ああ。待ってろ。すぐ流してやる。」




そういって再び杓子しゃくし桶を手に持ち、今度は勢いよく頭から微温湯ぬるまゆを流していく。


泡だらけだった生き物の外壁が剥け、銀髪と白い柔肌の少女が姿を現していく。



もう一度、更にもう一度と、綺麗に泡が取れるまで微温湯ぬるまゆを流していく。






「は~っ、すっきりぃっ!」



泡も取れ、綺麗になって気分も良さそうである。




「よし、じゃあお前は戻って体を乾かしてくるといい。


 籠の横の壁に拭き取り用の布があったはずだ。


 俺もすぐ行く。」



改めて湯溜めの方へ向かうラウル。




……だが。



「ううん! 私がラウル洗ってあげる!」



後を振り向くと、気合十分の顔つきで腰に手を当て


歴戦の勇士かと見紛う程の仁王立ちをしている。




「……俺は自分で洗えるぞ……?」



駄目元で聞いてみるが




「私が洗うからラウルはゆっくりしてて!」



案の定である。これはもう諦めた方が早いと思い至り、



「お手柔らかに頼むぞ……?」



先程の泡塗れの生き物を見た後では流石に躊躇してしまう。




湯溜めにリリナの身長では届かないため、


先に自分で湯を被り、調整桶に湯を張り、


リリナが届くように胡坐をかいて待機をする。




先に受け取っていた泡浄剤の小包から大半を手のひらに乗せるリリナ。


残った分を見て少し考え、



「……はい、ラウルっ。」



残りの粉末をラウルに渡す。



「頭と顔用ね! 私は体洗ってあげるっ!」



以前、頭に触れようとした時のことを思い出したのだろう。



 ― 気を遣わせてしまったな。




「ああ、では頼むとしよう。」



優しい口調で大きな背中を小さな少女へと預ける。






「うんっ! あわあわにしてあげるねー♪」



とても上機嫌で手をわきわきさせている。






「いや……、それは勘弁してくれ。」






――その後、泡に包まれた毛むくじゃらの首だけ狼と、


  全身泡だらけの怪人がなぜか再び湯屋の一室に現れた。



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