029. 宿屋の食堂
―――ギシッ
―――ギシッ
階段が軋み、音を奏でる。
階下に近付くにつれ、胃袋を刺激する匂いが強くなってくる。
宿の利用客だけではなく、町人も食堂として利用するらしく、
既に食事を終えて満足した獣人達が扉から外へ出て行っている。
「ラウル、早くいこっ。早くっ。」
上機嫌で階段を降り終えたリリナが急かしてくる。
石畳の床を通り、木製の廊下へと足を踏み入れる。
―――
「さて……。」
食堂へと辿り着き、空いている席はないかと見回してみる。
ここもまた簡素な造りではあるが、
趣を感じる柱や照明、雰囲気を
夕飯時は過ぎているものの、
食事を終えてお喋りを楽しんでいる客も多いようだ。
夜は酒場としても営業している食堂で、
既に酒の匂いも感じ取れる。
まだ片付けが終わっていない席がほとんどだが
幸い壁際の席が空いている。
木製の机と椅子で、体格が大きい獣人でも座れるように
基本的に大きくなっており、その重量にも耐えられるよう丈夫に作られている。
そこに向かって歩き出し、
ラウルの後ろに付いて歩くリリナ。
その雰囲気と食事の香りとで既に顔が綻んでいる。
―――。
ただ、いくら人間にも柔和な対応をする町とはいえ、
珍しいものは珍しい。
リリナを見つめている視線を感じてしまう。
通り過ぎた後にひそひそと話をしている声も聞こえる。
― 万が一に備え、警戒はしておくべきか……。
席に着き、それぞれが椅子に座る。
しっかりとした四角の机に長椅子という組み合わせ。
ラウルの巨体にも少しゆとりがあるその席だが、
向かいに座ったリリナを見てみると……。
いや、まだ座れていなかった。
椅子が高く、頑張って登っている。
少し苦戦はしたものの、いざ座ったリリナの姿が机で隠れて頭の先だけ出している。
膝立ちをして机の上に手を置き、顔を出すリリナ。
「ラウルぅ……。」
思ってたのと違う、と言いたげな表情を見せてくる。
はぁ。と軽い溜息を
みるみる内に顔が表情を変える。
「うんっ!」
長椅子からぴょんと降り、机の下を通って
ラウル側の椅子へと通ってくる。
再び椅子の上へとよじ登り、
今度はラウルの片膝へと腰を落ち着かせる。
狼の獣人であるラウルは太腿の筋肉も発達している為、
一見細身にも見えるがとても太いものとなっている。
先程までは顔も出せなかったリリナだが、
普通に机として機能する程度には高さが足りている。
上機嫌で足をぷらぷらさせ、
後頭部をトン、トン、とラウルに当てている。
「えへへぇ……ちょうどいい。」
頭をぐっと真上に向け、ラウルの顔を見て
幸せそうに笑い掛ける。
「そうか……。」
― アシュリィがいたらまた大変だったのだろうな……。
宿屋に訪れた猫の半人が悶える姿を思い出す。
― ……いや、今この場でも数人声をあげてないか……?
ラウルが大きな手をあげ店員に声を掛ける。
それに気付いた店員が手に持っていた食器をその場の席に置き、
小走りで近付いてくる。
「お待たせ致しました。」
笑顔で愛想の良い兎の獣人の女性だ。
制服は受付の女性と基本的には一緒のものらしい。
獣人用に拵えてあって、少し動きやすさが重視されているようだ。
「お食事ですね?
お伺いします。」
「狼、それに人間の子供。
予算は金貨四枚ほどでお願いしたい。」
「狼、人間のお子様。
予算が金貨四枚でございますね。
かしこまりました。」
そういって書き留めた備忘録を机に置いて重しを乗せ、
先に金貨をラウルから受け取る。
「確かに頂戴致しました。
では只今からお作りしますので少しお待ち下さいませ。」
そう言うとにっこりと笑顔を見せ、
ラウルの腹部辺りへと手を振ってから途中だった仕事へ戻っていく。
腹部から、もふ。ふわ。といった言葉が聞こえる気がするが
気にしないことにした。
― ― ― ― ―
その食堂によって形態は異なるが、
概ね注文の仕方は共通されている。
種族、人数、予算、そして食べることができない物。
これを伝えることでその食堂の自慢の料理が提供される。
好みや料理の形態を指定できる場合もあるが、あまり良くは思われないだろう。
先に予算を支払うことで無銭飲食を回避し、
備忘録を客に委ねることで代金証明としているのだ。
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