022. 情趣の宿屋




古風で堅固な木製の両開きの扉には細かな意匠が施され、


取っ手として重厚な金属の棒が付けられている。




リリナが扉の前へ行き、ラウルに振り返り得意げな顔をする。


どうやら自分で開けたいらしい。



肩を竦めて返事をするラウル。




意気揚々と両手で棒を一本ずつ掴み、


力を入れて引っ張る。



少しだけ動くがそれ以上開かない。




力を緩め、一旦元に戻し息を整える。




再び力を入れる。






キィィ―― と軋む音と共に扉が開いていく。



最後の一押しとばかりに一所懸命に力を入れて引っ張るリリナ。




六割方開いた辺りで、棒の上部をこっそりと指で軽く引っ張っていたラウルが


その手を離し、扉の端を掴む。



「よくやった。大したもんだ。」




それを聞き、更に得意げな顔をするリリナ。




大きな扉で塞がれていた空間に入ると、


不思議とそこから空気が変わるように思えた。




扉から受付の場所までは重厚な石畳が敷かれており、


所々に趣向を凝らした工芸品や飾りが置かれている。



途中、右側には二階へ上るための木造の階段がある。



逆に左手側は床が木製になっており、奥に向けて繋がっている。


そちらは憩いの場、そして食堂となっているようだ。



これからの時間に備えてかちゃかちゃと食器の音がする。


趣のある老舗といった感じだ。




「すてきぃ。」



頭巾越しの両頬に手を当て、うっとりとしている。




受付へ既に歩き始めているラウルに気付き、


キョロキョロとしながら後を付いていく。






「あっ。」



受付の女性の顔を見るや声を上げる。



「人間のお姉さんだぁっ。」



ラウルを抜き、その受付台へと走り寄る。




身長が足りなくて跳ねるがなかなか顔を合わせられない。



女性が笑顔で待っているのを見かねて


リリナを抱き上げるラウル。




「わぁっ。」



ふわっと体が浮かび、思わず声が出る。




頭巾を外して頭をふるふると震わせる。






「あらぁ。」



その綺麗な銀髪と透き通るような瑠璃色の瞳の少女に声を漏らす女性。




「あなたも人間なのね。お揃いで嬉しいわぁ。」



深みのある檜皮ひわだ色の髪を持ち、腰まである髪は後でゆるく束ねてある。




「この色もお揃いだねーっ。」




羽織っている外套を見ながら嬉しそうに話し掛ける。



「ふふ。そうねぇ。」



優しく微笑みながら受け答えをしている。






「お楽しみ中のところすまない、二人なんだが一部屋借りられるか?」




「こちらこそすみません。つい。


 はい、ご用意させて頂きますね。


 旅の途中でしょうか。何泊されるご予定ですか?」




「ああ、そうだ。


 二泊ほど頼めるだろうか。」




「かしこまりました。それではこちらにご署名を。


 お客様とお嬢様、お二人で二泊三日でございますね。


 合計で白貨一枚、金貨二枚分頂戴致します。」




「承知した。」




荷物袋から貨幣を取り出そうとするも、リリナを片腕で抱えている。




降ろすために少し屈むと素直に降りたものの、


その際にちらりと見えた顔は


口をキュッと曲げ、とても名残惜しそうに見えた。



 ――ここに来て初めてしっかりとラウルに抱きかかえられたのだ。






「それと、少し伺いたいのだが……――」



代金の勘定をしながら話をする二人。




   ―――




「まぁ……左様でございますか……。


 さすがにここまで小さい子ですと働き口を探すのは難しいかもしれませんね……。」




「そうか……同じ人間なら何か分かることがあるかと思ったが……。


 不躾に申し訳ない。感謝する。」




「いえいえ。助けになれず……。


 せめて少しの間ゆっくりしていって下さいね。」




「ああ、ありがとう。」




棒状の鍵を受け取り、ギシッ、ギシッと音を立てながら


部屋のある二階へと階段を上がっていく。



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