014. 『星の道』




「え?」




―――。



―――急に耳が遠くなる感覚。



前にも一度経験したことがある。



目に見えないものが体の中を通り抜け、視界には薄い膜を貼ったようにもやを感じる。



浮遊感に似た何かを想起させ、これが現実なのか、夢なのか境界が分からなくなる。






……。






「リリナ!」



ラウルが肩を揺すり声を掛ける。




「――ラウ……ル?」



この慣れない感覚に少しほうけているようだ。





「大丈夫か?『星の道』の中に入ると大体そうなる。


 危険な感じはしないからここにいても心配はないと思うが…。」




「……うん、平気。」



両眼を擦る。


多少身体に違和感があるが、ラウルの声もいつも通り聞こえている。




「それにしても、感じてた場所からはまだ距離があったはずだが……。


 こいつは移動もするのか……。」






リリナが後ろを指差し、


「……ラウル……見て……。」



羽織っていた毛皮がふわりと落ちる。








――世界が淡く発光している。


草や土、木や石などが何かに呼応するように明滅し、


ゆっくりと歩き始めると、その踏み締めた場所もやんわりと明かりが灯っていき、


リリナが通り過ぎた空間にも棚引くように薄っすらと光が残っている。






そして、浮遊感を感じるのは生物だけではなかったようだ。




浮遊感どころか……物質そのものが所々僅かにではあるが浮いている。


今、この空間にいては重力さえもその決まりを無視して


『星の道』となっている。






リリナが足元を確かめるようにくるりと回ると髪や裾がふわりとなびき、


腰の縄もその動きに合わせ、浮かび上がる。



「あはは、尻尾みたいだね。ラウルと一緒。」



振り向き、声を掛ける。



首飾りも優しく発光して首元に漂っている。






―――。






僅かにではあるが後方からの光が強まる。






「―――わぁ……っ。」




思わず息を呑む。




まるで二人を祝福するかのように


きらきらと光を発する砂や水がゆらゆらと浮かび、


幻想的に輝いている夜空へと降っていく。






 淡い青が入る銀髪はそれら様々な光を神秘的なまでに反射し、


 リリナ本人がじんわりと発光しているようにも見える。



 跳んだり回ったりと嬉しそうにはしゃいでいるその姿は、


 傍から見ればまるで妖精か精霊の類かと思われる程だろう。






 最初は警戒していたラウルも、その圧倒的な光景に目を奪われていた。




   「ラウル。ラウル。」




 再び振り返った少女は後ろに手を組み、佇んでいる狼の獣人に声を掛ける。




   「きれいだね。」




 優しく、そう微笑みかける。






 まるで絵画の世界のような、いや、


 この世のものとは思えない景色の中で見たものは


 獣人の心を揺さぶるのに値した。



   「あぁ……そうだな……。」






―――白く、綺麗な灰色の尾が微かに揺れる。



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