011. 狼人の水嚢
森から抜け出し、道に沿って歩き始めて十数分。
左手はまだ森沿いではあるが、右手には平原が広がっている。
時折吹く風に毛並みをふわりと
「本当に無理はするなよ…?」
「だ…い! じょぉぉ…ぶっ!」
呼吸を荒くし、半ば強引にラウルの荷物を奪い取ったリリナが前を歩いている。
「といっても、そろそろ限界だろう。汗が凄いぞ。」
「でも…っ。 でもぉ…っ!」
担いでいる荷物に手を伸ばそうとするラウル。
「少しでも……ラウルの…お手伝い……したいの。」
足元がふらついている。
「助けて……くれたっ…から。」
伸ばした腕がピタッと止まる。
「いっぱい…! 優しく……して…くれた……からっ!」
が、再び腕を伸ばし
「立派な心掛けだ。だが」
荷物袋の口元を掴み、
「物事には得手不得手というものもある。
お前はお前にしかできないようなことを探すといいさ。」
肩に担がれ地面スレスレをゆらゆらしていた荷物をヒョイと持ち上げる。
「あ~んっ。」
身がふわりと軽くなり、顔を真上に向けて荷物の行く末を追うリリナ。
「とりあえず水を飲め。」
荷物袋から、動物の胃を加工して作られた水筒を手渡す。
中には水がたっぷりと入っている。
「……? 面白い形だね?」
水筒の口は二か所あり、木製の細長い注ぎ口。そして注入口を兼ねた通気孔がある。
袋の部分を紐でしっかりと縛り上げることで零れないようにされている。
「そりゃあ、獣人と人間では口の作りも違うからな。」
ラウルが荷物袋の口を締め直す。
水筒はずしりと重い。
紐を解き、とりあえず注ぎ口に口をつけるものの、飲み方が分からない。
袋を持ち上げようにも腕力が足りない。
持つのも大変なので、抱えるようにしてその場でしゃがみ込む。
荷物を担ぎ直し、その様子に気付いたラウルが
「すまない、さすがに重かったか――。」
と言った矢先。解決していた。
「へぇ。」
通気口を手のひらで抑え、袋を太腿と体で潰すようにして水を押し上げ、飲んでいる。
「えへへ。飲めたぁ。」
ラウルを見上げ、笑顔を振り撒いている。
「面白い飲み方をするもんだ。」
…と、感心していたのも束の間。
顔を戻し、再び飲み直そうとしていたが、口を離していたにも関わらず
水を押し上げてしまっていたリリナ。
勢いよく水が噴射され、顔面に直撃する。
「ぶぁっ!」
と素っ頓狂な声が響く。
「……くっ…。」
思わず声が漏れる。
足元には水が鼻に入ったらしく、
「……いや…。……すまない…くくっ……。」
口元を手の甲で抑え、横を向く。
「ほら……っ。」
あわあわしているリリナから水筒を持ち上げる。
「……あ~…。」
手で顔を拭い、
「えへへ……ラウル、初めて気持ちで笑ってくれたぁ。」
苦しい思いをしたが満足気な顔をしている。
「ん? ……そう…か?」
荷物袋に水筒を戻していたラウルが、きょとんとした顔でリリナの方を向く。
「顔がまだ濡れてるぞ。」
大きな手で顔を拭われ、息を吐きだす。
「ぷ……ふぅ。」
そして、その大きな指を両の手で優しく握る。
「へへ……。」
何かを訴えるように、しかしながら嬉しそうな笑顔でこちらを見ている。
やれやれといった様子で息を吐き、
「行くか。」
「うん!」
大きな狼の左手の小指は、小さい少女に握られている。
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