第15話 最後の日②
「――アオイ! そっち行ったよ!!」
「オッケー! 任せて姉さんっ!!」
灯莉の一撃を受けて激しく吹っ飛ばされた魔物は、碧が作り出した氷剣の刃の餌食になる。
自身の体長よりも大きいはずの鎌を自由自在に振り回し、敵を薙ぎ倒していくその様は彼女の圧倒的な強さを如実に示していた。
さらに彼女の持つ”重力を自在に操る能力”がその戦闘能力に磨きをかけており、何にも縛られない自由な戦闘を可能としている。
「よっと! 次はお前だッ!!」
だが、碧とて姉に比肩する実力者。
自身が用いる”氷を自在に生み出し操る能力”を駆使して、次々と魔物の体の一部を凍結させ、その鈍った動きを咎めるかの如く、あるいは氷上で舞うスケーターの如く魔物たちを次々と切り刻んでいった。
「ふー、よしよし。なかなかキツくなってきたけど、アオイは大丈夫?」
「まだまだ。全然大丈夫だよ姉さん」
「さっすがあたしの弟! さ、いこ! 早くみんなを見つけ出さなきゃね!」
自身と同じ黒髪を持つ姉の灯莉は、弟目線で見ても美人でスタイルが良い。
そしてこんなダンジョンの奥底で休みなく戦っているにもかかわらず、その美しさは一切損なわれていないことに、彼女の凄さを改めて痛感した。
仲間たちとはぐれてから既に5階層分は踏破している。敵の強さも尋常ではないレベルまで跳ね上がっているが、かつて最強の姉弟パーティとして活躍していた二人からすればこの程度は余裕だった。
だが、
「――うぅっ!!?」
「アオイッ!?」
突如として激しい頭痛と共に、脳内に凄まじい情報が流れてくる。
何かのトラップを踏んでしまったのかと、慌てて周囲を見渡すが、今のところ何の変化も見当たらない。
ただ、碧の視界はぼやけ、頭がぐらぐらするのを感じていた。
灯莉がすぐさま碧の下に駆け寄って心配そうにその体を支えてくれているが、碧の額からは汗が噴き出て止まらない。
「これは……そんなっ……」
「アオイ! 大丈夫なのっ!? ねえっ!!」
「――くっ、だ、大丈夫。ごめん姉さん……」
「ちょっと休もう! ね! ほら、準備するから……」
灯莉は碧をやや強引に地面に座らせると、手際よく休憩の準備を整えていく。
だが、それは視界にすら入っておらず、碧の思考は全く別の方向へと向かっていた。
♢♢♢
「――ねえ、アオイ。もしかして、さ」
「大丈夫。大丈夫だから姉さん。それよりも前! 敵、来てるよ!!」
「――もうっ!! 無茶はしないでよねホントに!!」
少しの休憩を挟んだ碧は、灯莉とのダンジョン攻略を続けていた。
あれから何度か同様の頭痛に襲われ、その度に灯莉にカバーをしてもらいながら戦ってきたのだが、灯莉はある
だが碧はそれを遮るように、自身の得物を手に取り、冷気を纏いながら魔物の群れに突撃してしまった。
結局その戦闘も碧は大して役に立つことが出来ず、灯莉の手によってほとんどの魔物が倒されていた。
そしてしばらく前に進むと、ダンジョン内では珍しい、大きな扉が二人の前に現れた。
こういう場合、中はお宝部屋であったりあるいはトラップルームだったりと様々なパターンが考えられる。
だが、現状を鑑みると、中に仲間がいるかもしれないこの部屋をスルーするという選択肢は二人にはなかった。
「あたしが先行するから、アオイは後ろに」
「……うん、分かった」
灯莉に護られるように部屋の中に入ると、そこに広がっていたのはあまりに異質な空間だった。
壁に囲まれた薄暗い空間。だが真正面には巨大な鏡が埋まっていた。
不気味に思いながらも、ゆっくりと、慎重に前へ進む。
だが、その直後、
「――ッ!! 下がってアオイ!!」
「なっ……」
謎のヒトガタが、真上から鋭い刃のようなものを構えてこちらに落下してきたのだ。
慌てて鎌を手にした灯莉がそれを受け止め、碧は後方へと下がる。
そのヒトガタは全身が暗い白色で塗りつぶされており、輪郭が赤黒いモヤモヤで描かれている。
明らかに異質な、これまで見たことのないタイプの敵だった。
「へぇ……あんたがここのボスって訳ね。悪いけど、突破させてもらうわ!」
そして、世界最強の攻略者と、異質な部屋の主との戦闘が開始された。
主は自身の体を自在に変形させ、時には刃、時には鈍器を形成して灯莉に対して攻撃を行った。
しかしそのこと如くが灯莉の鎌によって弾かれ、その後隙を刈るかのように歪な体に鎌の刃が叩き込まれていく。
だが、碧もタダで見ているわけにはいかないと、灯莉が生んだチャンスに割り込む形で氷剣を以って攻撃を仕掛けた。
世界最強の冒険者二人による苛烈な攻め。
いくら調子が悪かろうと、灯莉との連携は何年も前から体に染みついている。
二人は的確なコンビネーションで段々と主を追い詰めていった。
しかし、主が突如として妙な行動を取り始めた。
自身の腕(?)を勢いよく地面に埋め込んだのだ。
すると、部屋の至る所から無数の白き腕が生えてきて、それらが一斉に襲い掛かってきたのだ。
「ちょっ、何よこれ――」
「危ない姉さんっっ!!」
灯莉が触手に対して斬撃を仕掛けようとしたところで、急激にスピードを上げて、手を伸ばしながら接近してきた主。
それに気づいた碧は右手を伸ばし、無意識のうちにその
直後、凄まじい爆発が発生し、主の体が爆炎に飲み込まれていった。
「ハァ、ハァ……うぅっ……」
それを放った碧はまたも額から凄まじい汗を滲ませており、その表情は苦悶に満ちていた。
「――アオイ、アンタそれ……」
灯莉は何かを悟ったかのように碧の下へ駆け寄ろうとするが、まだ無数の腕の勢いは殺しきれておらず、灯莉の体を捉えようとうごめていた。
即座に鎌を自在に振り回し、その手首を切り落とした灯莉は、そのまま弾け飛んだ主の下へ飛び出した。
「……やっぱり、そうなのね」
そう一言呟いてから、渾身の力を込めた鎌の一撃を主の体に叩き込んだ。
そして上半身と下半身に分断された主は力なく地面に転がり、やがて巨大な鏡に吸収されていった。
「……終わった、か」
「…………」
「アオイ、行こう。あたしたちはこんなとこで止まっちゃダメ。そうでしょ?」
「……うん」
どこか遠く、寂しそうな眼をしながら、灯莉がこちらに歩いてきた。
だが次の瞬間、鏡が強烈な光を放った。
その光は徐々に形を成し、一直線に碧に向けて突き進んだ。
「――えっ?」
「アオイッッ!! 危ないッッ!!!」
「う、わああああああっっ!!?」
最後に見えたのは、自身の目の前にその全身を縦にするように割り込んできた姉の姿だった。
姉の体によって光は遮られるも、視界が真っ白に染まる。
困惑するも、体が思うように動かなかった。
そして、
「ねえ、さん……?」
次に視界が開けた時、碧の前から姉の姿は消えていた。
周囲を見渡しても、どこにもいない。
いたのは、姉と酷似した体型を持つ、先ほど倒した主のような存在だけ。
しかもその背には、灯莉が得物としていた大鎌が背負われていた。
「あ……ォ……にゲ……て……」
「う、うそ。嘘だよなっ!? そ、そんな馬鹿な、そんなはずが……」
「――――」
次の瞬間、姉の姿をした何者かが、鎌を構えながらこちらへと飛びかかってきた。
碧は慌てて氷剣を抜き、それを受け止めるが、その瞬間強烈な横向きの重力を受け、碧の体は大きく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「そんな、そんな、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……それは姉さんの技……」
グルグルと鎌を振り回しながら、髪を掻き上げるような動作をしたのち、強烈な縦回転をする鎌がこちらに向かって飛んできた。
地面をゴリゴリと削りながら、鎌を遠隔操作して遠くにいる敵を抉り取る、灯莉が好んで用いていた魔物殲滅用の技だ。
「あ、ああッ! あああああアアアアァァっっっ!!!」
それから先の記憶は、ほとんどない。
無我夢中で剣を振り、走り続け、気が付けば碧は地獄の外へと吐き出されていた。
たった一人で。
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